第9話 権力者
―翌日
いつもの職場のはずなのに、今日にでも世界が滅ぶかのような空気感が漂っていた。
どうやら男女問わず、職場の華が失われたことによる失望感に苛まれているようだ。
(なんで既婚者のジジババまで塞ぎ込んでんだ、気持ち悪ぃ。少なくとも俺はこんな惨めな中年にはならねぇぞ。)
「おはようございます久澄さん、なんかみんな元気ないですね。風邪でも流行ってるんですか?」
ああ、お前がクラスターを起こしてる元凶だからな。周りをもっとよく見てみろ。
お前が議員の息子じゃなかったら、すぐに首を取りに行ってるようなひもじい奴らでひしめいてるだろ。
「はぁ・・・。あっ、おはようございます主任。・・と、吉永君。」
どうやら清宮さんも元気が無いようだが、まぁ無理もない。虎の威を借る馬鹿息子に貞操を狙われているとなれば、身の毛がよだつなんてものではないだろう。
(待っていてくれ。すぐに魔力を集める方法を見つけて、君をこの地獄から救ってみせる。)
「おはよう聖華さん。なんかあったの?」
「吉永君、前も言ったけど職場での名前呼びはやめてよ。ただでさえ今はお父さんたちのせいで面倒なことになってるのに・・・。」
「ああ、ごめんごめんいつものクセで。まぁでも父さんたちのことなんて気にしなくていいよ。その場のノリで言ってるだけのことだろうし。」
俺のいるところで、2人にしか通じない会話をするんじゃねぇ!!!
・・・まぁでも、反応を見る限りやはり婚約の話は間違いなさそうだ。それに、2人とも婚約自体には乗り気ではなさそうなのは不幸中の幸いだな。
(しかし、魔導書の魔力はどう集めたもんか。吉永への怒りでも、婚約のショックでも本が反応しないとなるとそれ以上の何かが必用ってことになるが。)
「・・・失礼する。」
ふと入り口の方から声がしたとたん、課長が椅子から飛び上がりすぐに出迎えに行く。
見るとそこには、時代錯誤な高そうな着物によく整えられた白髪の厳格そうな初老の男が佇んでいた。
「これはこれは、吉永議員。本日はどういったご用件で。」
「ああ、いやなに息子がちゃんと勤めを果たしているか少し見に来ただけです。課長さんも息子に何かあれば、どんどん指導していただきたい。」
課長は作り笑いを浮かべて、彼はとやかく言わずともよくやっているとかなんとか世辞を言ってその場を繕っていた。
まぁ年功序列で出世しただけの人間に言えるわけないよな。世代が違いすぎる新卒が今はどういう仕事してて、どんな苦労してるかなんて。
今の一場面だけを見れば吉永も哀れなもんだなと思ったが、清宮さんのことを思えば情けは無用だ。
「父さんっ。職場まで何しに来てるんだよ。流石に立場があるのにこんなところに来たら、みんな萎縮してかえって仕事しづらいだろ。」
「立場があるからこそ、身内というだけでなく知った顔が真っ当に責任を果たしているのか見定める義務がある。」
まぁこの親父殿の言い分自体は理解できる。というよりこのクソ親父は議員連中の中でも脳みそが堅物な方で、常に正論しか言わないしそれに見合った行動しかしない。
おかげ様で地元住民からの信望がとても厚く、逆に俺や課長のような事なかれ主義の職員にとっては最大の敵である。
「少し別室でお話でもよろしいですかな?できれば息子と一緒によく仕事している職員も一緒だと有難い。」
「ええ是非とも。おい久澄君、少し話があるから来なさい。」
なんで俺なんだよ。仕事押し付けてるだけで、一緒に仕事なんてそこまでしてねぇよ。
―3人で一緒に応接室に入る。
「改めてですが、息子の―来人の職員としての評価はいかがですかな?
ここにはこの3人しかおりませんので、忖度無しでお願いしたい。」
「私の方からは先ほども申した通り、よく出来た人材だと思っております。久澄君からはどうだ?」
「ええ。私の目から見ても彼はよくやってくれていて、仕事が行き詰った時や忙しいときはよく頼りにさせてもらっています。」
(あいつのことなんざどうでもいいが、とりあえず嘘は言ってないからな。)
すると吉永パパは安心したようにホッと一息つき、お茶を飲んでから言葉を発する。
「いやぁ親バカと思うかもしれませんが、アイツにはゆくゆくしっかりとこの地域を先導できる存在になってもらわないといけないと考えておりましてな。」
よくある話だな。所詮時代がどう変わろうと、世の中を回す仕事なんざほとんど世襲だ。
ましてや世間が狭い地方なんて猶更だろうし、今のジジイ議員だってほとんどはこの地で名を馳せた一族の名残ばっかりなのだから驚きはしない。
「そこでここだけの話ですが、清宮社長のところの娘さんとの縁談も進めておりましてな。これで官民連携も円滑に進んで、あとは若い者に未来を託せるというところにこぎつけようと考えております。」
・・・やはり正論振りかざしててもこういうところは政治家だな。最後に行きつくのは結局「利益」と「名声」とは、俺には無縁過ぎて理解できん。
「こういう話を職場の方に話すのは下世話と思うが、うちの息子は清宮さんのご令嬢とはうまくやっているように見えるかね?」
課長がこちらをチラチラと見ているが、俺に聞かれてもしょうがないし出来ることなら発狂したフリをしてこのバカ親をぶん殴りたい。
「・・えぇまぁ、年も近いのでそれなりに節度を持って接しているとは思いますが。特に社会人としてのコミュニケーションを超えたような感じは無いですね。」
(あってたまるか、そんなもん。)
「ふぅむ、息子の奥手ぶりにも困ったものだ。課長さん、こういう便宜を図るようなことは避けるべきなんだが2人がよりコミュニケーションを取りやすいように業務配分などしてもらえますかな?」
はい、アウトォ!!!公務員にそういう要請は不当要求だバアァァカ!!!!
「そのぐらいは問題ありません。もちろん未来ある2人の為に配慮させていただきます。」
クソ上司が!!未来を語る資格のねぇゴミがふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!!!
「久澄さんと言ったかな。業務中だろうに、手土産も用意せずにこんな話につき合わせてすまなかったな。息子が世話になっているようだから今度食事でも馳走させてもらおう。」
「ありがとうございます。機会があれば是非。」
(付き合ってられるかそんなもん。)
―だが、今の一連の話でどうにかすべきはこのバカ親父の方だということがよくわかった。
拝読いただき厚く御礼申し上げます。
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