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第65話:赤狼亭の狂宴!、勇者の告白と孤独な決意の裏側

 アヴェントリアの夜を焦がすような活気が、赤狼亭を包み込んでいた。


 魔導スマホの爆発的な普及と、勇者ショップの大繁盛。その労をねぎらうため、マルコが関係者全員を招集し、店を丸ごと貸し切ったのだ。


「さあさあ、今夜は無礼講だァ! 食えや歌えや、勇者様の門出を祝おうじゃないのォ!」


 マルコの音頭で、ジョッキが次々とぶつかり合う。

 ハルドが事前に店主のガローに掛け合ってくれたおかげで、テーブルには赤狼亭自慢の肉料理や、市場から仕入れたばかりの高級食材が山のように積み上げられていた。


「いやぁ、お嬢ちゃんが勇者だったとはね。あんたがうちの店に来たときは、まさかこんな大騒ぎになるとは思わなかったぜ」


 ガローが豪快に笑いながら、追加の樽を運び込む。

 そこにはハルドやミリナはもちろん、アルメリアと、彼女に連れられたフィオ、さらにはエルドリンやラグまでが顔を揃えていた。


「うっま!……この肉、最高なんですけどぉ……! ミリナちゃん、これ食べてみなよ、マジでバフかかるレベルだよ!」


「はい、店長! でも、こんなに贅沢していいんでしょうか……」


「いいのいいの! 今日はボーナス日なんだから!バンバン食べちゃって!」


 賑やかな宴が一段落し、誰もが満足げに息をついた頃。

 凛愛はそっとジョッキを置き、少しだけ真剣な表情を作って、一同を見渡した。


 凛愛は、この「最高に楽しい時間」の直後こそが、最も言い出しにくいことを伝えるべきタイミングだと理解していた。


「……みんな、ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」


 凛愛の声に、騒がしかった店内がしんと静まり返る。

 アルメリアが眼鏡を直し、ハルドが腕を組んで凛愛を凝視した。


「魔導スマホも普及したし、お店も軌道に乗った……だからあたし、明日から魔界へ行くことにしたよ」


「急だな……ついに、アザエルの所へ行くのか」


 ハルドが重々しく頷く。

 だが、凛愛が続けた言葉は、そこにいる全員の予想を裏切るものだった。


「うん。でもね……魔界へ行くのは、あたし一人だけなんだ。チュンペーとの契約で、同行者は一切認められないの」


「えっ!? 店長、一人で行くんですか!?いくら勇者だからって……」


 目に涙を浮かべ、ミリナが椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がる。


 魔界。


 それは人界の常識が通用しない、文字通りの地獄だ。

 いくら魔導器の力があるとはいえ、戦闘能力の乏しい凛愛が一人で向かうなど、自殺行為に等しい。


「条件とはいえ、物理的なバックアップも無しで魔王の喉元へなんて……」


 アルメリアが険しい顔で詰め寄るが、凛愛は静かに首を振った。


「ダメなんだ。これは、あたしが『人間としての力』をアザエルに認めさせるための試練だから。誰かの手を借りたら、その時点で負けなの」


 凛愛の頭上で、チュンペーが沈黙を守っている。

 その沈黙こそが、この条件が絶対であることを物語っていた。


 賑やかだった赤狼亭に、冷たい緊張感が走り抜ける。勇者ビジネスがもたらした繁栄の先に、凛愛はたった一人で、暗黒の地へと足を踏み入れる覚悟を決める。


 楽しい思い出が、増えれば増えるほど。

 仲間の笑顔が、眩しくなればなるほど。

 凛愛の胸の奥には、本来の目的から目を逸らしたくなってしまう自分への恐怖が募っていた。


(……これ以上ここにいたら、あたし、本当に行けなくなっちゃうよ)


 市場を歩く楽しさも、赤狼亭の賑やかさも、今の凛愛にとっては猛毒のような誘惑だった。

 契約を果たした後にこの地に残るという選択がもし出来なかったら。


 その時、積み上げた絆が重ければ重いほど、別れたくないという自分に耐えられなくなる。

 だからこそ、事を急ぐ必要があった。

 心が完全に絆に縛られてしまう前に、自ら退路を断つしかなかったのだ。


 凛愛の言葉に、赤狼亭の空気は氷のように冷え切っていた。

 だが、その沈黙を破ったのは、凛愛の腰元から発せられた冷静な音声だった。


「……勇者の判断を支持します。現時点での魔導スマホのネットワーク維持、および私の解析能力があれば、魔界においても戦略的優位を保つことは可能です」


 メモリエルの淡々とした言葉に、アルメリアが唇を噛み締める。

 さらに、凛愛の手に握られた聖光剣アルスカイゼリオンが、低く共鳴した。


『……案ずるでない。ワシの輝きは、魔界の闇を切り裂くためにこそある。勇者がワシを握り続ける限り、下等な魔族共が指一本触れることすら叶わぬ』


「……あたしにはモリエもいるし、このエロ剣……じゃなくて聖光剣だってある」


 凛愛は、努めて明るい声で笑ってみせた。


 まだまだ未熟で頼りない自分だということは、誰よりも本人が理解している。

 けれど、魔を制する剣の武力と、メモリエルの智勇。

 それらを組み合わせれば、例え一人であっても魔界の者が容易に手出しは出来ないはずだ。


 それは、これまでの数日間、夜を徹してチュンペーと話し合い、シミュレーションを重ねて出した結論だった。


「だからみんな、お店のコトお願いします!あたし、ちょっと魔界のテッペン獲って、ついでにアザエルもダチにしちゃうから!」


 凛愛の決意に満ちた瞳を見て、ハルドは拳を握りしめ、マルコはそっとハンカチを握りしめた。


 止めることはできない。

 彼女はもう、この世界の「守られるだけの少女」ではなく、自らの足で運命を選び取った「勇者」になろうとしていた。


 宴の火が消え、夜が明ければ、一人と一羽の孤独な遠征が始まる。


 アヴェントリアの星空は、決意を固めた凛愛を静かに見守っていた。


 現在のステータス

 • 名前:星凛愛ホシ・リア

 • 状態:覚悟の独白、仲間との暫しの別れ

 • 状況:絆に縛られる前に魔界へ向かうことを決意。聖光剣とメモリエルを頼りに単独行へ。

 • 精神状態:大丈夫、あたしはRPGの主人公。これくらい、なんてことないんだから……。

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