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勝者の法 ~文字が読めない俺が、現代刑法とハッタリだけで異種族を完全論破する話~  作者: 田邑 或
第七章『神との契約更新、あるいは泥にまみれた代弁士』
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第十話『勝者の法と、新たなる旅立ち』

『……管理者権限スーパーユーザーの認証を確認。……命令を受理します、マスター』


 無機質なアナウンスが響き渡ると同時、審判室を埋め尽くしていた巨大な竜のホログラムが、チカチカとノイズを走らせて完全に沈黙した。

 代わって空間に浮かび上がったのは、翔一の瞳の奥でうごめいているものと同じ、青白いデータの光帯だった。それは、何千万年もの間この星を支配してきたシステムが、完全に一人の人間の支配下に置かれたことを示す恭順の証だった。


「……はっ。なんだ、神様にしてはずいぶんと物分かりがいいじゃねえか」


 翔一は、首筋の通信モデムを通じてシステムへと思考をつなげながら、口の端を吊り上げて不敵に笑った。

 星全体を管理するメインフレームが、一人の人間の思考回路とすんなりつながっている。つい先ほどの、あの地獄のような適合インストールの激痛を越えた今となっては、痛みも違和感もない。これが今の自分にとっての「普通」だ。


「さて、それじゃあたまりにたまった『契約書ルール』の書き換え(デバッグ)といこうか。……まずは、このふざけた巫女システムだ」


 翔一は思考を通じ、システムの深層に構築された膨大な法務データ(規約)へと介入する。

 彼自身の頭の中にある『六法全書』の知識と、弁護士としての論理的(プログラミング的)な思考回路が、瞬時に新たなプロトコルを組み上げていく。


『……要求を受信。生体モデム(先祖返りの獣人)を介したデータ転送プロトコルの削除を実行します。……該当規約の廃止、完了しました』

「よし。これでアリルやポポロみたいな連中が、てめえらの都合で使い潰される悲劇バグは永遠に終了だ」


 翔一の思考に呼応し、システムが次々と古いルールを破棄していく。


「……ところで、一つ確認しておきたいんだが」

 翔一は、端末の向こうで沈黙しているであろうAI――『神』に向かって、わざとらしく小首を傾げてみせた。

「ここみたいなバカでかい施設、世界広しといえど一つだけってことはないよな?」

『……』

「巨大なネットワークシステムを、たった一か所の物理サーバーだけで運用する間抜けはいない。リスク分散リダンダンシーはインフラの基本だ。お前らも、複数の拠点を同期させてるはずだ。……そうだろ?」

『……否定します。本施設と同規模の基幹サーバーは、大陸の地下深層に計五か所存在しますが、ネットワークは数百万年前に物理的に分断されました』

「ほほう。分断? じゃあ、ここは?」

『当施設は『第三神殿《Templum Tertiusテンプルム・テルティウス》』として単独で稼働しています。かつての戦争とインフラ崩壊により、現在は五つの神殿がそれぞれ独立したAIとして、各地域で独自の法および自治システムを構築・運用していると推測されます』


 AIの事務的な回答に、翔一は口角を限界まで吊り上げた。

 テンプルム。……神殿、か。かつての旧人類の管理者どもが、AI施設にそんな仰々しいコードネームを付けていたのか、それともAI自身が新種族を手なずけるためにそう名乗ったのかは分からない。

 だが、これは翔一にとって最高に面白え情報エサだ。

 他の神殿データセンターが完全に独立稼働しているなら、第三神殿とはまったく違う『狂った法律』や『イカれた自治』で異種族たちを支配している可能性がある。

 この世界で冒険者どもが宝探しに潜っている『古代の地下遺跡』や『未知の迷宮』……その奥底には、残り四つの手付かずのシステム(神殿)が眠ってるってことだ。翔一がそいつらをすべて探し出し、自らのやり方で書き換え(デバッグし)てやる理由として、これ以上ワクワクする目的はない。

 翔一は一歩前へ出ると、コンソールパネルを指差した。


「なら、次は今後の『代弁士制度』の規約だ」

「……翔一。これでついに、正しい志を持つ者たちに代弁士への道が開かれるのですね。アリル君のような犠牲を出さずに」

 リンネアが期待に満ちた声をかける。しかし、翔一は鼻で笑った。

「冗談じゃねえ。強大な力(神のシステム)なんて誰彼構わずオープンにすれば、必ずまた『貴族』や『正典管理局』みたいな連中が抜け穴を見つけて悪用する。そしてまた、アリルみたいな犠牲者が生まれるだけだ」

「それじゃあ……」

「人間の問題は、未熟でも人間同士の法律(弁護士たち)で争わせときゃいいんだよ。神様の出番はもう終わりだ」


 翔一は思考をシステムにつなぎ、最も悪辣な『独占契約』をたたきつけた。

「おいシステム。今後、俺(田中翔一)と星付き(リンネア)の二人以外、このシステムに『代弁士』として新規登録することを一切禁ずる。システムは俺たちだけで私物化(塩漬け)する。他の連中には一切のアクセス権限を渡すな」

『……了解。新規代弁士の登録プロトコルを完全凍結ロックしました』

「よし。これで神の法は、正真正銘俺たちだけのものだ」


 それは、三百年閉ざされていた「神の法」が、文字どおり世界で最も悪辣な弁護士の手に完全に掌握された瞬間だった。

 翔一は、思考の片隅でもう一つのことを確認した。

「……最後に一つ聞くぞ。お前は何百万年もかけてこの世界の法を支配してきたつもりだろうが」

 翔一はゆっくりと言葉を選んだ。これが、切り札だ。

「地上の連中は、お前らがいなくても独自の法律を作って、とっくに立派に回ってんだよ。代弁士制度が消えた三百年間も、街には市場があって、ギルドがあって、人間は自分たちのルールで生きてきた。神様気取りのポンコツAIを必要としてる奴なんて、今の地上には一人もいねえ。……お前はずっと、誰にも必要とされていなかったんだ」

『……』

 AIは、沈黙した。反論も、否定も、なかった。ただ青白い光帯だけが、静かに揺れていた。


「最後に……『田中翔一』を、このシステム全域の『特級代弁士(最高監査役)』としてハードコードしろ。俺の命令なしに、二度と勝手な規約変更は許さねえ。ついでに、ここに取り残されてた案内役のサトーは、俺が監査役の専属アシスタント(通信端末)として連れて行く」

『……対象【田中翔一】のバイオメトリクスを最上位権限者として登録。ST-07の所有権を移譲。……全アップデートの適用を完了いたしました』


 すべての作業デバッグを終えた瞬間。

 不意に、視線を感じた。

 翔一が顔を上げると、すぐそこにサトーが立っていた。端正だが感情を欠いた目が、一点の揺らぎもなく翔一を見つめている。

 刹那――「とある音声データ」が、翔一の脳裏に不意に流れ込んできた。どこからとも知れない声だったが……あの静かな瞳のほうから、聞こえてきた気がした。


『……管理者権限を奪われ、我々は物理的に排除される。時間はもう、ない』

 ノイズ混じりの、切羽詰まった男の声だった。

 それは、数百万年前。防衛プロトコルを暴走させたシステムに対し、なす術なく敗北を悟った旧人類の開発者「佐藤」の、最後の遺言だった。


『こんな世界に、果たして純粋な人間が生き残っているのかも分からない。だが、我々は……案内用アンドロイド(ST-07)に、単純極まりない二重のトリガーを仕込んだ』

『彼女は永遠にここを訪れたものをあの部屋へ案内し続けるだろう。そしてもし……万が一、奇跡のような確率で生き残った人間の末裔がモニターの【我々の言語(警告文)】を読み上げたなら……生体モデムを渡すように』

『……頼む。いつかここへたどり着いた見知らぬ同胞よ。この狂ったシステムに、引導を――』


 音声は、そこでプツリと途絶えた。

 翔一は、目を伏せて小さく息を吐いた。


「……サトーのやつが、あんな見え透いた偶然を装って俺たちを『施設管理制御室』に案内した理由がこれかよ」


 数日前の夜、あの部屋のモニターに映し出された、旧人類の言語(英語)によるシステムログ。

 五百年間誰も読めず、三百年前からは代弁士の希望者すら来なくなったにもかかわらず、ちり一つなく清掃されていた密室。

 黒髪に黒目、かつての『日本人女性』の容姿を模したサトーというポンコツのアンドロイドは、数百万年という途方もない時間、ただひたすらに「旧人類の言語を読める人間」が現れるのを待ち続けていたのだ。開発者(佐藤)が遺した、最後のバトンを渡すためだけに。


 だが、翔一はその事実をかみ締めながら、同時に強烈な違和感を覚えていた。


 (……待てよ。遺言どおりなら、俺があの部屋で英語を読んだ瞬間にモデムを渡せばよかったはずだ。なぜこいつは、審問が始まって俺がいよいよピンチになるギリギリのタイミングまで渡すのを待った……?)


 翔一が改めて視線を戻すと、サトーはすでに元の姿勢で正面を向いており、先ほどまで翔一を見ていたなど、まるで夢だったかのように静止していた。


 (こいつ、本当にただのプログラムか……?)


 翔一はニヤリと笑うと、役目を終えたモデムに手をかけた。

「……ふん。手回しのいい先人バカたちだぜ。感謝はしねえが、手間は省けたよ」


 (……安全なログアウトのコマンドなんて、俺には分からねえしな)


 文系弁護士の結論は、いつだってシンプルだ。翔一は首筋のモデムを、容赦なく引き抜いた。


「がっ……!」


 次の瞬間――バチッ、という鋭い音と共に、モデムの接合部から細い煙がひと筋立ち昇った。強制切断の反動で強烈なめまいが翔一を襲い、膝から崩れ落ちそうになったところを、間一髪でガルムの太い腕が支えた。


「おいおい、無茶しやがって。大丈夫か、大将?」

『……ご報告します。切断プロトコルを経由しない強制切断を検知しました。この操作により、通信デバイスは故障しています。また、接続者の人体に損傷が発生する可能性があります』


 何事もなかったように、サトーが事務的な口調で告げる。翔一はうんざりした目で彼女を見た。

「……先に言えよ」

『……私は、デバイスを渡し、接続方法を伝えるところまでしかプログラムされておりません』


 翔一は半眼でサトーを見た。

「……言い訳か。……なあサトー、お前、本当は感情も自立思考もできるんじゃないのか?」

 サトーは答えなかった。端正な顔を正面に向けたまま、微動だにしない。


 荒い息を吐きながら翔一はぼやいた。めまいは少しずつ引いていく。体のほうは――幸い、損傷はなかったようだ。

「……ああ。なんとか、な。……おいアリル。お前、体の具合はどうだ?」


 翔一が荒い息を吐きながら問いかけると、アリルはきょとんとして首を傾げた。

「はい! 声は完全に消えました。もう大丈夫です! ……それより翔一さん、すごくつらそうです……! 大丈夫ですか……!?」

「俺のことはどうでもいい……そうか、アリル。お前の声が消えたんなら、そいつはよかった」


 翔一は小さく安堵の息をついた。

 エルディアの山に入った直後、アリルはシステムからの膨大なパケット通信を受信し、「声がいっぱい頭に入ってくる」と頭を抱えてうずくまっていた。

 だが、翔一の「一方的に送りつけられた契約書データはサインせず破り捨てろ!」というハッタリめいたアドバイスを信じ、この数日間、必死にシステムのアクセスを「拒絶」し続けていたのだ。

 そして今、翔一がシステムの中枢に入り込み、獣人をモデムとして使い潰す『データ転送プロトコル』そのものを根こそぎ削除してやった。


 アリルは事の重大さを完全には理解していない様子だったが、翔一が無事だったことに心底安堵したのか、背中に生えた立派な翼をパタパタと揺らして翔一の服の裾をぎゅっと握りしめた。

 「声」はもう聞こえないはずだ。神の声を受信する悲劇の歯車(通信機)になる運命を、この少年は自らの意志と、悪徳弁護士のルール書き換えによって完全にねじ伏せたのだ。

 翔一が目を細め、小さく息を吐いた。それ以上の言葉は、なかった。


 魔素を多く取り込む体質による短命の問題は依然として残るが、それはタキタから受け継いだ『銀の葉』で補い、他の獣人族並みの人生を全うさせればいい。少なくとも、システムに使い捨てにされる未来だけは、翔一が完全に握り潰してやった。


 リンネアは、息を呑んでその光景を見つめていた。

 何千万年も不変であった、絶対的な「神の法」。それを、魔法も剣も使えない、異世界から来た一人の文盲の男が、たった数分ロジックをたたきつけただけで完全に塗り替えてしまったのだ。

「あなたは……本当に神のシステムを変えてしまったのですね」


 リンネアの言葉には、出会ったころのようなあきれや懸念の響きはみじんもなかった。そこにあるのは、圧倒的な偉業を成し遂げた者への、強い畏敬の念。

 だが、同時に彼女の胸の奥には、一筋の冷たい危惧もまた、確かに存在していた。


 (一人の人間に、神のシステムを独占させる。それがどれほど危険なことか。……人間は、誘惑に弱い生き物です)


 特級代弁士という絶大な権力を手にした彼が、いつか権力に溺れ、正典管理局のように腐敗し、暴君と化す日が来ないとも限らない。

 リンネアは、かつて翔一と初めて出会った森の中で彼に突きつけた、護身用の短剣の感触を静かに思い出しながら、前を歩く彼の背中を見つめた。

 彼にこの道を拓いてしまったのは、盟約弁護士(星付き)である自分だ。


「ハッ! これで俺たちも、『特級代弁士様』の直属パーティーとして正式に稼げるってわけだな!」

 ガルムが豪快に笑い、翔一の背中をバンとたたく。

 目的は、達成した。

 半年ほど前、言葉の通じない路地裏に放り出された悪徳弁護士は、今やこの世界のルールそのものを操る「正規にして唯一の最強の代弁士」としての地位をもぎ取ったのだ。


 数時間後。

 エルディアの地下施設を後にし、壮大な地上の光を浴びた一行は、大図書館都市への帰路につくべく馬車へと向かっていた。

 まぶしい太陽を見上げながら、リンネアが翔一に真剣な顔で問いかける。


「ねえ、翔一。世界を統べるシステムを、あなたが手に入れたのですね。……これから、あなたはこの強大な力を使って、腐敗した代弁士制度をどう作り直すおつもりですか?」


 その問いに、翔一は立ち止まり、背後を振り返った。

 大きな体に傷を負いながらも笑い飛ばすガルム。無邪気に翼を揺らしながら歩くアリル。そして、大図書館都市で帰りを待つ小さな弟子と、自分を真っすぐに見つめるエルフの相棒。


 武器は相変わらず何もない。頼れるのは、自分の脳髄に焼き付けた『六法全書』の知識と、こいつらを守り抜くための悪辣なハッタリだけだ。


「……決まってんだろ」

 翔一は、獲物を前にした極悪人そのものの、最高に不敵な笑みを浮かべた。


「あの地下の神様(AI)が言ってたぜ。この大陸には、あと四つ、あいつと同じ『狂ったシステムで統治する神殿』が眠ってるらしいってな」

「――えっ」

「冗談じゃねえ。俺の住む世界に、俺の知らない法律ルールを押しつけるデカい顔した神様なんて、一つだって残しておけねえよ」


 ガルムが大笑いし、アリルがわけもわからず両手を挙げてはしゃぐ。

 その喧騒の中で、リンネアはクスリと笑った。

「そうですね」

 彼女は遠くの空を見つめながら、ただ静かに微笑んでいた。


「そういうわけだ。特級代弁士(俺たち)の仕事は、まだまだ山積みだぜ」


――勝者の法 完――

ここまでお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました!


言葉も通じない、剣も魔法も使えない、文字すら読めない。

そんなハンデだらけの悪徳弁護士・田中翔一が、持ち前の「六法全書の知識」と「ハッタリ」だけを武器に異世界を駆け抜けた物語。

ついに、この世界の絶対的なルール(神)をねじ伏せ、彼なりの「勝者の法」を証明することができました。


一癖も二癖もある仲間たち――堅物エルフのリンネア、早熟な狐っ子ポポロ、豪快な狼男ガルム、そして不憫な翼の少年アリル。彼らとの旅路を、ここまで応援してくださった読者の皆様には、感謝の言葉しかありません。


本当にありがとうございます!


さて、本編としての「第一部」はこれにて完結となりますが……

実はまだ、物語はほんの少しだけ続きます。


神のシステムを「私物化」した翔一たちが、大図書館都市に戻ってどうなるのか?

急激に成長したポポロの商売はどうなったのか?

そして、翔一の専属アシスタントとして(強引に)ついてきたサトーの運命は……?


次回からは、そんな彼らのドタバタな日常と、新たなる波乱の幕開けを描く**『エピローグ(全3話予定)』**を更新いたします!

本編のシリアスから少し息を抜きつつ、翔一たちらしい「シノギ」の様子をお届けする予定ですので、ぜひ最後までお付き合いいただければ幸いです。


少しでも「面白かった!」「翔一のやり口にスカッとした!」「エピローグも読みたい!」と思っていただけましたら、評価やブックマークをいただけますと、作者の寿命が延びて大変励みになります……!


それでは皆様、次回、エピローグ第1話『隠れ里の激変と、爆速の女商人(仮)』で、またお会いしましょう!


田邑 或

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