第6話 退けられし魔女
「え、えぇっと、これは何かのドッキリか何かかな?」
しかしそんな俺の苦し紛れの言葉も意に介さず、豊島はおもむろに本を取り出した。
装飾こそは俺の持っている本と違えども、雰囲気から間違いなく魔導書であることが分かる。
「今更すっとぼけたってムダよ。今この状況がアンタも本の持ち主だってことを証明してる。」
ちぃっ。どういう理屈か知らないが豊島は確信をもって俺に仕掛けてきている。
「・・・なら何だってんだ。その本で俺のこともどうにかする気か?」
すると豊島は呆れたような反応を示しながら、見下してきた。
「はぁ・・、アンタなんにも知らないのね。こんなことなら警戒して1週間も魔力集めに費やすんじゃなかったわ。」
魔力集め?するとやはりあの本を任意で扱う方法があるということか。
「まぁいいわ。もうアンタみたいなクズに時間使うのもバカバカしいからさっさとその本貰うわね。」
『愚者たちに一筋の光明を――』
豊島が呪文を唱えると、先ほどまで俺のことを認識していなかった職員全員が虚ろな目をしながら俺の方を向き襲い掛かってきた。
「うがっ!!クソっ。この本は渡すかっ!!これで俺は人生を変えるんだぁ!!」
「アっハハハハ!!醜いわね。アンタみたいなクズが世に憚るなんて無理に決まってるでしょ!!現実を見なさいよ!!そうやって地を這ってる方がお似合いなのよ!!!」
多勢に無勢で大人数にのしかかられ、もみくちゃにされながら俺は地面に抑え込まれる。
だが急に顔面に今まで味わったことのない柔らかい感触と、いつも近くで嗅いでいる女性らしくもあどけない良い香りに包まれた。
薄れゆく意識で目を細めて見てみると、清宮さんが俺の真上にのしかかっている。
(ああ・・清宮さん。清宮さんの胸の中で死ねるのなら本望だ・・・。)
いや・・・それでいいのか?俺はこんなもので満足していていい男か?
自分は負け組でこんな田舎に落ち延びてもう人生なんて変えられない、変えるのも面倒だと思っていたところにようやく舞い込んできた奇跡だぞ?
もっと望めば、もっとあの本さえ使えれば目の前にいる女にもバカな連中にも欲望の限りを尽くせるんだぞ?
『・・・・契約を望むか?・・・・選べ、ここで終わるか更なる欲望の道を往くか。』
頭に謎の声が響く、ふと本に目を向けると本が今までに見たことが無いドロドロとした黒い煙のようなものを放っている。
もう今の俺には迷いなんてなかった。どうせ今のままなら何も変わり映えの無い人生、なら悪魔でもなんでも契約して欲望のままに生きる!!
「契約する!!だから俺に清宮さんを、あの女を好き勝手出来る力をよこせぇっ!!」
まるで契約成立と言わんばかりに、本からあふれ出ていたドロドロとした黒い煙が俺の身体を包み込み、周囲に群がっていた職員全員を吹き飛ばす。
「っ!?噓でしょ!?なんでこの状況で急に本が使えるようになるの!?ていうか、何その状態!?そんなの・・今まで見た奴には・・。」
豊島は心底驚いたような反応を見せつつ、少し恐怖で強張っているようだった。
俺はというと黒い煙を全身に纏ったままで、魔導書が光を放ちながら隣に浮いていた。
「まずは跪いてごめんなさいだ。」
豊島は抵抗の表情を見せながらも言葉を身体に反芻させるように見事な土下座のポーズを取り、謝罪と懇願を始める。
「申し訳ございませんでした。この不束者の身体で誠心誠意尽くさせていただきますので、何卒ご慈悲をくださいませ。」
(ウソウソっ!?なんでっ!?あいつ呪文使ってないでしょ!?そもそもなんで本の所有者に力が直接効いてるの!?)
「ひ、ひゃっはぁぁぁぁぁ!!、待ってたぜぇ!!この時をよぉ!!よぉし!!者どもぉ!!まずはその本を奪い取れぇ!!」
豊島の周囲にいた職員が豊島が落とした本を奪い取り、俺に差し出した。
「俺をコケにした罰だ。まずは徹底的に反抗出来ないようにしてやる!!おいっ!!」
すると職員の中から脂ぎった加齢臭のキツい中年職員が、腰のベルトを外しながら豊島に向かっていく。
豊島は本の力によってか反抗できず、そのままシャツのボタンを外し開脚のポーズを取る。
(嫌っ!!やっと、やっと魔導書で人生変えられたのに、こんな終わりはイヤァっ!!)
豊島の目に涙が浮かんだ瞬間、豊島から奪った本が白い光を放つ。その光は俺を纏っていた黒い煙を吹き飛ばし、豊島の本を燃やし尽くした。
しばらくして周囲一帯の光が収まった頃にはいつもの日常といった風景が戻ってきた。
「あ、おはようございます久澄主任。いつの間に来てたんですか?というか、豊島さん!?どうしたんですか?」
いつも通りの清宮さんがそこに居た。他の職員に関しても、やはり今の一連の出来事はまるでなかったかのようにいつも通り仕事をしている。
豊島だけは本の影響もあってか虚ろな表情で地面にへたり込んでいた。
「あ、ああ豊島さん急に体調悪くなったみたいなんだ。一旦宿直室まで運んでくるよ。」
「それなら私が行った方が・・・」
「ああいや自力で立てないみたいだから男手で運んだ方が良いよ。それに清宮さんは今日窓口で対応しなきゃいけない案件あるだろ?」
無理な理由を付けてどうにか豊島と話が出来る場所に移動する。
本がいつもの何も変哲もない状態に戻っている以上、これ以上どうしようもないので豊島から聞き出せることは聞き出しておく方が良いだろう。
「・・・・・ん、ここは。」
豊島は意識がはっきりしてきたのか言葉を発する。
「ああ、あのときお前の本から変な光が出てそのまま気を失ったんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「言っておくけど、お前の身体は最後まで無事だからな?俺もあんときは調子乗りすぎてて悪かったとは思ってるよ。」
(・・・あの光さえなければな。)
すると豊島は無言のままで自身のスマホの画面を見せてきた。その画面には、見るも無残な顔面の醜い女がピースサインをして映っている。
「・・・なんだこれ。」
「・・・昔のアタシよ。小中ってずっとイジメられてた。顔がキモいってだけで。
信じられる?たったそれだけで人間扱いされないんだよ?」
意外だった。今の豊島の見た目からしてそんなことは想像できないし、まずあり得ない。そもそも画像の女とはどうやっても似ても似つかない。
「今ので感づいたと思うけど、そんなときに道端で魔導書を手に入れたの。
どこにも居場所が無いアタシは強く願った。誰にもバカにされない、むしろ誰もがひれ伏すような見た目が欲しいって。そしたら変な文字が浮かび上がってこの見た目になってたってワケ。」
なるほど、どうりで整形だとかメイクとかそんなレベルではどうにもならない常人離れした容姿をしているわけだ。
「次の日からアタシをイジメてた奴らは、今までのことを全て忘れててアタシに媚びへつらうようになった。
・・・でも一番ムカついたのは、人でなしのクズどもの顔色ばかり気にしてた奴ら。あいつらだけは最初から最後まで自分が悪い目にあわないことだけしか考えてない顔してた。」
・・・だから俺みたいな風見鶏が気に食わなくて嚙みついてきたのか。
「お前が本を手に入れた事情は分かったが、それでなんで俺にピンポイントに狙いを定めて襲ってくる理由になるんだ?そもそもあの本はどういうものなんだ?」
「ごめん、それはまた今度話す。今日は早退させてもらっていい?
・・・大丈夫、逃げないしアンタのことも話さないから。まぁ、今じゃもう本は無いしこんな話誰も信じないしね。」
豊島はどうやら話せる状態でもなさそうだし、今日は帰らせるか。言ってる通りもう呪文は使えないし、他の人間では魔法が存在するなんて信じやしないだろう。
―しかし、さっきの騒ぎの時に聞こえたあの声は何だったんだ。
とりあえず今は豊島が話せるようになるまで回復を待つしかない。
拝読いただき厚く御礼申し上げます。
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