強敵
その日の夜、美香は無数の怪人に取り囲まれていた。彼女は数多のワイヤーを遠隔操作し、怪人たちを一網打尽にしていく。しかし多勢に無勢だ。彼女がいくら眼前の標的を仕留めても、直ぐに新しい敵対者が姿を現す。
「クソッ……これじゃキリがねぇな」
一先ず、彼女はワイヤーを編み込み、防壁を作った。その表面からは何本ものワイヤーが飛び出し、怪人たちの腹部を貫いていく。一発、二発、そして三発――何発もの爆発が路上を包み込む。繭の中では美香が疲弊し、肩で息をしている有様だ。
「ゼェ……ゼェ……ララバイキメて……ネンネしな!」
直後、ワイヤーは辺り一帯に広がり、その内の一本が電線に巻き付いた。ワイヤーの網には高圧電流が走り、怪人の群れは一瞬にして全滅した。
爆炎と強風に巻き込まれた路上で、美香は繭を解く。
「命がけの戦いだったな……だが、これでスポンサー共も大喜びか?」
彼女は数多のスポンサーを背負ったヒーローだ。その死闘の一つ一つが、ヒーロー興行に大きく携わっている。
そんな彼女のもとに、一体の怪人が現れる。
「ついにこの時が来た……」
シュヴァルツの登場だ。数本の大剣を束ね、それを圧縮する。それから彼は、すぐさま攻撃に移った。
「……!」
咄嗟の判断により、美香は途轍もなく太いワイヤーで刃を受け止める。ワイヤーは火花を散らしつつ、徐々に切断されている。
「ララバイキメてネンネしな」
そう呟いた美香は、何本ものワイヤーで敵対者の腹部を貫こうと試みた。しかしシュヴァルツは、自らの腹筋を圧縮している。せいぜい、浅い傷を一つ負わせることだけが精一杯だった。
「眠るのはお前だ、御子柴美香」
そう呟いたシュヴァルツは、大剣の峰を相手の腹に叩きつけた。
「ガハァッ……!」
後方へと飛ばされた美香は、そのまま最寄りのショーウィンドウに叩きつけられた。ガラスの破片が飛び散り、そのうちのいくつかは彼女の身に容赦なく突き刺さる。彼女はすぐにワイヤーを飛ばし、その先端をビルの屋上にあるフェンスに括り付けた。それから彼女はターザンのように宙を舞い、シュヴァルツのこめかみに飛び蹴りをお見舞いする。されど、シュヴァルツは動じない。彼女の渾身の一撃を、彼はまるで意に介していない。
「どうした、その程度か?」
そう言い放った彼は、即座に美香の脚を掴む。直後、彼女の身はアスファルトに勢いよく叩きつけられた。
「っ……!」
鮮血が飛散し、路上を彩る。揺れる視界。遠ざかる意識。そして、失われる平衡感覚。底意地だけで意識を保っている美香は、今まさに絶体絶命だ。それでも彼女は諦めない。彼女とて、ヒーローだ。
「アタシは諦めねぇ! シュヴァルツ!」
それが虚勢なのか、はたまた純然たる闘志なのか――それは神のみぞ知ることである。ただ一つ言えることは、彼女に勝機などないということだ。
「その満身創痍の体で何が出来る?」
シュヴァルツは訊ねた。その眼差しは、まるで氷のように冷たかった。震える両腕で上体を起こし、美香は必死に立ち上がる。そのおぼつかない足取りは、彼女自身が酷く消耗していることを物語っていた。
「満身創痍になったら、ヒーローは逃げるのか?」
言うならば、これは無謀だ。この期に及んでもなお、彼女は勝つことを諦めてはいない。その瞳には底知れぬ希望が満ち溢れていた。
さりとて、シュヴァルツは理解している。今目の前にいる少女は、決して戦える状態ではないと。
「……今回は俺の勝ちだな。また会おう、美香……」
そう言い残した彼は、足元の地面を一度圧縮した。続いて、彼はその圧縮を解き、ばねのように反発するアスファルトの力を利用して跳躍する。そうして彼は、入り組んだ迷宮のようなビル群の中へと消えていった。




