あくまで、加害者はあたし
着いたら、もう真樹ちゃんはピアノ教室から出てくるところだった。
あたしは自転車を投げ捨てて、真樹ちゃんの前に走った。帰宅途中のおじさんが何人か振り返った。
ピアノ教室は、学習塾とか税理士のオフィスとかと一緒に、ビルディングの中にある。黒とグレイに塗装された味気ないビルディングだ。
あまり人通りは多くない。周囲はオフィス街で、日が暮れると急に寂しくなる通りだ。男達は、たぶん、それも計算に入れている。目撃者は少ない方がいいと誰だって考える。
「千夏ちゃん、メールしたのに。見なかったの?」
「真樹ちゃん、中に戻ろう。ここは危ないよ」
ぜぇぜぇと肩で息をしながら、あたしは言った。汗びっしょりだ。自分でも酸っぱい匂いがわかる。くそ、この発酵臭じゃ、真樹ちゃんに嫌われちゃう。
あたしは真樹ちゃんをエントランスの方に引っ張り込んだ。ここならまだ、人がいる。
「いたいよ、そんなに引っ張ったら。どうしたのよ千夏ちゃん」
「今日は、裏口から帰ろう。あたし、一緒に帰るよ」
真樹ちゃんは、髪をかき上げてあたしを見つめた。子供っぽいと思っていたけれど、そうやって柔らかい髪をかき上げて、あたしを見上げる真樹ちゃんは、びっくりするくらいなまめかしかった。
きょうは、膝まであるクリーム色のセーター姿だ。薄手なので、体のラインが出ている。こんな格好をしているから、男に目をつけられるのだ。
「どうして? 裏口なんかイヤだよ」
「理由は言えないけど――」
「理由は、わたしが言ってあげようか千夏ちゃん」
真樹ちゃんは笑っていなかった。見たことがない冷たい表情であたしを睨んでいて、それなのに、ぴったりと体を寄せて、くすくすと声だけで笑った。まるで、男にこびる女みたいだった。
なんだ、これは。真樹ちゃんが、真樹ちゃんじゃない。
「わたしが乱暴されちゃうから、助けに来てくれたんでしょ?」
頭が、真っ白になった。
真樹ちゃんは、ひとまわり背が高いあたしの胸に、ぽふ、という感じで顔を埋めた。
「動画も見てくれたのよね。あたしが何人にされたか、数えてくれた?」
真樹ちゃんは、あたしが動画を見ていることを知っていた。
「真樹ちゃん、どういうこと?」
「まだ、わからないの? 犯罪者を狩るのが趣味なんでしょ? がっかりさせないでよ。わたしの名前よ」
俵藤真樹、これが真樹ちゃんの名前だ。それでわかった。あたしのお姉ちゃんを自殺に追い込んだ男、あのメールをよこした男の名前は、俵藤浩二といった。仲間に刺されて、ぶざまに死んだ男の名前だ。
でも、真樹ちゃん。あの男はケダモノだった。
真樹ちゃんの家族なわけがない。あたしは偶然だと思っていた。
「あなたには、そうではなかったかもしれないけど、わたしには優しい兄だったの」
まだ、つじつまが合わない。あたしが真樹ちゃんと知り合ったのは偶然だ。そんなに都合よく偶然が起こる訳がない。
「でも、あたし真樹ちゃんを助けたよね」
「あの男は、知りあうきっかけを作るために、わたしが利用したの。手をとって触らせてやったら、舞い上がってすぐにつきまとうようになったわ。痴漢の常習犯だったんだから、いいクスリよ」
じゃあ、その時にはもう、真樹ちゃんはあたしが【犯人探し】をしていることを知っていたんだ。
「どうして、わかったの?」
「パソコンおたくに教えてあげるけど、知りたいことを知るのには、目と耳があれば十分なのよ。千夏ちゃん。兄の葬式でお焼香に来てくれたの、おぼえてる?」
そう言えば、そんなことがあった。参列者の少ないお葬式だった。
泣いている家族の中に、女の子もいたような気がする。あたしは勝利に酔っていたので、あまり覚えていない。
「千夏ちゃん、下をむいて笑ってたのよ。馬鹿でもなにがあったのかわかるわ。あとは友達だもの。携帯や、行動を見てれば、ちゃんとわかるよ」
ちがう、これはあたしが知っている真樹ちゃんじゃない。なにか、べつの生き物だ。
「真樹ちゃん……どうして?」
あたしは、真樹ちゃんが傷つかないように頑張った。
真樹ちゃんを守らないといけないと思っていた。真樹ちゃんが友達だからだ。
あたしは、友達だと思っていた。
「わたしは、今から、もっとひどい目にあわされるの。たくさん客の相手をさせられて、ぼろぼろになって、もう、誰も相手してくれなくなったら捨てられるね、きっと」
たぶん、真樹ちゃんは、あたしを男達に売ることが出来たはずだ。あたしだって目を背けるような容姿という訳じゃない。自分ではそれなりに整った顔だと思っている。
でも、きっとそれは出来なかったのだ。
なんとなく、気持ちは分かる。
それだと、自分まで汚れてしまうような感じになる。
あくまで、加害者はあたしなんだ。




