第135話:屋上の密談と、良からぬ兆候なんですけどぉ!
「今回の件は不問にしましょう、引いていただけますね?」
アザエルの凍てつくような声音に、ネクロスは完全に気圧されていた。
現魔界の頂点たる男をこれ以上逆撫ですれば、自分の魂ごと消滅させられかねない。
しぶしぶ、条件をのむネクロス。
これまで数々の魂を弄んできた大死霊術師が、悔しげに顔を歪めながらも、ゆっくりと引き下がっていく。
それと同時に、世界を縛っていた静寂が解け、止まっていたピンクの雪が再び舞い落ちると共にネクロスも闇夜に消えるのだった。
「……場所を変えよう」
ネクロスが完全に気配を消したのを見届け、そうアザエルが言うと、次の瞬間には視界がぐにゃりと歪んだ。
凛愛が眩しさに目を瞑り、再び開けたときには、一瞬で冥王寮の屋上に移動していた。
凍えるような夜風が凛愛の髪を揺らす。
アザエルは静かに振り返り、金色の瞳のまま呆然としているギャルを見つめた。
「星凛愛」
名前を呼ばれ、凛愛はビクッと肩を跳ね上げる。
「は、はいぃ!?」
「ネクロスの精神を凌駕した事、高く評価する」
突然の言葉に、凛愛が固まる。
それもそのはず、アザエルは滅多に他人を褒めない、魔界の絶対的な支配者なのだ。
その彼から直々に称賛の言葉を告げられたのだから、知力2の脳細胞は完全に処理を停止していた。
髪の毛の中に隠れているチュンペーも、アザエルの言葉に驚きを隠せない。
あの冷酷な弟が、人間の、それもこんなバカ人間を評価するなど、かつてなら有り得ないことだった。
「覚醒した、とは言え、まだまだ未熟。戦いを続ければ、敗北していただろう。だが、自分の魂だけは手放さなかった」
アザエルの指摘は的確だった。
もしアザエルの乱入がなければ、不完全な覚醒状態の凛愛はネクロスの老獪な戦術に押し切られていた可能性が高い。
しかし、彼女の魂のコアだけは、決して折れず、濁らなかった。
「あ、ありがとうございます……」
圧倒的な威圧感を放つ美形を前に、人見知りモードが発動した凛愛は、スクールバッグを抱きしめたまま蚊の鳴くような声で頭を下げる。
そんな凛愛の様子を一瞥した後、アザエルはすっと視線を彼女の髪の隙間、チュンペーへと向ける。
睨みあう両者。
小さな雀と現魔王という奇妙な姿で視線を交錯させた。
「兄上、相変わらずですね」
「お前は変わったな」
短い言葉を交わす兄弟。
多くを語る必要はなかった。
チュンペーの言葉には、かつて己の影に隠れていた弟が、今や冷徹に魔界を統べる王としての風格を完全に身につけていることへの、複雑な感情が含まれていた。
アザエルはふっと視線を切り、凛愛に背を向ける。
「星凛愛、次は『戦う力』を学ぶのだ」
「は、はい……」
今のままでは、魂が強くとも肉体と技術が追いつかない。次にネクロスのような手合いに狙われれば、次こそ命はないという警告だった。
帰り際。
アザエルはふと、冥王寮の夜空に浮かぶ禍々しい月を見上げる。
精度を欠いた世界を憂うように、小さく呟いた。
⸻
「……あまり時間がない」
アザエルはそれだけ言い残すと、夜風に溶けるようにその姿を消した。
後に残されたのは、静まり返った屋上と、未だに緊張で震えている凛愛だけ。
しかし。
その小さな、消え入りそうな呟きに、チュンペーだけは敏感に反応していた。
「……アザエル」
今の言葉、そして去り際のほんの一瞬だけ見せた表情。
同じ血を引き、魔界の頂点を争った兄だけが気づく。
努力を惜しまず、常に完璧であるはずの弟が、何かに激しく焦っていることに。
魔界の頂点すらも追い詰めるものとは?
現在のステータスと状況の後書き
・名前: 星凛愛
・職業: 勇者(一時的覚醒・解除)
・状態:
・緊張からの解放: アザエルが消えた瞬間、金色の瞳が元のカラコンに戻り、「な、何あのイケメン魔王……オーラがエグすぎてマジで息の根止まるかと思ったんですけどぉ!」と、屋上にへたり込んで激しく息を吐き出している。
・戦う力への予感: 「力を学ぶ」と言われたことで、次のゲームのチュートリアルが始まるような予感に、少しだけ身震いしている。
・相棒:
・思索する雀: 凛愛の髪の中で、弟が去った夜空をじっと見つめ、「フン、アザエルの奴、一体何を隠している……何かを一人で背負い込む時だけ、あの顔になる」と、元魔王としての鋭い勘で魔界の異変を察知している。
・周囲の状況:
・冥王寮の屋上: 激戦の地から一転、静かな寮の屋上へ。ピンクの雪が静かに降り積もる中、凛愛とチュンペーは新たな謎と、次なる試練の予感に包まれていた。
・力: 1
・体力: 1
・素早さ: 3
・知力: 2
・魔力: 0
・運: 60
・スキル: 逃走の極意、魔力感知?、魂の共鳴(不完全)




