不健康な消費
翌日、美香はいつものように怪人と死闘を繰り広げていた。
「ララバイキメてネンネしな!」
一発、二発、そして三発。糸鋸のようなワイヤーによる、容赦ない猛攻が繰り出される。して、怪人は弱っている。今が絶好の機会だ。
「カタをつけるぞ!」
彼女は叫んだ。しかし、ここでとどめを刺すのは彼女ではない。
「君の成果は、僕のものだ」
その一言と共に、徹流が乱入した。彼の放つ波動により、怪人たちは塵芥と化していく。そしてその場は爆炎に包まれ、砂煙が舞い上がった。美香は歯を食いしばり、徹流に殴りかかろうとする。
「無駄だよ」
徹流が笑い、波動が放たれる。後方へと飛ばされた美香は、アスファルトに叩きつけられる。その路上には血痕が染みついた。
「あの野郎……!」
すぐさま立ち上がる美香。されど、すでに眼前から姿を消している徹流。砂煙に目を痛めた彼女は目元を拭い、それから地面を勢いよく殴った。
そんな美香の背後から、一体の怪人が現れる。
「勝利という物語に陶酔しているアイツは醜いな。意味を求めるからヒトは苦しむのに」
――シュヴァルツだ。彼の登場により、美香は不穏な空気を噛みしめる。
「……今度こそ戦闘か?」
「いや、今はまだその時じゃない。それより、何か言いたげな目だな」
「……アンタの美徳についてだ。確かに物事は無意味で、悲劇をエンタメとして消費するのは不健康かも知れねぇ。だが、その美徳そのものが価値基準を前提にしてるんじゃねぇのか?」
そう訊ねた彼女は、いつになく真剣な顔つきをしていた。少なからず、彼女にシュヴァルツの気を損ねようという気持ちは伴っていないようだ。これに対し、シュヴァルツはこう切り返す。
「その通りだ。物事に絶対はないと言えばその命題の絶対性を疑われるように、万物は矛盾とともにある。当然、お前も例外ではない」
それが彼の考えだった。美香は肩をすくめ、深いため息をつく。
「はぁ……徹底してんな。アンタ、やっぱドキュメンタリー番組とか嫌いだろ?」
「当然だ。人の死を一方的に美談に落とし込み、あまつさえそれをエンタメとして消費する。それを健康だと言えば大嘘だろう」
「そんなの、本人が生前になんて言ったか次第だろ」
両者共に、一歩も譲らぬ舌戦だ。して、今は美香の言い分に軍配が上がるようにも見えるだろう。さりとてシュヴァルツは揺るがない。
「そいつが死してなおドラマであることを望むのなら、それは浅ましさだ。無意味に、無価値に、無為に死ぬからこそ生命は儚く美しい。ある意味ではそれもエンタメを消費しているのかも知れないし、俺はそれを取り繕わない」
自己矛盾――それを堂々と背負う彼の出で立ちは、もはや清々しい――美香はそう感じた。
「……アンタ、何者だ?」
「お見知りおきはしなくて良い。俺は記憶に値する存在では在りたくないからな」
「そうかよ」
どこまでいっても、眼前の男は筋金入りのニヒリストだった。そんな彼が、彼女に忠告する。
「……いずれお前は、俺と戦うことになる」
「そいつは物騒だね。アンタにもララバイをキメてもらうことにするよ」
「それは光栄なことだ。ほら、餞別だ」
そう告げたシュヴァルツが差し出したものは、シャープペンシルの芯を圧縮したダイヤモンドだった。しかし、美香の反応は彼の予想を裏切るものである。
「要らねぇよ、そんなモン」
彼女とてヒーローの端くれだ。金目の物にそう簡単に目を眩ませる彼女ではない。
「そうか、残念だ。じゃあ、俺はこれで……」
結局、シュヴァルツはダイヤモンドを渡せないままその場を後にしたのだった。
ビルの隙間から差し込む西日に目を伏せつつ、美香は呟く。
「……存外、怪人も悪い奴ばかりじゃねぇのかも知れねぇな」




