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116. エリアスとミレイナ

 旅の支度を始めてすぐのこと。


 イチカはシオンに呼ばれ、エリアス達が到着したことを知って二人が待つという応接室に向かった。


 するとそこにはいつもの元気なレオンと、緊張した面持ちで前屈みになったエリアスが座っていた。



「エリアスさん!レオンさん!お久しぶりですね。長旅お疲れ様でした!」


 イチカが笑顔でそう声をかけると、レオンはニコニコと微笑んで頷き、エリアスはその強張った顔のまま立ち上がった。


「エリアスさん?どうしました?」


 イチカはびっくりしながらエリアスと向き合うと、彼は突然イチカの手を握り、「ど、どうしましょう!?」と言い出す。


「え?いや、どうしましょうと言われましてもですね・・・ああ、もしかしてミレイナ様にお会いするから緊張しているんですか?」

「ほら、やっぱり師匠に相談してよかったでしょう?」


 レオンがうんうんと自慢げな顔で頷く。


「はい!イチカさん、私、彼女から逃げてしまって、もう一年以上お会いしていないんです。彼女とどんな顔で会ったらいいか、なんと言ったらいいのか、全くわからず・・・」


 エリアスはイチカの手を離すとまたソファーに沈み込んでいく。がっくりと肩を落として俯く彼を見ていると、シオンがススっと横にやってきて、イチカの手を握りしめた。


 チラッとその顔を見ると、そのこめかみにはピキピキと青筋が立っている。


(このやきもちやき!)


 イチカはシオンのことは一旦忘れて再びエリアスの方に顔を向けると、彼に話し始めた。


「あの、私はお二方のはっきりした関係がよくわからないので本来何も言うべき立場ではないと思うのですが、ただもし私がミレイナ様だったら、何よりもまず『会いたかった』という言葉が聞きたいんじゃないかなあとは思います。」

「イチカさん・・・」


 エリアスがゆっくりと顔を上げる。その顔は緊張のし過ぎで疲れは見えたが、前向きに何かを考え始めている。


「ミレイナ様は、ずっとあなたを心配して探しておられたんですから。まずはミレイナ様のお気持ちに寄り添って差し上げたらどうでしょう?」


 イチカのその言葉に、エリアスははっとしたように表情を変える。


「・・・そうですね。私はずっと自分のことばかり考えていました。あの、私一人でミレイナ様のお部屋に行ってもよろしいでしょうか?」


 シオンがエリアスに頷く。


「俺が案内しますよ。行きましょう。」


 そう言ってシオンはエリアスを連れて二階へと上がっていった。するとそれまで静かだったレオンがいきなり立ち上がってイチカに近寄ってくる。


「師匠!聞いてください!!」

「うお!?びっくりした!!だから師匠はやめてくださいと何度も・・・はああ。何かあったんですか?」


 レオンはキラキラした瞳でイチカの前に立ち、うんうんと首を縦に振りながら話し始めた。


「ミシェルと観劇に行きまして、その・・・手を・・・繋いで歩いたんです。家に帰るまでの少しの間でしたけど。ちょっと強引にでしたが嫌がられることもなく!!はあ、ミシェル可愛かったなあ。」

「そ、そうですか(いや惚気られても困るんだけど)。」

「ほら、師匠が『ミシェルは少し強引な人の方が好き』と教えてくれたからです!いやあ、ありがとうございます!!」


 イチカはじーっとその姿を見つめてから、

「で、告白はされたので?」

と聞くと、レオンの顔がピクっと動いて引きつった。


「次・・・ですかね。」

「左様で。」

「精進いたします。」

「はあ。ご自由に・・・」

「師匠!?突き放さないでくださいよー!!」


 そう言ってレオンはイチカの腕を軽く掴んで揺らし始める。


「ちょっと揺らさないでください!もう、あとは勝手に頑張ってくださいよ!そもそも師匠じゃないし!!」


 その時応接室のドアが開き、シオンが冷たい目でレオンを睨んだ。はっと気づいたレオンがすぐにイチカから離れ、「あ、ちょっとお腹が・・・」と言いながら廊下に逃げていく。


(一人で逃げるとは卑怯者!レオンめ!)


 イチカはすぐ近くまでやってきたシオンの顔をうまく見ることができず、目を泳がせる。


「イチカ?なんで俺の許可なく二人の男に触らせてるの?」

「いやあのでもほら突然だったしシオンもいたし・・・」

「今はいなかったけど。」

「彼はミシェルが大好きなんだから大丈夫でしょ!?」

「ふうん。」


 シオンのピリピリした怒りがイチカにも徐々に伝わり、ほぼ顔を背けた状態で立ち尽くす。


「イチカ、こっちを向いて。」

「えっと。」

「早く、俺を見ろよ。」

「ううう」


 イチカがおずおずとシオンの顔を見上げると、そこには悪戯っぽい瞳がイチカを待ち受けていた。


「もう俺はイチカの恋人だから、堂々と欲張ってもいいんだよな?」

「・・・うん。」

「じゃあ俺だけを見て、他の男には触らせるな。」

「うん。」

「イチカ、愛してる。」

「私も。」


 シオンに抱きしめられ、そのいつもの温もりにホッとしていたイチカは、すぐに自分がまだまだ甘かったことを悟る。


「じゃあ、お詫びということで、はい。」


 そう言ってシオンが少し頭を下げてイチカを見つめる。


「何、何これ!?」

「イチカからキスして?」

「え?ここで!?」

「俺は怒ってるんだけど?」

「・・・シオンのバカ。」

「だから知ってるって。俺のこと愛してるのは。早く。」


 イチカは深呼吸をしてからそっと、彼の唇に触れるだけのキスを残して後ろにさがる。


「物足りない。」

「そのくらいがちょうどいいでしょ。」

「何だよそれ!」

「次、楽しみになるでしょ?」

「・・・イチカは俺を翻弄する天才だな。次は覚悟しておけよ。」


 そう言ってニヤッと笑ったシオンはイチカの手を握り、「庭を散歩しよう」と言って外に連れ出した。




 しばらく二人で庭を散歩してから部屋に戻ると、エリアスがドアの前に立っていた。


「イチカさん、少しお話があります。」

「はい、なんでしょうか?」


 エリアスは折り畳んだ便箋のようなものを一枚イチカに手渡した。


「これは以前私が会ったことがある聖人の住んでいた場所です。彼が移動したり捕まったりしていなければ、今もこの辺りにいると思うのです。」

「えっと、この方に会えと、そういうことですか?」

「ええ。この男性が例の『岩を砕く』ことができた方なんです。イチカさんが興味をお持ちのようでしたので、場所の特徴を言ってレオンさんに住所を調べてもらいました。もしもっと力をつけたいということであれば、探してみてはどうでしょうか?」


 イチカはその紙を広げ、住所を確認する。聞いたことがない地名だったが、とにかく行ってみようとその場で決意を固めた。


「わかりました。ありがとうございます!早速ここに行ってみます。」

「はい、少しでもお役に立てたならよかった。ミレイナ様とは・・・すぐに和解できました。イチカさんのお陰です。」

「そんな!でも、本当にお二人が再会できてよかったです。」

「ええ。」



 そしてイチカはその紙を手に、シオンの部屋に向かった。



「なるほど。じゃあここが一番最初の目的地だな。王都の近くにある村だな。この辺りは俺もほとんど行ったことはないけど。」

「うん。シオンが行ったことが無い場所なんて珍しいね。ねえ、行ってみてもいいかな?」

「ああ、もちろん。」


 シオンの優しい微笑みがイチカの心を温かくする。


「ありがとう。」


 嬉しくなって、そっと彼の手を握った。


「いいよ。ねえ、その代わりさっきの足りなかった分、今もらってもいい?」

「え?ちょっとちょ」


 イチカは一瞬にして全身がシオンに覆われ、壁際に押しつけられながら唇を奪われていく。深く深くシオンに飲み込まれそうなそのキスに、イチカはただただ身を任せていくことしかできなかった。


「ぷっ、イチカ、顔が真っ赤!さっきのお返し、どう?」

「ど、どうって、変なこと聞かないでよ!もう!本当にイジワルなんだから!」

「あはは!怒った顔も可愛い。じゃあ、とにかく俺らは明後日には出発するか!」

「うん。よろしくね、私の相棒さん!」

「ああ。俺の悪い魔女さん。」



 こうして二人はジャルデン邸での穏やかで安全な生活から離れ、再び外の世界へと飛び出すことを決意した。


 シオンは黙ったままイチカを抱きしめている。


 この先の二人に何が待ち受けているのか、まだ見ぬ未来を何一つ予想できないまま、イチカはシオンの腕の中で、その部屋の窓から見える美しい景色をただぼんやりと眺めていた。


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