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119. エレノアの乱心

 王都に入ると、これまでにない建物の高さにイチカは目を見張る。そして何より驚いたのは、大きな通り沿いだけではあったが、ガス灯のようなものが設置されていたことだった。


(他の町では一切見たことがなかったけど、ここにはあるんだ・・・数は少ないけど。この世界でも技術は少しずつ進歩していくのね)


 イチカは不思議な気持ちを抱きながら、シオンの後ろについて大きな通りを歩いていく。これまでに見たどの町よりも整然としていて美しいはずなのだが、心弾むような楽しさはなぜか感じられなかった。


 大勢の人々や馬車、馬に乗った騎士達が行き交う大通りに出ると、シオンはその道の先にある王城を指さした。


「あれが現国王がお住まいになっている城。その奥、ここからは見えないけど、小さな塔があって、そこが彼らが住んでいる塔なんだ。」


 イチカはその言葉を聞き彼の指さす方向を見つめた。そこには自分と同じ境遇の人達が暮らしている。今の自分よりももっと辛く、もっと厳しい状況の中で、外の世界や家族と暮らす温かな生活を日々夢見ているのだろう。


「そうなんだ。ねえシオン、いつか、私達がその塔を解放しようね。」


 シオンはイチカの頭に優しく手を置く。


「そうだな。さあ、大通りで見せたかったのははこれだけ。戻って今日の宿を探そう。」

「うん。」


 二人は大通りを離れ、人通りが少なく比較的庶民の住む地域に近い場所で宿を確保した。荷物を部屋に置くと、シオンが早速通行証を発行しに行こうと言うので、イチカは必要最低限の荷物だけを持って外に出た。


「通行証って、他の国に出る時の身分証明みたいなものなんでしょ?私偽名だけどいいのかな?」

「ああ、商会の登録証があれば大丈夫。あれはイチカだから俺の権限で発行したけど、実は本来あんなに簡単には出せないんだ。もう少し必要書類もあるしね。うちは王都周辺の貴族達にも信用があるから、特に問題なく通行証は出ると思うよ。」

「そうなんだ!持ってきておいてよかった!」


 ほっとしたイチカはシオンの案内で通行証発行のための役所のような場所に赴き、商会の登録証を提示し、いくつかの書類を書かされた後、一時間ほど待たされてから通行証が発行された。


「こちらは三年間有効となります。その期間を超えてしまう前に必要があれば更新にいらしてください。」


 役所の職員にそう注意を受けてその紙を受け取る。商会の登録証よりも少し大きな紙でできたその通行証をくるくると丸めてリボンで結び、失くさない様にとイチカはすぐにバッグに仕舞い込んだ。



 そして二人はそのまま食事をしてから宿に帰ることにする。


「そうだ、そういえばシオンが私を助けにきてくれた時、ものすごい爆発音が聞こえたんだけど、あれってシオンの仕業だったの?」


 目の前にある肉をナイフとフォークで器用に切り分けて口に運びながら、シオンが首を横に振る。


「いや、あれはテオなんだ。」

「え、テオ?どうしてあんな場所にいたの!?」


 イチカは驚きのあまり持っていたフォークを落としそうになって慌てて掴む。


「ほら、あの日組織が真珠を狙っているって話をしただろ?あの件に首を突っ込んでたみたいで、あのお祭りの日、イチカを見失ってすぐに出会ったんだ。」

「そうだったんだ!」

「それでイチカがいなくなったことを話したら、あいつが仲間と一緒に探してくれて、しかもあの場所に先回りして爆破装置まで仕掛けて俺が潜入しやすい隙を作ってくれたってわけ。」


 イチカは少しだけ苦しそうな笑顔で頷いた。


「テオ、助けてくれたんだ。」

「ああ。あいつ、すごく元気だったから。心配するなよ。」

「うん。」


 シオンは丁寧にナプキンで口を拭うと、イチカに質問を返す。


「イチカはあの時、どうやって建物の外に逃げたんだ?」

「あの時・・・あの爆発音の少し前に目を覚ましたんだけど、なぜか廊下に誰の気配も感じなかったの。それでそっと廊下に出て、少しずつ隠れる場所を見つけながら玄関に移動してたんだ。そしたらあの爆発が起きて、慌てて近くの植木の裏に隠れたら、ちょうど玄関のドアが開いて誰かが入ってきたからそのドアの後ろに隠れてたの。で、慌ててそのまま逃げたんだけど・・・もしかして!?」


 シオンは頭を抱えた。


「あー、それ、俺だな。」

「やっぱり!」


 そして二人で顔を見合ってつい笑ってしまう。


「二人して何してるんだろうね?」

「俺達らしくていいんだけどさ。でももう、二度と離れないからな。」

「うん。」


 二人だけの幸せな時間の中で、イチカは改めてその時間の大切さを噛み締めていた。



 食事を終えて外に出ると、もう辺りはすっかり暗くなっていた。イチカは久しぶりにシオンと手を繋いで宿までの道を歩く。


 食事をした辺りは明るさがある場所だったが、宿の周囲は少し暗く、イチカはポケットからいつもの蝋燭ランタンを取り出して火をつけ、細い川に面した倉庫などが並ぶ場所を歩いていった。


 するとその倉庫の前にある太い柱のようなところから、奇妙な気配を感じる。知っている人の気配と全く知らない恐ろしいものの気配が混ざったその感覚を、イチカはその日初めて感じ、シオンを引っ張って立ち止まる。


「イチカ、どうした?」

「何か、誰か、あの先にいる気がする。」

「・・・イチカ、いつでも逃げられるように準備して。」

「シオン、気をつけて!お願い!」


 イチカは数日前から頭を過っていた嫌な予感が、再び湧き上がってくるのを強く感じていた。


「そこに誰かいるのか?」


 シオンがその気配に向かい、剣を抜きジリジリと近づいていく。イチカは少しだけ後ろにさがり、シオンをじっと見つめて状況を把握しようと必死だった。その時。


 スッとその場に現れたのは、明るく光るオイルランタンを掲げたエレノアだった。


「エレノアさん?」


 イチカがそう言うと、エレノアがシオンの前を風のように通り抜け、そしてイチカの髪に、手を触れた。


「きゃあっ!?」


 その瞬間、イチカの髪が小さな竜巻に巻き込まれるように舞い上がり、光り輝く。眩しさと風の強さに驚いて顔を覆っていると、ふっ、と光と風が消えた。


 イチカはが恐々目を開けると、目の前にいたはずのエレノアはそこにはもうおらず、シオンのすぐ側で、彼と口づけを交わしていた。


「な、にしてるの?」


 イチカの声が震える。


「シオン、ほら、彼女に別れを告げて。私を愛しているのでしょう?」


 エレノアの声にシオンは無表情で頷き、イチカを見ることはないまま、再びエレノアの腰に手を回し深いキスを重ねていく。


 その二人の、まるで目の前で愛し合っているかのような姿にイチカは耐え切れず、シオンに駆け寄ろうとしたがそれを後ろから誰かに制止された。慌てて振り向き、その顔と声にイチカは真っ青になる。


「ハルバート様!?」

「イチカ、見るな。」

「でも!!」

「これ以上あんな光景を君に見せたくはない。それとも君はこのままあの状態の二人を見続けられるのかい?」

「それは・・・」


 イチカはそのショッキングな光景にもう目を向ける勇気が出なかった。そしてハルバートは後ろからそっとイチカを抱きしめ、その両目を優しく片手で塞ぐ。


「もう、見なくていいんだ。忘れていいんだよ。さあ、一緒に行こう。」


 その言葉はまるで催眠術のようにイチカの心を閉じ込め、ハルバートの言いなりになったまま足が動いていく。


 ハルバートの手のひらからはイチカの涙が溢れ、シオンはひたすらエレノアとの濃厚なキスを繰り返していた。


「ハルバート様、助けて・・・」


 イチカのその掠れた声を耳にしたハルバートは、イチカの額にキスをすると、彼女を抱き上げ、その先の暗闇の中に消えていった。



 ― ― ― ― ― 



「シオン・・・ああ、もっと私を見て。」

「ううう、頭が痛い・・・」

「もう術が解けかかっているの?もう一度、あっ!?」


 エレノアが持っていた薬とランタンが地面に叩き落とされ、そして彼女自身もシオンに振り払われる。


「シオン!?」

「エレノアさん。あんた、俺に何をしたんだ?」


 そこにはエレノアが見たことのない、冷酷な男の姿があった。


「あなたは・・・私のものだったでしょう?どうしてイチカさんになんて心が動いてしまったの!?私と過ごした日々は?口づけを交わしたあの夜のことは?なぜあんなに簡単に無かったことにできるの!?」


 シオンはそれには全く答えない。


「どうして、私を・・・」

「俺は確かにあなたを利用した。それは申し訳なかったと思うし、あの日も言ったが最低だったことはわかってる。償えることはできる限りしたいと思ってもいる。だけど俺は、俺のイチカに手を出す人間に容赦をするつもりはない。」

「そんな・・・」


 エレノアはその場にしゃがみ込み、真っ白な顔がさらに青く見えるほどに血の気を失っていく。


「悪いけど、もう二度と会うつもりは無い。消えてくれ。」

「い、いやああああ!!」


 エレノアは地面に両手を叩きつけるようにして錯乱し始める。だがシオンはその様子に全く興味がないと、そこには誰もいないというようなそぶりを見せ、彼女をそこに放置してイチカを追っていく。



 あの日、セタの別荘地で神に祈ったあの日から、シオンは微かにイチカの気配を感じられるようになっていた。血の契約がまるで神の許可を得て発動したかのように、あれ以来当たり前のようにイチカの居場所が判るようになり、彼女が心を閉ざし切らない限り、その心の動きも感じられるほどだった。


 そしてシオンは急いでそのイチカの気配を追う。


 あと数十メートルというところまで迫っていると感じたその時、目の前に全く違う気配、だがよく知っているその力強い気配を感じて立ち止まる。


 少ないながらもその通りに設置されたガス灯がその夜道を優しく照らし、目の前にシオンより少し背の高い騎士が佇んでいるのが見えた。


「ファルシオン様、お久しぶりです。」

「エドガーか。悪いがそこを退いてくれ。」

「いえ、それはできません。あなたを止めるのが私の役割ですから。」


 シオンは何も言わずに剣を抜き、エドガーに切り掛かる。すんでのところでそれを避けたエドガーは、同じように素早く剣を抜いてシオンの前でそれを構えた。


「昔の私とは違います。あなたをここから先には行かせません。」

「へえ。どう違うのか、見せてよ。」


 シオンの剣が唸る。エドガーはそれを瞬時に剣で受け止め、弾いていく。だがシオンはその動きすら自分の剣の新たな動きに変えて再びエドガーを追い詰める。


 そうしてお互いに一歩も引かないままぶつかり合っていた二人だったが、シオンが強めの一撃を与えるとエドガーは一旦剣を構え直して手を止めた。


「まだまだです。あの頃のあなたのキレはどこに行ったのですか?」


 エドガーがシオンを煽るようにニヤッと笑うと、シオンは胸元のペンダントを握りしめた。目を閉じる。


「イチカ。こんな俺でごめん。」


 そしてシオンの雰囲気が、その一瞬で、切り替わった。


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