第5話 褐色の魔女②
―とにかく今は打つ手がない以上、しらばっくれるしかないだろう。
「ち、ちょっと何言ってるか分からないけど、いきなりよく分かんないおっさんにこんなところに連れてこられたら誤解するよな。ゴメンゴメン。」
「・・・・・・・・・・・・。」
豊島は何か言いたげだったが、これ以上の詮索は余計に警戒されると思ったのか静かになった。
とりあえず2人で職場に戻り豊島の面倒は清宮さんに任せ、俺はやりたくもない窓口業務を今日1日やることにした。
住民の相手をし続けている限りは、不用意に話しかけてくることもないだろうという苦肉の策だ。
だが厄介なのは恐らくあの本、魔導書なるものを知っているという点だ。
このことから導き出される推測は1つ、豊島自身があの本の効果を目の当たりにしたことがあるってことだ。
―それも本を使った側として。
ただこれはあの本の効果を受けた人間は、本のこと自体を認識すらできていないということからくる仮説にすぎない。
(インターンは2週間って言ってたな。その間は職場内にあの本を持ち込むのは止めておくか。)
――終業のチャイムが鳴る。
「お疲れ様です久澄主任、今日はもうお帰りですか?」
「ん?あぁこの後ちょっと予定があってね。」
いつもだったら清宮さんに労いのコーヒーでも貰って、公務員恒例行事のサービス残業に乗り出すのだが、人気が無くなっていく庁舎で豊島に絡まれても面倒だ。
なので残った仕事は帰り支度をしている吉永に押し付け、さっさと帰ることにした。
後ろで何か叫んでいたようだが、ナメクジには帰る場所なんてないし必要ない。この庁舎で飼ってやっているんだからしっかり役に立て。
――自宅の玄関を開ける。
帰路につく道中も警戒しながら帰ったが特に何も起こらなかった。
もっとも本の力を扱えるならあの屋上での出来事の後でどうとでも出来たはずだが、それをしてこなかったということは俺と同じように呪文を好きに使える状態では無いということだろう。
ならば警戒すべきことは2つだ。
(あの本のそもそもの持ち主が豊島なのか、それとも別の本が存在しそれを持っているかだ。
・・・本を迂闊に持って歩くのは避けるつもりだったが、後者の場合対抗手段として持ち合わせていないと危険だな。)
今のところ使える呪文が無い以上は対抗しようがないんだが、何かあれば本を使うという素振りを見せておくのはあの本の強力さを知っていれば十分なブラフとして機能するだろう。
「・・・今日はやりたくもない仕事して疲れたし、もう寝るか。しかしアイツ、とんでもねぇ体してやがったな。」
俺には清宮さんという心に決めた人がいる。だが、豊島を相手にする上ではイメージトレーニングを欠かすことはできない。
とりあえず俺の脳内で、豊島がヒョウ柄の紐ビキニ姿で襲い掛かってきた場合の対策を練って今日1日を終えることにした。
――翌朝。
清宮さんの妄想と違って、豊島の妄想では吉永がチラつくこともないから思いのほか捗ってしまった。
(清宮さん、決して君が悪いわけでは無いんだ。許してくれ。)
だが、イメージトレーニングのおかげで今の俺はいつになく新鮮な気持ちだ。最近何かと目にする異世界転生モノっぽく言うと、最強賢者にでもなった気分だ。
(大丈夫。もう・・何も怖くない。)
◇◇◇
職場に出勤すると豊島は既に出勤しており、清宮さんと雑談していた。
対象的な美人2人の絵というのは様になるもので男衆は鼻の下を伸ばし、メスどもはただでさえ不細工な顔面に皺を寄せていた。
「あっ。おはようございます久澄主任。今日は住民の方への聞き取り調査があるので、豊島さんと一緒に外回りしてきますね。」
ナイスだ。職場で鉢合わせてる状況が少ないほど今は助かる。あとはその間にどうにか呪文が使えるようにできればよりベストだが。
「あっ、久住さんおはようございます。今日は僕たち2人で業務回さないとですね。いつもみたいにサボんないでくださいよ?」
「おいおい~、人聞き悪いこと言わないでくれよ。」
(クソがぁ!!ナメクジは乾燥に弱いんだから、汗水流して1人でも働けボケぇ!!!)
そして清宮さんと豊島は外回りの為、庁舎を出ていった。心なしか出ていくとき、豊島は俺を哀れなものを見るような目で見ていた気がする。
ふん、今に見ていろ。
呪文が使えるようになったあかつきにはお前にサキュバスの格好をさせて、最強賢者たる俺の渾身の白魔法をお前の体中に浴びせてやる。
「いかんいかん、ちょっと熱くなりすぎたか。トイレで頭を冷やすか。」
「ちょっ!?いきなりどこ行こうとしてるんですか久澄さん!!」
黙れナメクジ。いかに最強の賢者といえど瞑想と精神統一は必要なんだよ。
・・・結局その日は、吉永と2人で業務を回し続けなければなくなり、本のことなど調べている余裕などは無かった。
それから1週間が経過するものの、これといった収穫もなければ豊島も目立った動きをしなかった。
気になる点と言えば、清宮さんと豊島はこの1週間ほとんど外回りに出ており直行直帰していることぐらいだ。
おかげさまでナメクジの世話をしなければならず、清宮さんを目にする時間が減り体に毒だ。
同じことを考えている男どもが多いのか、どこか庁舎内もどんよりしている。
逆にメスどもはライバルが居なくなったとでも思っているのか、心なしか香水がキツくなったりメイクが濃くなった輩が増えた。
(なんてあさましい生き物たちだ。清宮さんの爪の垢を眼球に擦りこんで、本当に現実を見えなくしてやりたい。)
――翌日。
職場に行くと久しぶりの清宮さんがいた。
いつも居るはずの人間が当たり前のようにそこにいる。
それだけのことなのにこんなにも景色が華やぐなんて。やはり清宮さんは天に遣わされた存在か何かだろう。
「おはよう、清宮さん。1週間も外回り大変だったな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
・・・?俺の声が小さかったのだろうか?清宮さんは反応しない。
「あっ。おはよう吉永君。今日も《《私たち2人だけ》》で豊島さんの面倒見ながら仕事しないといけないけど、頑張ろう。」
「おはようございます。やっぱそうですよねぇ。まぁでも彼女覚えるの早いし、このままいてくれると助かるんですけどねぇ。」
・・・何か会話の内容がおかしい。
俺を無視しているというより、俺の存在が認識に無いような・・・。他の職員に声をかけても同様で、職員の肩を叩こうと思ってもなぜか叩けない。
「まるで現実じゃないような・・。ん?現実じゃない?っ!!まさかっ!?」
ふと背後に気配を感じ振り向くと、豊島が確実にこちらの存在を視認している状態で笑みを浮かべていた。
「先に本の力を使えるようになったのはアタシ。もうアンタの負けよ。」
急いで鞄の中の本を見る。しかし、以前呪文を発動した時から何も変化はない。
――つまりアイツは別の本を持っていて、更にまだ呪文を使える状態にあるということだ。
拝読いただき厚く御礼申し上げます。
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