114. 十七歳の誕生日
そしてさらにそれから数日が経過し、二人はとうとう誕生日を迎えた。
その日は朝からマシュートがウロウロと玄関ホールを歩き回り、それを何事かと使用人達が眺めていた。
「アースラール、使用人達が心配している。そわそわする気持ちもわかるが、もう少し落ち着いてくれ!」
そんな様子を見かねたジャルデンがマシュートの肩を掴み、静かに説得しながら応接室に連れていく。それを見かけたシオンとイチカは、連れられていく父を目で追いながら話し始めた。
「イチカのお父上、今日はどうしたんだ?」
「どうも、私への今年の誕生日プレゼントが届くのを待っているらしいの。」
「ああ、なるほど!」
シオンが納得したように大きく頷く。イチカは父のそんな姿がなんだか嬉しくて照れ臭い。そして今日は朝からイチカも少し浮かれていた。つい顔がほころんでしまい、それをシオンに笑われていることに気がつく。
「ぷっ、顔がにやけてる。」
「何よ!誕生日を楽しめるのは若いうちの特権なのよ!それにみんながいるんだもの。嬉しくないわけないわ!」
シオンは笑顔のまま少し下を向いてから、イチカの手を取った。
「イチカ。」
「ん?」
「今夜夕食後、庭に出て話さないか?場所は、北側の石のベンチ。ランタンで場所がわかるようにしておく。」
そして小さな声でイチカにそう囁く。
「・・・うん。」
イチカはそれだけ答えると、その場から離れて応接室にいる父の元へ向かった。
応接室に入った途端、廊下の向こうから「アースラール、荷物が届いたぞ!」というジャルデンの声が響いてくる。マシュートは慌てて部屋を飛び出し、イチカは苦笑しながらソファーに座って父を待った。
「イチカ!待たせたね!今年のプレゼントだ!」
マシュートが嬉しそうに箱を二つ抱えて応接室に戻ってくる。イチカは立ち上がって笑顔でそれらを受け取った。
「お父さん、ありがとう!どっちから開けようかなあ?」
「じゃあこの細長い箱から開けてくれ。」
「えーっと、あ!これ、もしかして葡萄ジュース?」
マシュートは首を横に振る。
「いや、これはワインだよ。イチカに今年はぜひプレゼントしたかったんだ。皆で一緒に後で飲もう。」
「うん!楽しみ!それで、もう一つは・・・」
イチカはワクワクしながら包装紙を開いていく。リボンを外し、包装紙を取り除くと、中から箱に入った美しいドレスと靴が現れた。
「お父さん、これ・・・」
「前回のものよりも少し大人っぽいものを、ミレイナさんに選んでもらったんだよ。今の十七歳のイチカには、とても似合うんじゃないかな?」
イチカは明るい笑顔でその素敵なプレゼントを胸に抱きしめ、お礼を言う。
「ありがとう、お父さん!!今日、着てみてもいいかな?」
「もちろん!」
そう言って満面の笑みでイチカを見つめる父から「おめでとう」の言葉をもらって、イチカは早速そのドレスに着替えた。
光沢のあるアイスブルー色のそのドレスは、銀糸を使って凝った刺繍が施された芸術品とも言える代物で、ストンと落ちるシルエットと適度に開いた襟元が、着る人に大人っぽい印象を与える素晴らしいドレスだった。
そのドレスに身を包んで応接室に戻ると、マシュートもジャルデンもほう!と感嘆の声を上げてくれた。ミレイナはただ嬉しそうに頷き、シオンは・・・少し離れた場所に立ってじっとイチカを見つめていた。
(少しは、綺麗に見えているかしら?)
そうしてその日はジャルデンの計らいで、素晴らしい食事と誕生日用のケーキまで用意してもらい、シオンとイチカ二人揃っての誕生日パーティーを、夕方早い時間から開いてもらった。
イチカは父にもらったワインを開けてもらいみんなでそれを味わう。芳醇な香りの赤ワインには、ほんのり樽の香りが移っていてとても美味しかった。イチカはワインと楽しい雰囲気に酔わされて、その日は先のことは何も考えず、全力でそのパーティーを楽しんだ。
追い込まれている状況なのは何も変わっていない。それでもイチカは目の前のこんな楽しいひと時を、まだ起きていない不安に押しつぶされたくはなかった。そしてシオンもまた、今日は心からその時間を楽しんでいるように見えた。
時は流れ、パーティーの余韻を残しつつも、夜は少しずつ更けていく。
そしてイチカはその美しいドレス姿のまま、シオンとの約束通り、ジャルデン家の庭へと足を向けた。
ドレスの裾を少し引き摺るようにしてゆっくりとその広い庭を歩いていく。シオンが言っていた通り、いくつかの木にランタンが掛けてあり、イチカはそれを辿って約束の場所へと一歩一歩進んでいく。
広いその庭の北側に向かって歩いていくと、一本の大きく葉を茂らせている木が植わっているのが見えた。そしてその真下には石でできたベンチが設置されており、その側にも二つのランタンが少し高い位置に置かれていた。
そしてそこが目的地だとわかると、イチカはゆったりと笑みを浮かべる。
なぜならそのベンチにはもう、シオンがゆったりと足を組んで座っていたから。
「シオン、お待たせ。」
彼はスッと立ち上がり、イチカに近寄り手を差し出す。
「イチカ、待ってたよ。」
「うん。」
ベンチの上にハンカチを敷き、シオンがイチカをその上に座らせた。
「今日は女の子扱いしてくれるのね。」
「イチカ、それは違う。君を大人の女性として見てるんだ。」
シオンの瞳の奥に宿る熱が、イチカにも移る。頬も首元までも熱くなり、イチカは少しだけ彼から顔を背けてベンチに腰掛けた。
「イチカ。俺から、秘密を話すよ。」
「え?」
「そうすればイチカも話しやすいだろ?」
「・・・うん。」
シオンは自分もイチカの隣に座り、彼女の両手を握ると、大きく息を吸ってから話し始めた。
「もう知っていることもあると思うけど、順番に話していくよ。俺はグレイ家、ファルシオン・グレイという名前の、守護騎士が生まれる家系の次男だった。実際イチカと出会った頃までは、守護騎士として兄の下で働いていた。でも今は、シオン・グリーズという名前で生活している。グリーズは母方の旧姓なんだ。」
「グリーズ・・・って、え!?」
イチカの顔が早速驚きの表情に変わる。
「あの商会のトップは俺だよ。このことは仕事上伝えなければならない人にしか伝えていないけどね。ああそれと、もちろんメイヤー様が今も後ろ盾についてはくれている。」
「そう、だったんだ・・・」
シオンは片手を離し、その手でイチカの頬に触れる。
「今のが一つ目。この商会についてはイチカと出会う前から構想はあって、メイヤー様の指導を仰ぎながら準備していたものだった。初めは父に反発して、俺自身がせめて経済的にだけでも力をつけようと始めたことだった。だけどイチカと出会ってからは、俺はイチカを探すため、イチカを、聖人達を保護するためにこの商会を発展させてきたんだ。」
「ええっ!?」
イチカは二つ目の秘密の内容に驚愕する。それはシオンが、最初の出会いからずっとイチカのために生きてきたことを意味していたからだ。
「どういうこと?だって、あのたった数十分の出会いで、どうしてそこまで・・・?」
情報のあまりの重さにパニックに陥りながら、イチカはシオンの手をぎゅっと握り返した。シオンは表情を変えることなく、淡々と話し続ける。
「最初にイチカを見た時から、不思議な縁を感じたんだ。あの出会いの後もずっと気になってて・・・あの髪色のことはあの後すぐ意味がわかって、どうしても君を守らなきゃって、見つけなきゃってずっと思ってた。」
「嘘でしょ!?」
シオンはイチカのその言葉に微笑みを返す。
「だから再会できた時、俺は絶対にイチカから離れないようにしないとって、本当に必死だったんだ。なかなか信用してもらえなくて焦ったけど。」
「知らなかった・・・」
呆然としながらもイチカは彼の話の続きを待った。シオンはもう片方の手も離し、両手でイチカの頬を包み込む。
「これが二つ目。・・・三つ目は、イチカ、俺に先に言わせてくれ。」
「シオン?」
シオンの瞳は、言葉よりも先にその強い想いをイチカに訴えかけていた。そしてそれを追うように、彼の想いがイチカに言葉として届いていく。
「イチカ、俺は、君を愛してる。」
イチカはもう、シオンの瞳から目が離せなかった。
あれほど聞きたくないと拒んでいたはずのその言葉は、イチカの耳からスルッと心の奥まで一気に入り込んで、二度とそこから出られないほどに大きく膨らんでいく。そしてイチカの中に限りない喜びが湧き上がってくるのを、一瞬たりとも止めることはできなかった。
「シオン、私の最後の秘密は・・・」
「うん。」
イチカはポロポロと涙をこぼし、とうとうそのずっと言えずに抱えてきた秘密をシオンに告白する。
「シオン、私も、あなたを愛してしまいました。」
「・・・うん。知ってた。」
二人は仄かな光を投げかけているランタンの光しかないその場所で、お互いをじっと見つめ合い、微笑み合い、そして二人同時に抱きしめあった。
何も考えられなくなるほどその瞬間と互いの温もりに酔いしれ、それ以上の言葉は何もいらず、ただ目の前の愛しい人の全てを全力で感じ続けていた。
「ねえイチカ、顔を見せて。」
シオンの優しい声に、イチカはそっとシオンから体を離して彼と向き合う体勢になる。
「本当に、今日の君は綺麗だよ、イチカ。俺は今朝、このドレスを着た君の姿に見惚れてしまって、しばらく動けなかった。」
「もう、シオンのバカ。」
照れたようにそう言うと、シオンがフッと笑う。
「それ、俺のこと愛してる、って意味だったんだな。今まで気づかなくて、ごめんな。」
イチカは少し俯いて微笑み、そしてゆっくりと顔を上げた。その潤んだ瞳は、シオンの心を鷲掴みにしていく。
「ねえ、お願い・・・」
「!!・・・イチカには本当に、敵わないな。」
そうして二人の唇は優しく、静かに、そして何度も重なり合っていく。
次第にそれはお互いをより深く求め合うような口づけに変わり、しばらくの間どちらも離れがたい気持ちを抱えたまま、その特別な誕生日を、一生忘れられない誕生日を、二人だけで分かち合っていった。




