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冷たい視線と、暖かい笑顔

 爽やかな風とどこからか運ばれてくる土の匂いが界斗を迎えてくれた。

 青い空が美しいグラデーションを描き出し、その上で太陽が爛々と輝いている。自然と心持も明るくなるというものだが、反して界斗の足取りは重かった。

 意気揚々と外の世界へと足を踏み入れたのにも関わらず、既に表情は暗く沈み込んでおり、どこか居心地の悪さを感じている。

 それにも理由があった。


 界斗が違和感に気が付いたのは、歩き始めて直ぐの事であった。

 家から離れ、人気の多そうな村の中心へと目指して進むと、籠を抱えた女性の姿を見つけた。籠には大量の衣類が入っており、様子からして洗濯物であることが推測で来た。

 また不審者と騒がれるのも面倒である。

 界斗は先手必勝とばかりに女性に向かって「こんにちは」と声を掛けた。

 何事も挨拶からである。なるべく声色を明るくし、清廉潔白な人間に見えるように努めた。

 

 「……」


 しかし、界斗に返ってきたのは明るい挨拶でも、歓迎する笑顔でもなかった。

 凍りついたかのような静寂と不信感のこもる冷ややかな視線だけである。


 (あれー……?)


 思いがけないことに挨拶をした体勢で動けなくなる。その間に女性は顔を背け、足早にどこかへ去って行ってしまった。界斗はそれを黙って見送ることしかできない。

 ショックであった。

 アオやマリアとの対応の違いに酷く心揺さぶられる。

 早くも心が折れてしまいそうになったが、「あの人は人見知りの人だったんだ」と思うことにして、何とか再び歩き出すことができた。次に会う人は、きっと暖かい歓迎の挨拶を返してくれるであろう、と。

 だが、界斗の思いはまたもや裏切られることになる。

 このような塩っぽい対応をするのは、この女性だけではなかったのだ。

 丸太を運ぶ筋肉隆々の男性。友人たちと話に花を咲かせる奥様方。何かを作っている老人。果てには、そこいらを歩いていた犬までにも無視を決め込まれる始末であった。

 これに界斗の貧弱メンタルが耐えきれるはずもなく、すっかり弱り果ててしまっていたのだ。


 (みんな優しいから、きっと迎い入れてくれるだって? まるで話が違うじゃないか! 歓迎ムードどころか、これは完全に犯罪者を見る目だよ!)


 冷たい視線に晒されながら、一人心の中で叫ぶ。

 村の中を歩く界斗に向かって、容赦なく冷たい視線が棘のように刺さる。

 村人は界斗から一定の距離を保ち、皆一様に言葉を発さずにこちらの様子を窺っている。

 晒される本人は堪ったものではない。

 背中から冷たい汗が吹き出し、重荷を乗せられたかのような重圧を感じる。自然と体勢が俯くむようになってしまう。逃げ出したい衝動に襲われながらも、どうしようもできずにただ歩くことしかできずにいた。

 

 「あれ、カイト?」


 しかし、そんな界斗にも救いが訪れる。

 救いの主は、驚いた表情でこちらを見ていた。

 最早見慣れてしまったその蒼い瞳は、界斗を安心させるに十分であった。

 

 「お、起きたんだね。よく眠れた?」

 

 言葉がどこかぎこちないアオに違和感を覚えながらも、視線で必死に救けを求めた。

 

 「どこか痛いところがあったりなんかは……って、えーっと」


 幸いにもアオは直ぐに察してくれたようだった。

 視線を辺りに巡らせると、渋い顔をして唸った。


 「あー……そゆこと。とりあえず場所変えよ、こっち」


 そう言ってアオは流れるように界斗の腕を掴むと、人気のない方向へと歩き始めた。

 界斗は礼を言うこともできずに、黙って後に続くしかなかった。



 人目を避けるように進み、アオに連れられてやって来たのは、村のはずれにある廃墟であった。

 あちらこちらに隙間が空いており、そこから日差しが差し込んでいる。今では使われることがないのか、中には廃材が散乱しており、天井を見ると蜘蛛の巣が張られている。

 少々薄気味が悪いが、人目を避けるにはもってこいの場所であった。

 アオは一息つくと、苦笑いを浮かべて界斗を見た。


 「いやー、なんかごめんね。この村ってさ、滅多に他所の人が来ないからみんな慣れてないんだよ。本当は優しい人ばかりだからね、そこは安心してよ」


 慣れていないからと言って、あのように冷ややかな表情になるのだろうか。歓迎するというよりも、寧ろ早く出て行ってくれと言いたげな雰囲気を感じた。

 そんな思いが一瞬浮かんだが、今は解放された安心感が勝り、口に出すことはなかった。


 「本当、アオさんが来てくれて助かった。みんな口を聞いてくれなくて、どうしていいのかわからなくなって……」

 「ははは……」


 笑いごとはないのだが、アオにもどうしていいか解らないらしく、二人で溜息をつく他なかった。

  

 「ま、私とか姉さんからちゃんと説明すれば、みんな解ってくれるでしょー」


 そう言ってアオは、散乱する廃材の一つに腰掛けた。

 見るとアオの座った廃材は汚れが少なく、座れるよう綺麗に磨いてあるようだった。

 不意にアオが界斗に手招きし、自分の横のスペースを手で叩いた。

 座れと言う事らしい。

 界斗は少し悩んでから、おずおずと横に腰掛けた。一人分のスペースを開けて。

 その様子にアオは不満げな表情をしたが、「まあいいか」と言う感じで、ゆっくりと話し始めた。

 

 「あのさ、聞いていいかな」

 

 アオに似合わず弱弱しい声であった。

 調子を崩された界斗が「……何を?」と聞き返すと、アオは少しの間逡巡のちに言った。


 「マリア姉さんと話してた時さ、カイトったら急に何も言わなくなっちゃたじゃん?」

 「ああ……うん」


 今から数時間前。界斗はこの場所の名前を知り、ショックで何も考えられなくなってしまった。

 あの時、急に黙った界斗をアオとマリアは酷く心配してくれたのだ。

 今になり、もっと上手く対応すべきだったと後悔するが、様々な思いで頭を支配されていた界斗にそれができたかと言われれば難しいところである。

 

 「その……勘違いだったらいいんだけど、もしかして私また変な事言っちゃった?」

 「え、変な事……?」


 思いがけない質問にオウム返しに聞いてしまう。

 アオを見ると、その表情は苦しげであった。


 「言ったかもしれないけど、私っていつも失敗ばかりなんだ。誰かと話すときだってそう。知らず知らずに相手を悲しませたり、怒らせたりすること言っちゃってて……。今回も私の言ったことでカイトを傷つけちゃったのかなって。だから急に黙っちゃったのかなーって……。」


 あの時事を気にしていたのは界斗だけじゃなく、アオも気にしていたらしい。

 全ては界斗の問題であり、アオが気にする要素などは一切存在しないのだが、意外にも弱気な彼女はそんな勘違いをしているらしかった。

 

 「だとしたら、ホントごめん! 私にできることがあるなら何でもする! ごめんなさい!」


 アオは立ち上がり深々と頭を下げる。

 向けられた本人も襲い掛かる罪悪感に耐えきれず立ち上がった。


 「ちょ、ちょっとやめてよ! 違うんだって! アオさんは何も悪くないんだって! 全部勝手に俺が落ち込んだだけだよ!」


 アオの純粋さと優しさが罪悪感となって界斗を押しつぶそうとしていた。

 このままでは耐えられない。正直に言って、ここに来た事実を知ってしまったことよりも辛い。早急にやめていただけなければ。


 「何も悪くない! 何も!」

 「……ホントに?」


 必死の説得の末、顔だけは上げてくれた。

 その瞳は不安に揺れ、罪悪感に染まっている。その視線はナイフとなって界斗を苦しめた。


 「うんうん! ホントホント!」


 ぶんぶんと首が痛くなるくらいに首を振って肯定の意を全力で示す。

 

 「だからさ、ほら、そんな体勢やめなよ」


 そう言うと理解してくれたのか、してくれていないのか、アオは渋々と言った感じで体を起こしてくれた。

 とりあえず安心し、ホッと息をついた。


 「嘘はなしだからね。私を気づかってとかやめてよ」

 「嘘じゃないから。大丈夫だから」


 まだ納得していないのか、そんな事をいうアオに思わず界斗は苦笑する。

 思い返すと、このようなことが何回かあった気がする。本当に彼女は人が良いのだと界斗は感じた。

 それを素直に口にすると、アオも照れくさそうに笑った。


 「確かに、なんか私たちって謝ってばっかりだね」

 「うん、俺も何回『すいません』って言ったかわからないや」

 「なんか可笑しいかも」


 二人はそう言うと、どちらからともなく笑いあった。

 魔物に助けられたとき、あの山の上で。

 様々な場面で、様々な言葉を交わした。

 短い時間なのにも関わらず、彼女とは長い時間を過ごした旧友、幼馴染のようなそんな雰囲気を感じられた。

 それがどこかの誰かと被り、界斗は少しだけ寂しい気持ちになった。


 「じゃあ、結論から言うと私は界斗に何か言っちゃったわけじゃないんだね」

 「はい、その通りであります」


 確認の意味が籠った質問に、界斗は自信満々に答える。

 それにアオは安心できたようで、先ほどまでの表情が嘘のように晴れやかな笑顔を浮かばせた。

 それを見て確信する。やはり彼女には笑顔が一番似合うと。


 「よかっっったー! じゃあさ、じゃあさ! 私たちはまだ友達のままってことだね! 出会っていきなり喧嘩とか最悪だもんねー!」

 「うぇっ? 友達?」


 不意にアオの口から飛び出た『友達』という単語に怯み、思わず聞き返してしまう。

 『友達』。界斗には何だかむず痒くなる言葉であった。

 界斗の様子にアオは気になったのか、笑顔が固まってしまう。


 「え……もしかして友達……じゃない? 私が思ってただけ?」


 『友達』の基準。

 それは界斗には解らなかったが、アオとは『友達』であるような、そんな気がした。

 確信も自信もないが、それでも、界斗自身が『友達』でいたかったのかもしれない。彼女に笑っていてほしかったからかもしれない。

 どちらにせよ、その真っ直ぐな目をこちらに向けるのをやめてほしかった。消えたはずの罪悪感が再び顔を出そうとしている。これ以上は耐えられそうにない。


 「いや、……『友達』だよ、うん」


 言葉にしてみると凄く恥ずかしい。今すぐに走り出したかった。

 対するアオは純粋に嬉しそうに笑っていて、自然と周りも笑顔にする、そんな笑顔だった。


 「だよねー! いや、さー! 実は同年代の友達って初めてなんだよねー。村に住んでいるのってみんな大人か、それかちっちゃい子かって感じで、同じくらいの人っていなかったんだー」


 嬉しそうに界斗の手を取ってピョンピョンと跳ねるアオ。

 その様子を界斗は苦笑いで見つめていた。

 動作が一々大きい奴である。見ていて飽きないとはこういう事を言うのだろうか。


 「へーい、マイフレンド。これからも仲良くしようじゃねえか」

 「はいはい、よろしくね」


 アオは界斗の肩に手をまわし、廃材のベンチに座らせ、密着した状態で嬉しそうに笑った。

 新しくできた(正確には既にそうだったらしいが)友人に少々呆れながら、この調子で村の人に理解してもらおうと心を活気づけた。横に彼女がいるおかげで、それも容易であった。

 助けて助けられて、感謝して感謝されて、そして謝って謝られて。

 やっとのことで『友達』なった二人。

 様々な問題はあるが、その事実は揺るぎなく、ここに存在していたのであった。

 

 「村の人にはなんて説明するの?」

 「私の友達って言えば一発だよ。間違いない」

 「本当かよ……」


 不安である。



 「あー!! アオちゃんが知らん男といるーっ!」

 「しかも肩に手を回して……誰!? 誰なの!?」


 その時、何度目か解らない言葉が耳に飛び込んでくる。

 いい加減にこの流れにもウンザリしてくるが、 現状見知らぬ男なのは間違いないので致し方なしである。

 その声は、今までとは違い甲高い子供の様だった。

 二人は振り向き、入口の方を見ると、そこには案の定丸く赤い頬が特徴的な可愛らしい子供が二人、こちらに指を向けて立っていた。

 

 「彼氏!? 彼氏かー!?」

 「ホントー!?」

 「ええっ!?」


 子供というのはいつも無遠慮に言葉を投げかけるものであるが、隣には子供と同じくらいにに純真な友人もいる。

 また色々と面倒な事態になりそうだが、不思議と界斗は嫌ではなかった。

 寧ろワクワクとした感情が湧きだしている。

 これはアオのおかげなのかそれとも。

 ともかく、今は彼女に習い、真っ直ぐ、楽しくいこう。

 そう思えた。

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