第4話 褐色の魔女①
―アイロンがけをしていないシャツに袖を通し、タックが無くよれたスラックスをはいて身支度を整える。
いつもと変わらない、何の意味もないルーティーン。唯一変わったことがあるとすれば、道端で拾った不思議な本を持ち歩くようになったことだけか。
―この本の力は紛れもなく絶大だ。
呪文みたいなものを読むことさえできれば、都合のいい現実を作り出すことが出来る。
問題があるとすれば一つの呪文は一つしか使えず、効果が何かは唱えるまで分からないという点だ。
「どうにかして意のままに使える方法は無いもんか。それさえできれば・・・。」
それさえできれば清宮さんを意のままにするのも夢ではない。そうなれば、ミニスカポリスどころか逆バニーであんなことやこんなことまで現実でさせられる。
(・・・さっき爽やかな朝を迎えたばかりだったんだが、もう少しゆっくりしてから行くか。)
◇◇◇
「・・はぁっ、はぁっ、ふぅっ。お。おはようございます。」
ゆっくりしすぎた。完全に遅刻する一歩手前である。
「何だね久澄君。始業ギリギリじゃないか。
公務員たるもの、開庁時刻には住民の方をしっかり迎え入れらえる様にもっと早くには来ないと。」
住民対応なんざ全部部下に投げてるだけのクズがうるせぇよ。
「久澄主任、大丈夫ですか?これお茶です。」
「はぁっ、はあっ、あぁ、ありがとう。」
・・・清宮さん。ある意味君のせいでもあるんだから、あの本が使いこなせるようになったら覚悟してもらうぞ。
「久澄さんっ。昨日僕の机に資料置きっぱにして帰ったでしょ。あれ何なんですか?」
今日も元気なナメクジだな。そんな日の当たるところに居ていいのか。溶けるぞ。
「それよりみんな聞いてくれ。今日から都心の大学のインターンということで大学生1名を2週間ほどうちの部署で預かることになった。
丁度いい、そこの3人で面倒見てくれ。特に久澄君、君が一番年長者なんだからしっかり頼むぞ。」
「えっ?今日からですか?急すぎないですか?」
「いやいや久澄さん、こないだ回覧文書で回ってきてたでしょ。久澄さんはいっつも中身見ないでハンコだけ押して回覧するから・・・。」
・・・このナメクジには後で塩でも撒いておくとして、他人の面倒なんざ冗談じゃないぞ。こちとらあの魔法の本について調べないといけないことが山積みだ。
「もうすでに来てもらっているから、すまないが自己紹介をしてくれ。」
すると奥の方から、金髪で今どきのギャルって感じの女が現れた。かといってそこまで下品な感じでもなく肌はバッチリ日サロで整えたかのような褐色である。
更に顔立ちは元のパーツが相当良いのか、チークもアイシャドウもそこまで濃くないのにくっきりとした目鼻立ちで煌びやかな印象だ。
何よりも注目すべきはそのスタイルの良さだろう。すらりと伸びた足に、どうやってバランスを取っているんだろうかと思うほどの胸元にある二つの膨らみ。
清宮さんを除いては、河童の干物みたいな女しか見たことがない田舎者にとって刺激が強すぎる存在が目の前に降臨した。
「えーと、ご紹介賜りました豊島 姫麗と申します。若輩者ですが何卒よろしくお願いいたします。」
見た目に反して意外としっかりしてるな。いや公務員志望なんだし、初日でやらかすわけにもいかないからこんなもんか。すると周りで見ていたジジイ連中がまくし立ててきた。
「おい、久澄。代わりに仕事やっといてやるから、彼女の面倒が大変なら俺が見ようか?」
「久澄君、外回りの仕事行きたがってたろ?今日私は外回りなんだが、ただの名刺配りみたいなもんだから代わりに行ってみるか?彼女のことなら俺に任せてくれればいい。」
どいつもこいつも、加齢臭プンプンさせながら20歳そこそこの女に色気づきやがって。
「駄目ですよ。これは課長が私に直々に命令を下した内容ですから。皆さんはきちんと自分に割り振られた業務を果たしてください。」
「なら久澄さんも僕の机に置いてった資料どうにかしてくださいよ。」
ナメクジは人間の言葉など話さない。だから俺には何も聞こえなかった。まぁ何にせよ俺にとっては新たな楽しみができたわけだ。
「えーと、それじゃあ豊島さん、改めて俺は久澄。これから2週間よろしくね。」
「・・・あぁ、はい。」
あれ?さっきより態度が悪いな。まぁ初対面の異性にはこんなもんか?
「私は清宮って言います。同じ女性同士、短い間でも生活面とか困ったことがあったら言ってね。」
「ハイっ!お気遣いいただきありがとうございます!!ご迷惑にならないよう頑張ります。」
んん?明らかに態度が違うな。まぁ同じ女同士だからだろうが。
「僕は吉永。まぁ正直ちょっと先輩程度で、豊島さんとあんま変わんないからよろしくね。」
いや変わるだろ。お前はナメクジだが、豊島さんは人間だぞ。
「あっ、はい。仕事のことは吉永さんに聞いた方が良いって課長から聞いてましたので、慣れないうちはご面倒かけるかと思いますが・・・。」
おいおいおい。明らかに反応違いすぎだろ。
そのド派手な見た目で清楚な受け答えってなんだよ興奮するだろ。
「じゃあ庁舎内を案内するから、俺に付いてきて。」
「・・・・はい。」
やはり俺には反応が悪い。まぁあのキラキラしてる二人に比べりゃ俺はビジュアル的にも冴えないし、彼女から見れば立派におっさんだろう。
その辺は客観視が出来ない童貞と違って、わきまえているつもりだ。
ひとしきり案内し最後に案内する必要があるのか分からなかったが、なんとなく立ち寄りたくなったので屋上に連れて行った。
「・・・とまぁ、こんな感じなんだけど。」
すると豊島さんは思いがけないことを言い出した。
「ホンッとキモいわねアンタ。」
「・・・・え?」
急に人相から何から雰囲気が変わり豊島さんが俺を非難してくる。
「こんな見た目だからさ、言い寄られることも多くて男は見る目あんの。
さっきのキッショいジジイども以上にアンタは男として以前に人として終わってるわ。」
「いやいや急にそんなこと言われても、俺が君になんかしたかな?」
すると彼女は鋭い眼光で俺を睨む。
「その感情のない顔。今日一日だってそう、いろんな人間に会うたびにその人間に合わせた顔を作って接してる。そういう自分を持ってない人間はクズだと思ってるから。」
・・・こいつ。ロクに社会に出たこともねぇガキが何調子こいてんだ。それに自分を持つだぁ?そんなもんで人生渡れるなら組織で下働きする必要なんかねぇんだよ馬鹿が。
「ああ、ここでの出来事を周りにチクっても無駄だから。課長さんから聞いたけどあんた周りの信用無いんでしょ?こっちは人気のない場所に無理矢理連れてこられたって言えばいいし。」
・・・いや、ダメだ。ここで逆上したら相手の思うつぼだ。それこそ本当に俺の人生が終わりかねない。
やるんならあの本が使えるようになってからだ。
しかし、彼女は予想にもしなかったことをつぶやいた。
「ふぅん。ここまで煽れば魔導書を使ってくるものだと思ってたんだけど、簡単に手の内は明かさないって訳?トロそうな割に、意外とその辺は計算できんのね。」
なんだと?グリモワール?
いや、ネット検索しているときに見かけた言葉だ。
・・・確か意味は「魔導書」。
―まさかこいつ、あの本のことを知っているのか?
拝読いただき厚く御礼申し上げます。
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