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ゼロサム・ヒロイズム  作者: やばくない奴
ワイヤーマスター美香
5/7

地下放水路

 ある日の地下放水路にて、徹流(とおる)はシュヴァルツと邂逅した。両者共に構えを取っており、臨戦態勢だ。

「君はあの女とは違う。実にLITだ」

「それで、お前の慈悲の残機は?」

「後三機ってところかな」

 そんな会話を交わした直後、徹流はいつものように波動を解き放った。しかし波動は標的の身に触れるや否や、容赦なく砂利のようなものに変容する。呆気にとられる徹流の前で、シュヴァルツは大剣を圧縮する。

「俺の異能は圧縮だ。お前の波動も対象内……さぁ、どうする?」

 そう豪語した彼は、勢いよく大剣を振り下ろす。しかし刀身は波動によって破壊され、塵芥と化してその場に落ちる。

「……だったら、お前自身の身に触れない限りはLITだ」

 それが徹流の答えだった。シュヴァルツは熱を圧縮し、周囲を爆炎で包み込んだ。当然、地下放水路の酸素濃度は低下していく。この時、シュヴァルツには、自らの顔面の周囲にある酸素を圧縮することもできた。それでも彼には、それを実行できない理由がある。

「ククク……君の考えはわかっている。酸素は支燃性だ。それを圧縮してしまえば、自らの顔面を焼くことになる」

――そう、順当に化学反応を分析するのであれば、今この場で酸素を圧縮することは得策ではないのだ。無論、そこで引き下がるシュヴァルツではない。

「ならば……!」

 彼は折れた大剣の刀身を圧縮し、再び繋ぎ合わせる。その刀身は赤く光っており、高熱を帯びている。それから一気に間合いを詰め、彼は大剣を振るった。同時に、徹流も波動を解き放つ。両者の間に、眩い爆炎が広がった。


 やがて砂煙が晴れた時、そこには二つの人影があった。徹流は腹部から激しく出血しており、シュヴァルツは全身を焼かれている。両者ともに、死と隣り合わせの有様だ。肩で呼吸しつつ、両者はよろめき始める。

「実にLITだ。僕はそろそろ、撤退するとしよう」

「奇遇だな。俺もまだ死ぬ気にはならない」

「LITな判断だね。また会おう、シュヴァルツ」

 こうして両者は、その場を後にしたのだった。


 この死闘を柱の陰から見守っていた者が二人いる。一人は美香(みか)、もう一人は社長である。

「まるで異次元の戦いだ……」

 そう零した彼女は、それ以上の言葉を紡げなかった。彼女の語彙では、あの死闘を形容することは決して容易くない。その横で、社長は語る。

「いずれはお前にも、あの戦いに介入できる強さにまで育ってもらうつもりだ。無論、強く在ることは正しさから遠いことだが……世の中に必要なことでもある」

 その言い分には、どこか引っかかるところがある。怪訝な顔をした美香は、彼の真意を問いただそうとする。

「強く在ることが、正しさから遠い? それ、どういう意味なのです?」

「私は弱さを美徳とする。考えてもみろ。この世界はゼロサムゲーム――強者が暴利をむさぼる仕組みが確立されている。数多の礎を前提とした強者と、何も持たざる者――私達が貴ぶべきは紛れもなく後者だ」

「……いやいや、勘弁してくださいよ。この業界には、思想の強い奴しかいないんですか?」

 思想、思想、そしてまたしても思想。この業界を生きる限り、美香は数多の主義思想と向き合わなければならない。徹流の競争、シュヴァルツのニヒリズム、そして社長の奴隷道徳。これらの思想が拮抗する中で、独自の思想体系を持たない彼女は、どこか取り残されたような気持ちさえ覚えた。されど彼女の考えは変わらない。

「社長。アタシ、強くなりたいです。徹流にも、シュヴァルツにも、必ず勝てるようになります」

「私個人としては、お前が強くなった方が好都合ではある。しかし、お前は強さの果てに何を望む? 力を持て余す者には、いつだって人を傷つける覚悟が伴う」

「だとしても! アタシは戦い続ける!」

 そう語った美香は、一切の迷いのない眼差しをしていた。

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