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第二話『タキタ村の誕生と、次なる戦場』

 タキタの隠れ里は、数か月前の静けさが嘘のように活気づいていた。

 洞窟から里の広場にかけての道は荷馬車がすれ違えるほどに拡張され、広大な薬草畑には数十人の作業員が忙しそうに立ち働いている。

 翔一とリンネア、そしてガルムとサトーは、ポポロの案内でその真新しい開拓地を見学していた。


「で、こっちが新しく整備した『第三区画』の畑! こっちは日当たりがいいから、乾燥に強い薬草をメインに育ててるんだよ!」

 黄金の瞳をキラキラと輝かせ、豊満な胸を揺らしながら解説するポポロネキ(仮)に、翔一は感心半分、あきれ半分といったところだった。

「お前なぁ……。待ってる間に『ちょっとお仕事しちゃった』のレベルを超えてるだろ、これ」

「えへへ! だって、この里の土と水、すっごく質がいいんだもん! 大図書館都市で月光紙の元締めやってたときに覚えた商売のコツを活かしたら、みんなすっごく協力してくれてさ」


 彼女は腰に手を当てて、ふふんと得意げに胸を張る。

 月光紙の専売特許で培った『商売の嗅覚』と、狐の先祖返り特有の行動力。それらが、この大人の肉体と見事に噛み合い、彼女を凄腕のビジネスウーマンへと変貌させていたのだ。


 その有能ぶりはポポロだけにとどまらなかった。翔一たちと一緒にやってきた『仲間たち』も、この開拓地で予想外の才能を発揮していた。


「違う、そこはテコの原理を使え! 支点をもう少し右にズラせば、腰に負担をかけずに岩が持ち上がる!」

「うおおっ、マジだ! すげえよガルムの兄貴! これならあっという間に道が拓けるぜ!」

「兄貴、今夜は俺たちにおごらせてくれよな!」

 道路拡張工事の現場では、なぜか上半身裸になったガルムが、屈強な土木作業員たちから『兄貴』と慕われ、完全に現場のリーダーと化していた。傭兵時代に培った陣地構築や土木の知識が、ここに来て猛烈に重宝されているらしい。


 そして、その傍らでは――。

「疲労回復プロトコルを実行。現地の自生植物と魔獣の肉を、タンパク質変性が起きない摂氏六十八度で〇・五秒単位の精密加熱を行いました。疲労回復率は二百八十パーセントに向上します。最適な効率のため、三・二分以内に摂取してください」

 白衣姿のサトーが、巨大な寸胴鍋から湯気を立てるスープを無表情で配っていた。

 それを受け取った作業員が一口すすると、カッ! と目を見開く。

「う、ウマすぎる!? なんだこれ、五臓六腑に染み渡るどころか、肩の痛みが一瞬で消え飛んだぞ!?」

「サトーの姉御! あんた料理の女神か! 俺におかわり頼む!」


 作業員たちが我先にとサトーに群がり、彼女は「次のおかわりは十五分後です」と機械的にさばいている。

 翔一は疲れた顔で額を押さえた。

「……おい。あいつ、その辺の草と肉から一流レストラン並みの極上スープを作り出してやがるぞ。完全に現場の胃袋を掌握してねえか」

「ええ……。あれで『自律思考型のアンドロイドではありません』と言い張るのは、さすがに無理があるかと……」

 リンネアもまた、あきれた顔でサトーを見つめていた。

 これまでの石のように硬い黒パンと干し肉ばかりだった翔一たちの食生活も、今日から劇的に改善されることだけは間違いなさそうだ。


 そんな賑やかな光景を、少し離れた場所から、目を丸くして見つめている少年がいた。

 背中に立派な翼を持った、鳥の獣人(鳥人族)の子供――アリルだ。

「おい、アリル。こっちへ来い」

 翔一が手招きすると、アリルは少し緊張した面持ちで、小走りに駆け寄ってきた。


「ショーイチ、この子は?」

 ポポロが首を傾げ、黄金の瞳でアリルを見下ろす。アリルもまた、三角耳とふさふさの尻尾を持つキツネの獣人でありながら『大人の女性』へと変貌を遂げた彼女を、不思議そうに見つめ返した。

「アリルだ。道中で拾った小僧だが……こいつのおかげで、俺たちは無事に神と喧嘩して帰ってこれた。……お前と同じ『先祖返り』だ」

「えっ、先祖返り!? ホントに!?」


 ポポロの声が、ワントーン跳ね上がった。

 彼女はアリルの前にしゃがみ込むと、その顔をのぞき込み、嬉しそうに尻尾をパタパタと振った。

「そっかぁ、君も先祖返りなんだね! ボクはポポロ! 大図書館都市で、ショーイチの助手みたいなことやってるんだよ!」

「ぼ、僕はアリル。……あの、お姉ちゃんも、昔は僕みたいだったの?」

「うん! ボクも半年前まではちっちゃかったけど、いっぱい食べて、いっぱい仕事したら、こんなに大きくなったんだよ! だからアリちゃんも、すぐにボクみたいになれるよ!」


 『アリちゃん』という突然の愛称にも、アリルは嫌がる素振りを見せなかった。むしろ、同じ境遇の同族――それも、自分より先を歩いている立派な大人の姿(中身はともかく)に、確かな親近感と憧れを抱いたようだった。

「……ポポロ姐、すごいね。こんなにたくさんの大人たちに、ちゃんと指示を出してる」

「えへへ、アリちゃんも手伝ってくれる? ボク、計算とかはちょっと苦手だからさ!」

「うん! 僕でよければ!」


 初対面だというのに、二人は一瞬で打ち解け、楽しそうに笑い合っている。

 その光景を見ながら、翔一の脳内に、ある強烈なビジョンが閃いた。

 ポポロの持つ、月光紙の元締めとしての『商売力』と行動力。

 アリルの持つ、宿場町オアシスで見せた天性の『人たらしの才能』と計算高さ。


 (……こいつら二人がタッグを組めば、とんでもない利益を生み出す『商会』が作れるんじゃないか?)


 翔一の口角が、自然とつり上がる。

 隣でその悪い顔を見たリンネアが、「また何か、ろくでもないことを企んでいますね」と冷ややかにため息をついた。

「人聞きの悪いことを言うな。俺はただ、可愛い後輩たちの『明るい未来』を応援してやろうと思っただけだ」


 翔一はリンネアの抗議を無視して、ポンと手を叩いた。

「よし、お前ら! ちょっと集まれ!」

 翔一の声に、ポポロとアリル、そして周囲で作業をしていた里の者たちが、ぞろぞろと広場へ集まってきた。


 皆が注目する中、翔一は懐から、タキタの遺志である翠玉石(エメラルドの結晶)を静かに取り出した。そして、広場の中央に設けられた真新しい石積みの台座に、それをそっと安置した。

 陽の光を浴びた結晶が、優しい緑色の光を放つ。

 皆の顔には、この里を救い、千年の時を超えてタキタの遺志をこの地に還してくれた翔一たちに対する、深い感謝と信頼が浮かんでいた。


「みんな、ご苦労さん。……さっきポポロの案内で畑を見て回ったが、こいつは本当にすげえな。ただの自給自足の里だった場所が、いっちょ前の『農場』になっちまってる」

 翔一の言葉に、里の者たちが照れくさそうに笑い合う。

「だが、だからこそだ。ここはもう、ただの『名もなき隠れ里』じゃない。これからは良質な薬草の巨大な生産拠点として、表舞台で大々的に商売をしていくべきだ」


 翔一は、台座の上の結晶を一瞥し、そして集まった者たちの顔を一人ひとり見渡した。

「だから……まずは、この村の名前を決めようじゃないか」

 翔一の提案に、里の者たちは顔を見合わせた。

 無理もない。数百年もの間、世界から身を隠し、迫害を恐れて生きてきた彼らにとって、「名前を名乗り、表舞台に出る」というのは、途方もない恐怖を伴う決断のはずだ。

 だが、今の彼らの目に、怯えの色はなかった。


「……名前、か。考えたこともなかったな」

「『泉の村』とかはどうだ?」

「いや、それじゃありきたりすぎる。『緑葉の里』とか……」


 あーでもない、こーでもないと、前向きな議論が始まった。

 だが、どれも今ひとつしっくりこないのか、決定打には欠けていた。

 皆が腕を組み、うーんと唸り声を上げている中……ポポロの後ろに隠れるように立っていたアリルが、遠慮がちに口を開いた。


「……あの」

 子供の小さな声だったが、その場にいた全員の視線が、一斉にアリルに集まった。

 アリルは少し戸惑いながらも、台座で輝く緑の結晶を見つめ、はっきりと言った。

「『タキタ村』は、どうかな」


 タキタ村。

 その言葉が落ちた瞬間、広場は水を打ったように静まり返った。

「タキタさんが命を懸けて守ってくれたから、みんな今ここで、笑い合えてるんでしょ? だったら……村の名前にしてしまえば、タキタさんの名前が、この場所と一緒にずっと残るよ」


 アリルの言葉は、深く、静かに、里の者たちの胸に染み渡った。

 誰かが、鼻をすする音がした。

 一人の老人が、シワだらけの目元を拭いながら、大きくうなずいた。

「……ええ名前じゃ。最高じゃよ、坊主」

「ああ、賛成だ」

「タキタ村……。うん、これしかない!」


 次々と上がる賛同の声。やがてそれは、涙ぐみながらのもろ手での大合唱となった。

 翔一も、リンネアも、反対する理由など一つもない。

 翔一は大きくうなずき、宣言した。

「決まりだな。今日からここは、薬草の一大生産拠点『タキタ村』だ」


 ワーッという歓声が上がり、村人たちが抱き合って喜ぶ。

 その熱狂が少し落ち着いたのを見計らって、翔一はアリルを皆の前に立たせ、ニヤリと笑いかけた。

「よし。じゃあ村の名前も決まったことだし、次は『長』を決めなきゃな。俺は、このアリルを『タキタ村』の次期村長に推す」

「えっ!?」


 アリルは目を丸くして、素頓狂な声を上げた。

「む、無理だよ! だって僕、まだ子供だし……!」

 慌てて手を振るアリルに、翔一は首を振った。

「いいや、お前も鳥人族の先祖返りだが……俺がバグを直した以上、ポポロみたいに爆速で大人になることはもうねえ。普通のガキと同じように、時間をかけて立派な大人になるはずだ」

 翔一はアリルの目線に合わせてしゃがみ込み、その肩をガシッとつかんだ。


「だから、それまでは『村長見習い』だ。村の大人たちに支えてもらいながら、ゆっくりとタキタの遺志を継げばいい。俺はな、お前の『人たらしの才能』をものすごく買ってるんだ。オアシスの街でも、あっという間に周りの連中を味方につけてただろ」

 翔一がそう言うと、広場に集まった村人たちの間から、温かい賛同のさざ波が広がっていった。


「翔一さんの言うとおりじゃ。あのタキタ様の名前を付けてくれたこの子なら……ワシらは大歓迎じゃよ。大人になるまで、いくらでも面倒を見たる」

「ああ! こんな隠れ里の連中にも、お前さんは分け隔てなく笑いかけてくれたじゃねえか」


 次々と上がる温かい声援。

 この数時間、アリルが持ち前の『人懐っこさ』で、すでに里の大人たちの心を掴んでいた証拠だった。

 翔一の強い視線と、村人たちの承認の声に、アリルは言葉を詰まらせた。

 その瞳の奥で、不安と、少しの期待が揺れ動いているのがわかる。


「ボクも手伝うよ、アリちゃん!」

 横から、ポポロがアリルの背中をドンとたたいた。

「生産はアリちゃんたちがやって、販売のルート作りとか、大図書館都市での商売はボクが手伝うから! ね、一緒にやろうよ!」

「……ポポロ姐」


 ポポロの屈託のない笑顔と、村人たちの温かい視線。

 そして何より、翔一からの「信頼」の言葉。

 アリルはしばらくうつむいて考え込んでいたが……やがて顔を上げ、かつてオアシスの路地裏で見せたのと同じ、覚悟を決めた瞳で、力強くうなずいた。


「……わかった。やってみるよ、ショーイチ!」

 翔一は満足げにうなずき、アリルの頭をガシガシとなで回した。

「その意気だ。せいぜい稼いで、俺のところに莫大な上前マージンを持ってこいよ」

「最低ですね」

 リンネアの冷ややかなツッコミに、村人たちからドッと笑いが起きた。


          ***


 翌朝。

 タキタ村の出入り口には、出発の準備を整えた一行の四輪馬車カレッサ――ザガン特製の、一見すると塗装の剥げたボロ車が停まっていた。


「ショーイチ、積み込み終わったよ!」

 ポポロの声に振り返ると、コクヨウの引く四輪馬車カレッサの後部には、この数日で収穫された最高品質の薬草が、これでもかとばかりに限界まで積み込まれていた。

 ポポロも、今後の商売の打ち合わせや、大図書館都市での販路拡大の準備のため、翔一たちと一緒に街へ戻ることになったのだ。


「じゃあな、アリル。立派な村長になれよ」

「うん! ショーイチたちも、気をつけてね! リンネアお姉ちゃんも、ガルムのおじちゃんも!」

 アリルとタキタ村の住人たちに大きく手を振られながら、翔一たちは村を出発した。

 四輪馬車カレッサが暗い洞窟のトンネルを抜け、ポポロたちが整備した迷いの森の道へと入っていく。


 幌の隙間から、見えなくなったすり鉢状の緑の村へと思いをはせながら、翔一は深々と息を吐いた。


 (さあ、帰るか。俺たちの『戦場』へ)


 エルディアでのシステムとの喧嘩は、ただの前哨戦に過ぎない。

 本当の戦いは、これからだ。

 大図書館都市へ戻れば、市長への結果報告と……何より、神の法を笠に着てふんぞり返っている『正典管理局』の連中が待っている。

 唯一の『特級代弁士スーパーユーザー』となった翔一を、連中が黙って受け入れるはずがない。

 確実に、あの手この手で排除しようと動いてくるだろう。


「……さあて。どいつから論破(ぶっ潰)してやろうか」

 翔一の口から自然とこぼれた悪辣なつぶやきに、向かいの席に座るリンネアが、やれやれとあきれたように肩をすくめた。

 だが、その手は護身用の短剣の柄に、静かに、そして力強く添えられていた。


エピローグ 第二話 完

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