第60話:不穏な目線!?アルメリアさんのスカウトなんですけどぉ!
開店からわずか数刻。
勇者ショップの店内は、文字通り嵐が過ぎ去った後のような光景になっていた。
「て、店長ぉ! もう在庫ありませーん! 魔導スマホも、ネイルも、アルスカイゼリオンのブロマイドも全部完売ですぅー!」
ミリナの悲鳴のような報告が、熱狂する客たちの怒号にかき消される。
それでも引き下がらない群衆は、もはや商品を買いに来た客ではなく、勇者という伝説に触れたい信者の集団と化していた。
「ちょっとぉ! あたしの服、引っ張らないでよぉ! 伸びちゃうんですけどぉー!」
揉みくちゃにされ、今にも押し潰されそうになっていた凛愛とチュンペーだったが、その時、視界が急激に上昇した。
「アンタたち、いい加減にしなさいよォ! リアがペシャンコになっちゃうじゃないのォン!」
マルコがその6メートルを超える巨躯を屈め、凛愛をひょいと持ち上げて自分の肩に乗せたのだ。
アヴェントリアの建物を見下ろすほどの高さから放たれる圧倒的な威圧感に、さしもの熱狂的な客たちも、一瞬で我に返ったように静まり返った。
『……ふん、助かったぞ、怪物。このままではバカ人間が文字通り消滅するところだった』
チュンペーも凛愛の髪の中で羽を整え、ようやく一息つく。
地上では、ラグとハルドが「おら、品切れだ! さっさと帰りな!」と、列を解散させ始めていた。
一方その頃。
賑わう街並みを遥か高みから見下ろす、王城のバルコニー。
そこに立つ男……アヴェントリアの王、レオニス・アルヴァレットは、苦々しげに街の喧騒を耳にしていた。
「……勇者の再来、か。民たちは浮かれているが、これが何を意味するか分かっておらぬな」
レオニスは手すりを握る手に力を込めた。
アヴェントリアは、500年もの間、魔界との大きな戦争もなく平穏な時を刻んできた。それは歴代の王たちが積み上げてきた、危ういバランスの上に成り立つ平和だ。
「勇者が現れるということは、対となる魔王の影が動くということ。この平穏が、あの小娘一人の出現で壊されることなど、断じて許されぬ……」
王の瞳には、凛愛を歓迎する色は一切なかった。
彼にとって、勇者は希望ではなく、均衡を乱す不吉な象徴でしかなかったのだ。
「アルメリア……ハルド、ラグ、マルコ。あやつらが付いているとはいえ、注視せねばならんな」
街の喧騒から遠く離れた静寂の中で、レオニスの呟きは冷たく響いた。
ショップの成功という光り輝く実績の影で、国家という巨大な壁が、凛愛たちの前に立ちはだかろうとしていた。
嵐のようなオープン初日がようやく終わり、店の扉が固く閉ざされた。
クタクタになって床に座り込んだミリナだったが、レジに溜まった金貨の山を計算し始めた途端、その目が大きく見開かれた。
「て、店長……! この売り上げ、ちょっと信じられません! 街の予算が動いたんじゃないかってレベルですよぉ!」
「あはァンッ! 勇者ビジネス、大・成・功じゃないのォン! アタシの目に狂いは無かったわねェ!」
マルコが満足そうに笑い、山積みの書類を整理していたアルメリアも、スマホケースの注文票の束を抱えてふぅ、と息をついた。
「受注だけで完全にキャパオーバーね……さて、店じまいをしましょうか、リア?」
アルメリアがふと店の片隅に目を向けると、そこにはまだ、一人の少女が佇んでいた。
魔導スマホを両手で包み込むように持ったフィオだ。
その小さな両手からは、淡く、けれど力強い光が溢れ出していた。
まるで魔導スマホがフィオの体温に共鳴しているかのように、デバイス全体が脈動するように輝いている。
「……フィオちゃん?」
凛愛が気づいて歩み寄る。
フィオは相変わらず言葉少なだが、その瞳は手の中の光をじっと見つめていた。
「今日も来てくれたんだね!それ、フィオちゃんにあげるよ。いつでも、お話できるんだよ、それ」
凛愛が優しく声をかけると、フィオは「こくん」と小さく頷いた。
その瞬間、彼女の手のひらで魔導スマホがふわりと宙に浮き上がり、フィオの周囲をゆっくりと旋回し始めた。
「……えっ!? うそ、浮いてるんですけどぉ!?」
凛愛も、それを見ていたアルメリアも、驚きに目を見開いた。
魔導スマホは熟練の魔導師が触媒として使うものであり、ましてや無意識に浮遊させるなど、常識ではあり得ない光景だった。
『…………っ!?』
凛愛の髪の中で、チュンペーが激しく身を震わせた。
その小さな瞳は、いつになく鋭く、射抜くような視線で宙に浮く魔導スマホ……いや、それから溢れ出す光の波形を見つめている。
『(この魔力の質……ただのエルフではない。それどころか、魔族のそれとも決定的に違う。この、魂の奥底まで見透かされるような清冽な響き……。まさか、この娘……)』
チュンペーの脳裏に、かつて魔王として君臨していた時代にすら恐れ、敬遠した「ある概念」がよぎった。
だが、彼はそれを言葉にはせず、ただ困惑と警戒の入り混じった唸り声を、凛愛にしか聞こえない音量で漏らすにとどめた。
「……検索、完了。対象、フィオの魔力波形を解析……驚異的な数値を計測しました。この密度、通常の人間のものではありません」
腰元のメモリエルが、静かに、けれど確信を持って告げる。
「……そして。やはり、懐かしい。この波長、遠い記憶の底にある、あの御方の……」
メモリエルの呟きは、途中でノイズが混じったように途切れた。
アルメリアは真剣な表情でフィオを見つめた後、凛愛の手をそっと取った。
「ねえ、リア? この娘……フィオ、私の家で雇わせてくれないかしら?」
「……えっ、アルメリアさんの家で? フィオちゃんを?」
「ええ。彼女には、この街の誰よりも魔導具を扱う天賦の才があるみたい。このまま放っておくのは、宝の持ち腐れだと思うの」
凛愛は、フィオの不思議な光と、アルメリアの真っ直ぐな瞳を交互に見つめた。
ただの迷子だと思っていた少女が、この世界の理を揺るがすような「鍵」である可能性に、凛愛はまだ気づいていなかった。
現在のステータス
• 名前:星凛愛
• レベル:17
• 力:4
• 体力:4
• 素早さ:18
• 知力:12
• 魔力:13
• 運:10
• スキル:魔力感知、逃走の極意
• 状態:店長、フィオの異変に困惑中、アルメリアからのスカウト
• 状況:ショップ閉店後、フィオの隠された魔力が覚醒し始める。
• 精神状態:フィオちゃん、もしかしてあたしより高スペックなキャラだったりする……?




