ほんの、ごくたまにの出来事
あたしは自宅から下りて、マンションの自転車置き場に向かった。歩いたんじゃ間に合わない。自転車置き場は、ゴミ捨てスペースの横にある横長の屋根だった。
くそ、鍵を忘れた。わたしは近くに落ちてたゴミ掃除用の鉄筋の切れ端を使って、鍵をねじ切った。
ポケットの中で、ケットシーの声がした。
『なにかあったの、千夏』
「真樹ちゃんが、襲われちゃう。助けないと」
『やれやれ、とうとうこんなことになってしまった。ぼくは言ったよね、きみは危ないことをしているって』
「あたしは関係ないだろ!」
お母さんのママチャリなので勝手がわからない。漕ぎ出しても少しふらふらした。場所は、自転車で二十分くらいの場所だ。なんとか間に合う。間に合うはずだ。
日が暮れているので、空気はやや冷たい。
コンビニや書店の灯りが、残像を引いて後ろに流れて行った。
歩道を猛スピードで走るあたしを、通行人は迷惑そうに見ていた。
『ねぇ、千夏』
「なによ、うるさいわね!」
『たぶん、力になれると思う。携帯の電源を切っちゃ駄目だよ』
「意味わからない。だまってて!」
ケットシーはただのおしゃべりソフトだ。こんな時に力になんかなれるはずがない。
でも、あたしはある都市伝説を思い出していた。
ほんの、ごくたまにの出来事ではあるけれど、ケットシーは、願いごとをかなえてくれる事があるらしい。
夢のある話でいいと思う。
じゃあ、真樹ちゃんを助けてよ。
あたしは、腰が抜けているおばあさんを、なんとか避けた。この状況で人身事故はまずい。
助けてくれたら、あいつらを見逃してやってもいい。




