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120. 仲間達、イチカの行方

「イチカ、こんな俺でごめん。」

「何と仰いました?」


 エドガーがシオンの独り言を聞き返した途端、シオンの動きが劇的に変わった。


 動くスピードも剣の勢いも先ほどまでとは段違いで、そこからのエドガーはシオンの猛攻を何一つまともに受け流せず、どんどん後方に追い詰められていく。


 そして最後の瞬間、その剣筋を一瞬たりとも見ることが叶わないまま、エドガーは特殊で頑強な守護騎士の防具を凹ませるほどの一撃を、その身に浴びてしまった。


「ぐふっ!?」


 彼の剣はその手から滑り落ち、彼自身もその場に叩きつけられるように倒れ込んだ。シオンは倒れたエドガーに音もなく近づき、剣先を彼の顔前に突きつける。


「前よりは多少動きが良くなったかな。でもまだまだだね。ま、そんなことどうでもいいか。で、俺の邪魔をした償いはどうするつもり?」


 エドガーが見上げたその男には静かな殺意がまとわりついていて、幾度も修羅場をくぐり抜けてきた彼ですら凍りついて動けなくなるほどの冷酷な視線を、暗がりの中でもヒシヒシと感じていた。


「どうとでも、なさってください。結局私はあなたに全く追いつけなかった。負けを認めたからには、あなたにこの命を預けるつもりでおります。」


 エドガーは倒れ込んだまま頭を下げる。その顔には疲労感と圧倒的な強さを持つ者に対する畏怖の気持ちが滲んでいた。


「ふうん。だがあんたの命なんて俺にはどうでもいい。それよりイチカを連れてったあんたの上司、どこに向かってる?」

「・・・グレイ領の、本邸です。」


 シオンはチラッとエドガーの向こう側に視線を向ける。隠す気もない大勢の守護騎士達の気配が、すぐそこに迫っていた。


「なるほどね。ところで後ろのあれ、もしかしてご丁寧にお仲間も呼んでた?エドガー、ずいぶん面倒なことしてくれたね。」


 エドガーは顔を上げ、後ろの気配を確認する。


「グレイ様が、お呼びになっていたんだと思います。」

「はあ。これじゃすぐにイチカを追えないだろ、全く。俺をこんなに怒らせて、あんたのお仲間達はどうなってもいいってことかな?」


 再びシオンの顔を見上げると、慈悲など一欠片も持ち合わせていないその目が、彼を恐怖と絶望の底に叩き落とした。


「ど、どうか命だけは、部下の命だけは・・・」


 シオンはエドガーが必死に縋る声にも一切耳を貸さず、再び剣を構え、全身に殺意を漲らせていく。


「シオンさん!?」

「おい、シオン!落ち着け!!」


 その時そこに二人の男達が現れ、シオンの動きを止めた。現場に満ちていた恐ろしいほどの緊張感がふっと和らぐ。


「レオン、ジェフ?」

「シオンさん、ここは僕らに任せて、師匠を追ってください!」

「お前、そんなにキレてたら本当に全員死ぬぞ。ここは俺らが引き受けるから早く行け!!」

「・・・すまない。」


 シオンは二人に小さく頭を下げ、イチカを追ってその場を離れた。



「レオン、一緒に動くのは久しぶりだな!事務仕事で体鈍ってるんじゃないのか?」

「何を言っているんです?シオンさんの尻拭いは僕の仕事ですよ?体鈍らせてる暇なんて全然ありませんよ。」

「じゃあ暴れさせてもらうか!」

「ご存分に。」


 そして二人はエドガーの後ろに控える屈強な男達の中に飛び込んでいった。




 エドガー達のことをレオンとジェフに任せたシオンは、再びイチカの後を追って走り出した。


 初めは強く感じていた彼女の気配が次第に薄れていくのを感じながら、それでも僅かな可能性を追い続けていく。



 だがある場所で、その気配がプツッと途切れた。


「駄目か・・・。仕方ない、直接本邸に向かうか。」


 シオンは一旦立ち止まって方向を変え、宿に急いで戻ると、支払いを済ませてそこを出る。コクレの町の時のようにイチカの荷物も背負い、その足でとある場所へと向かった。



 数十分後。大通りに面したとある大きな建物の一階部分、グリーズ商会の王都支店の前にシオンは立っていた。そのドアは閉まっていたが、シオンは持っていた鍵の束から一つを選んで鍵を開け、中に入る。


 夜間は無人のはずのその場所で、なぜかランタンに火が灯され、奥に数名の男達の気配が感じられた。荷物を抱えて中に進むと、レオンとジェフが驚いたようにシオンの顔を見つめていた。


「シオン?どうした、相棒は見つからなかったのか!?」

ジェフが険しい顔つきでシオンに声をかけた。

「ああ。気配が途中で消えた。馬車か何かで一気に移動したんだろう。エドガーが言うにはあの人はグレイ領の本邸に向かったらしい。今から俺も向かうが、一旦イチカの荷物を預かっておいてほしい。」


 レオンがすぐにそれを受け取ると、頷いて奥の事務所へと荷物を運ぶ。


「シオン、俺達も一緒に行こう。」

「いや、だがお前も仕事があるだろう?」

「何を言ってる。今はこっちの方が大事だろ?それに今のお前を放置しておいたら、守護騎士が軒並み使い物にならなくなる。一応この国を守る大きな力なんだ。全滅は避けたい。」


 苦虫を噛み潰したような顔でそう話すジェフの言葉に、シオンは不機嫌な表情でぼそっと返す。


「・・・俺は邪魔さえされなければ何もしない。」

「今回はエドガーが協力してくれる。これ以上部下達をお前に差し向けないように手を回すそうだ。お前に大事な部下を潰される位ならその方がいいんだろう。とにかく俺とレオンは今回は絶対にお前に同行する。いいな?」

「ああ。頼む。」


 ジェフは安堵したように表情をゆるめ小さく頷くと、荷物を置いて戻ってきたレオンを見る。


「おいレオン、こいつに彼女の話をしてやってくれ。」

「ああ、はい。シオンさん、エレノアさんのことですが・・・」

「ああ。」


 シオンは全く関心もなさそうに下を見ながら返事をする。


「錯乱状態でしたので一旦気を失わせてから病院に運びました。どうもかなり精神的に追い詰められていたようで、先ほど様子を聞きに行ったのですが、目を覚ましてからはずっと俯いて何も話そうとしないようです。ハルバート様に洗脳されていた可能性もありますね。」

「そうか。俺のせいだな、彼女に迷惑をかけてしまった。」


 シオンは大きくため息をついてからレオンに指示を出す。


「悪いが彼女のことは今後も保護と治療を頼む。費用はもちろん俺が出す。」

「わかりました。この後出発するのでしたら少し待っていてください。準備と指示を出してきます。」

「ああ、頼む。」


 レオンが再びそこから離れると、シオンは自分の荷物の中から最低限必要なものだけを取り出し、それ以外を別の袋に入れて事務所に保管した。


「よし、じゃあレオンが戻ってきたら出よう。それとジェフ、何かあったらお前が俺を止めてくれ。」

「シオン、我を忘れて俺を殺すなよ?」

「・・・善処する。」


 三十分後、三人はそれぞれの荷物を手にそこを静かに出発していった。



 ― ― ― ― ―



 イチカはその頃、ハルバートが準備した馬車の中で、後ろから回された彼の腕の中に包まれてぼんやりと窓の外を眺めていた。ハルバートはそんなイチカに声をかけるわけでもなく、ただじっと側で温もりを与え続けている。


「イチカ。そろそろ話をしてもいいかな?」


 一時間ほど経った頃ようやく話し始めたハルバートは、光を失ったイチカの瞳を横から見ながら顔を顰めていた。


「イチカ、私の声は君には届いていないのかな。」


 腕の中にいるイチカの頬をそっと指でなぞる。だがその頬は冷え切っていて、その指の動きにも何一つ反応を見せない。


「それほどまでにファルシオンを愛しているのか。イチカはどうあっても私を見てくれないのか?」


 その指は頬から首筋を伝い、鎖骨に沿って移動し、そのまま彼女の華奢な肩に両腕を絡ませていく。そしてイチカの耳元に顔を寄せ、そっと囁いた。


「私のイチカ・・・どれほど君を捕らえようとしても、君の心は遠くに行ったままなんだね。それならせめてこの頬と首筋だけは、今夜私のものにさせてくれ。」


 そう言ってハルバートはイチカの首筋にキスを落としてから、自分の頬を彼女の冷え切った頬に当てた。


 窓の外に浮かぶ満天の星々の柔らかな光が、心の交わらない二人の姿を静かな夜の中にそっと浮かび上がらせていた。


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