ダイヤモンド
力尽きた美香は、その場に崩れ落ちた。
「負けたのか……アタシが……」
「そうだ、君の負けだ」
「こんな……こんな屈辱は初めてだ……」
ヒーローとて、万能ではない。時に勝つこともあれば、負けることだってある。理性でそれを理解している彼女でさえ、いざ実際に負ければ実感は湧かないものだ。悔し紛れにアスファルトを殴り、彼女は唇を噛みしめる。
「次は……負けない……」
「フッ……実にLITだ」
「……黙れよ」
眼前の少年の見せる余裕を前に、美香は苛立ちを隠せない。しかしその瞳に宿っているものは憎しみではない。純然たる闘志であった。
「この業界がヒーロー同士のゼロサムゲームであることはよくわかった。だからアタシはアンタを潰すし、容赦しない。次会ったときはアンタが無様を晒すことになる」
「良い覚悟だ。その覚悟に免じて、君を生かしておいてやろう。その方がLITだからね」
「LIT、LITってうるせぇよ。botかアンタは」
「そのbotに負けたNPCに何を言われても響かないけどね」
「……アンタ、本当にウゼェな」
美香はダーツバーの屋上にある有刺鉄線にワイヤーを結び付け、己の身を起こした。そんな彼女を一笑し、徹流は背を向ける。
「また会おう、御子柴美香」
そう言い残した彼は、静かにその場を立ち去った。
翌日、美香のもとに一人の怪人が姿を現した。彼女は臨戦態勢に移ったが、相手に戦意はない。
「まぁ、落ち着け。俺は今日、戦いに来たわけじゃない」
それが彼の第一声だった。
「あぁ? ヒーローと怪人は戦うモンだろ? アタシは日本経済を一身で支えているんだ」
彼女はそう言ったが、相手はまるで聞き耳を持たない。
「……俺はシュヴァルツ。見ての通り怪人だ。とりあえず、そうだな……アンタにプレゼントをやろう」
唐突なことを口走ったシュヴァルツが取り出したのは、何本ものシャープペンシルの芯だった。直後、芯は一つに束ねられ、ダイヤモンドへと変貌した。
「これは……?」
「俺は触れたものを圧縮する力を持つ。さて、これは俺にとっては無価値な石ころだが、これをヒーロー活動に足しにでもするんだな」
「あ、あぁ……ありがとう」
まさか怪人に善意を向けられるとは――美香はそう思った。無論、それで眼前の怪人を善人と断定できるわけではない。
「なぁ、単刀直入に訊くぞ」
「あぁ」
「アンタ、敵なのか?」
そう訊ねた彼女は、敵意に満ちた眼をしていた。シュヴァルツは苦笑いを浮かべ、即答する。
「当然だ。俺は怪人だからな。もっとも、そこに意味を見出すつもりはない」
「意味を見出すつもりがない……というと?」
「俺は『意味』が嫌いだ。様々な悲劇や事件に意味を見出し、それをエンタメとして消費する病的な一般市民――俺はそれを誰よりも憎んでいる」
先程の少年だけでなく、この怪人にもまた一難があった。当然ながら、美香はそれに反発せざるを得ない。
「なんでだよ。人が感動できるのは良いことだろ? アタシはアタシの正義で人を元気づけたいと思ってるよ」
「森羅万象は物語ではない。そこに事象がある、ただそれだけのことだ。それに意味を求めることがどれほど愚かなことか、その粗末な頭でよく考えてみるんだな」
「安直なニヒリズムだな。思春期か? しかし人のことをWACKだの愚かだの、この業界の連中は揃いも揃って口が悪いんだな」
「お前がそれを言うのか? お前の性病煽りでSNSが炎上していたぞ?」
「おっと……それもそうだな。ま、お互い口の利き方には気を付けるこった」
互いに言葉遣いに気を付ける――そんな無難な結論に至った彼女は、恐る恐るダイヤモンドを受け取った。
「また会おう。次は、敵としてな……」
「あぁ、上等だ」
両者共に背を向け、各々の帰路を辿っていった。




