第3話 渇望の道②
―俺は自分の席に戻り、しばらく様子を見ていると課長と清宮さんが戻ってきた。
「ところで課長、ご用件って結局何だったんですか?」
「いや、それがだね。私もなぜ君を呼び出したのか思い出せんのだよ。いやはや年を取ったとはいえ、もうボケが来たのか?」
どうやら二人とも先ほどの資料室での出来事は一切覚えていないようだ。
(これもあの本の力か?―もしそうならあのババアみたいなことを清宮さんにやったら、やりたい放題じゃねぇか。)
その場面を想像すると、今まで経験したことのないほどにやる気に満ち溢れている自分が居た。
「昂る気持ちを抑えるためにも、一旦トイレにでも行くか。」
「久澄主任、どこか具合でも悪いんですか?」
どぅあっ!?清宮さんっ!?妄想に耽って近くまで来ていることに気付かなかった。
(言えねぇ。俺の脳内で君がミニのメイド服で、すんごいご奉仕しているところを想像してたとか絶対言えねぇ。)
すると呼んでもないのに、吉永まで割って入ってくる。
「まーた久澄さん、人に仕事押し付ける算段でもしてたんじゃないですか?」
黙れクソ雑魚新卒ナメクジ。今は俺と清宮さんの二人だけの時間だろ。
議員の息子なら、窓口で能無しどもの相手でもしてちゃんと社会勉強してこいクズが!!
「いやぁ、さっきは悪かったって。昼メシ奢るからさ、清宮さんもどう?」
「え?そんな・・・なんか気を遣わせて申し訳ないですし。」
すると吉永がすまし顔で平然と答える。
「いいじゃん。折角の機会なんだから甘えとけば。」
(金出すのはてめぇじゃねえだろ!!ナメクジ野郎!!!)
・・・だが、清宮さんを引き込んだのは良くやった。
今からお前はクソ雑魚新卒ナメクジからクソ雑魚新卒だ。やっと人間になれたことを祝ってやるよ、吉永。
◇◇◇
それから、俺は近くの個人経営でやっているこじんまりとした定食屋に二人を案内した。
出来れば洋食屋にでも連れていきたかったが、車で30分以上の場所にしかなく昼休みだけでは帰ってこれない。こういう時に田舎の不便さを思い知る。
「久澄さん。こういう時って、一番高いの頼むのが定石ってことで良いんですよね?」
この野郎、少し人間扱いすればこれだ。吉永、やっぱりお前はクソ雑魚新卒ナメクジとして人間社会をもう少し学べ。
「ちょっと吉永君、そういうのはダメだよ。すいません主任。」
「あぁいいよ気にしないで。新人歓迎会とかは出席できなくてちゃんとお祝いできてなかったし。」
職場の飲み会なんざ、内容が何であれ死んでも行かないんだけどな。
上司が金出して部下が上司の機嫌を取るなんざ、形を変えた水商売みたいなもんだろ。
「すいませーん。刺身定食の特上を3人前で。」
聞こえたんだか聞こえてないんだか分からないが、もう80は超えているだろうジジイ店主は返事もせず厨房の方に引っ込んでいった。
すると間もなくガラッと勢いよく店の戸が開く音がしたかと思えば、不快な声が店中に響く。
「おいクソジジイ!!いい加減にしろや!!いつまでこんなしょぼくれた店やってんだよ!!商業計画の邪魔だから早く立ち退けって言ってんだろ!!!」
見るからに一般人には見えないガラの悪そうな男が店に乗り込んできた。俺たちはその男を思わず見ていると、男もこちらに気付いた。
「あ?こんなとこでメシとかどんだけバカ舌なんだよ。
つか何見てんだ?おめぇらも一緒に畳まれてぇのか?あぁ?」
勘弁しろよ。清宮さんと一緒の時になんでこういうのに出くわすんだよ。俺一人だけだったら金だけおいてさっさと帰るのに。
そんなことを考えながらどうやって逃げるか練っていると、吉永が颯爽とその男の前に立ちふさがる。
「あなたこそ何なんですか?お昼時に急に現れて、迷惑ですし今の言葉使いは脅迫にあたりますよ。」
やめとけナメクジ!!俺は波風立てずに昼休みを終えたいんだよ!!!
しかし二人は一触即発という雰囲気で、今にも乱闘が始まりそうだ。
「久澄主任!!私、警察に電話してきます!!!」
「てめっ、このアマ!!何しようとしてんだ!!」
男が清宮さんに手を振り上げようとしたところを、ナメクジならぬ吉永がすんでのところで抑え込み地面に組み伏せた。
「聖華さん!!今のうちに電話を!!!」
おい、こいつ今さらっと清宮さんを名前呼びしたな。
―結局そのあと警察沙汰となり、昼食もろくに取れないまま俺たちは事情聴取を受けてから職場に戻ることになった。
まぁ今回は店主が助けてもらったことを証言してくれたこともあって、お咎めもなかったが案の定というか吉永は戻ってから相当チヤホヤされていた。
「吉永君は流石よね。やっぱり生まれも育ちもいいと主人公みたいな感じっていうか。」
「清宮さんがうらやましいー。私も吉永君に守ってほしいー。」
あちこちで性別がメスというだけの、ウマヅラハギみたいな顔面の猿たちが囀っている。
「いやぁ、そんな褒められることじゃないですよ。公務員としては喧嘩を買うなんて軽率だったなって思うし、総務課長にもそのこと怒られましたしね。」
調子乗んなよナメクジ。俺があの店連れて行かなければ今のお前は無かったんだからな。
(クソっ。なんだって俺の人生なのに、俺はいつだってこう日陰者なんだ。たまには光を――。いや、今なら光はあるじゃねえか。)
俺はおもむろに鞄の中に入っていた本を取り出した。そして新たに綴られていた文字を読みこむ。
『無知なるものに悔恨を、求めし者に栄光を――』
唱え終わるやいなや本から発せられた強烈な光が辺り一帯を包み込む。
しばらくの発光を経て手元にあった本にはやはり、唱えた呪文の部分が赤いインクで塗りつぶされていた。
(これで、何かは起こったはずなんだよな?)
「あの、久澄主任っ。」
ふと振り返ると清宮さんがいた。
「今日は助けてくれてありがとうございました。・・でも意外でした。主任があんなに体を張って助けてくれるなんて。ドラマみたいでカッコよかったです。」
清宮さんを助けた?俺が?―――いや、もしかして。
そう思い吉永にも確認してみる。
「いやあさっきはビックリしましたよ。久澄さん、あんなガラの悪そうな男に容赦なく向かっていくんですもん。普段の仕事もそのくらいやってくださいよ。」
・・・どうやら記憶が改竄されているらしい。
試しに吉永を2,3発殴ってみたが、何するんですかと言うだけで他の言動が変わることは無かった。
周囲の人間の反応を見ても「俺が清宮さんを暴漢から守った」ということになっている。
(何にせよチャンスだ。今ならあの提案が出来る!!)
俺はナメクジ野郎を視界の外に追いやり、清宮さんの方へ向きなおす。
「清宮さん、さっきは怖い思いをしただろう。またああいうのが出たら大変だから今日は送っていこうか?」
決まった。あの本の力で完全に追い風が吹いている今、これは我ながら完璧な流れだ。
「あ、いえ。私帰りの方向は吉永君と一緒なんで、いつも一緒に帰ってるんで大丈夫です。」
ふぁああああああぁぁぁぁっっく!!!!
「ああ、そうなんだ。それじゃあ安心だね。」
・・・よし、期限が明日までの省庁からの調査報告どうしようかと思ってたが、吉永にやらせよう。
アイツほど優秀ならきっとクリアできるし、公文書作成のいい経験にもなるだろう。
俺はそっと吉永の机に分厚い調査資料を置いて、その日はさっさと帰ることにした。
この度は拝読いただき厚く御礼申し上げます。
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