第2話 渇望の道①
――家に帰り、さっそく本をもう一度開く。
本はやはりほとんどが黒く塗りつぶされており、先ほど読めるようになった文字の記載部分は血のような赤いインクで塗り潰され読めなくなっている。
「ますます何なんだこれは?仮にこの本になんかの力があったとしてだ。使い方が分からんことにはどうしようもないな。」
いつだってさっきみたいに都合よく使えるんなら、職場でも堂々と使えるんだがな。
とりあえずいつ使えるようになるか分からん以上は持ち歩いてみることにしよう。
――翌朝。
職場に出勤してみるとやけに好奇の目に晒されているような気がする。昨日窓口で騒ぎを起こして早退したことが噂にでもなっているのか?
「久澄君、ちょっといいかね。」
急に課長に呼び出されてしまった。
打ち合わせ用の小スペースに呼び出されると、課長は重々しく口を開いた。
「実は昨日のご婦人から、朝一でお電話を頂いてな。」
あぁ、そういえば役場に言ってやるとかなんとか叫んでたなあのババア。
最後の方はよく分からんことになってたが結局どうしたんだろうか。
「なんでも君のことをすごいご立派な人物だとしきりにおっしゃっていてな・・・。窓口でのこともあったもんだから、なぜ急にと思ってな・・・。
久澄君・・まさかとは思うが何かやましいことでもしたのかね?急に早退までしたようだが。」
いきなり呼び出して何かと思えば、頭湧いてんのかコイツは。やましいってなんだよ、あのババアとそういう関係になったとでも言いたいのか。
「別に何もないですけど。というかそれ職場で言いふらしたんですか?だとしたら問題ですよ。」
「いやそんなことするわけないだろう。ただ結構な大声を出していたとかでご近所でも目撃談が話題になっていたみたいでな。」
チクショウが。田舎のこういう他人事に目ざといところが嫌いなんだ。
大した趣味も持たないで、地方なんぞに好き好んで住んでる奴にはロクな奴がいないな。
「ちゃんと謝罪に行って、書類の件を許してもらって帰っただけですよ。もうデスクに戻ってもいいですか?」
課長は納得のいかないような反応だったが、まさか道端で拾った変な本の文字を読んだらババアが色気づいてきたなんて言ったら然るべきところに行って病休を取れと言われるだけだ。
「おはようございます久澄主任。朝から災難でしたね。」
「ああ。おはよう清宮さん。」
この娘は、清宮 聖華。
短大を出てすぐ新卒でこの役場に入っての2年目職員で、俺の後輩職員になる。
都会の女のようにケバケバしくない純朴な美人で、学生時代運動部だったからか健康的な体つきをしており庁内の渇ききった男たちの憧れの的だ。
かくいう俺も、彼女にチアリーダーや競泳水着のコスプレをさせた妄想で何度もお世話になっている。
「まぁ大したことじゃないよ。悪名は無名に勝るともいうし、住民に頼りにされる分には職員として悪い気はしないからね。」
当然嘘だ。仕事なんて自分の生活のためにやるもんであって、他人事なんてどうでもいい。
なんなら人が好きだからという理由で接客業務なんぞに就く奴は本物のバカか、逆に人と大した関わり方してこなかった哀れなやつしかいないと思っている。
「おはようございます。まぁでも久澄さんは何かとトラブル多いし気を付けた方が良いんじゃないですか?」
・・・今挨拶してきたこいつは吉永 来人。
新卒1年目、有名大卒、成績優秀、有力議員の息子、イケメン・・・以上。
「吉永君、先輩に向かってそれは・・・。」
「いやぁ、だって僕は久澄さんが処理し忘れた伝票とか代わりに決済取りに行ったりとか何回かさせられてるし。室長とかにもちゃんと注意しとけって言われてるんだよね。」
クソが。百歩譲ってもわざわざ清宮さんのいるところで言う必要はねえだろうが。
こいつは清宮さんとは別配属だったが、急な配置転換により清宮さんと同じ業務担当になったことで最近一緒にいることが多い。
清宮さんにとっても後輩になるが、年齢は清宮さんとほぼ同じということで馴れ馴れしくしている。
おかげさまで清宮さんがコスプレをして俺の妄想に出てくる際には、顔がチラついて仕方がないので俺はコイツを人間扱いすることを内心でやめている。
(クソっ、こんな状況でこそあの本の力が本物か試したいのに何にも起こらねえのかよ・・・。)
鞄の中をチラッと見てみるが、何の変化も起こっていない。
「あっ、あぁ悪い悪い。じゃあついでで申し訳ないんだけど、システムベンダーからの委託料の請求もやっといてもらえる?」
「ええ!?何でですか?自分のところに来たやつでしょ!?」
うるせぇな。仕事自慢させるチャンスくれてやってんだから、公務員として上の人間の頼みは黙って聞いとけカスが。
まぁなんかそのあとも色々文句を言われた気もするが、名前を語るに及ばないクソ雑魚新卒ナメクジを追いやっておれは窓際でネットサーフィンに興じる。
もちろんただのサボりではなく、あの本について調べるためだ。
「ええっと、魔法、魔法の本、魔導書っと。
・・・クソっ。ダメだ!どれだけ探しても魔法少女の格好したコスプレイヤーの自撮り画像しか出てこねぇ!」
思わず清宮さんが着ているところを想像してしまい、トイレに行きたくなった。
「はいっ。今行きます。」
おわっ!清宮さんっ!?・・と思ったら課長に呼ばれただけか。
俺も自分のデスクに戻ったのだが、違和感に気づく。
―あの本がない。
(嘘だろ?この職場内で?あんなもの誰かが欲しがって持っていくなんて考えにくいしどうなってるんだ?)
あの本自体のことはまだわからないが、よくよく考えればあのババアの時だって勝手に鞄に入っていたんだ。
もしかしたらまた勝手に移動したのかもしれないと考え、俺はおもむろに仕事をするふりをして本を探すことにした。
すると人気のない資料室から物音がしており、扉が半開きになっていたのでこそっと中の様子を見てみると課長と清宮さんが何やら揉めている。
「課長っ!!落ち着いてください!!急にどうしたんですか!?」
「うるさいっ!!いつもいつも愛想ふりまきやがって!!男が欲しかったんだろ!?ならお望み通りたっぷり可愛がって私の味をしっかり覚えさせてやる!!」
おいおいどういう状況だ。NTRは汚いおっさんが竿役に限ると考える俺でも理解が追いつかない。
しかし課長は時折バレバレな動きで清宮さんのケツを凝視するようなスケベ親父ではあるが、ここまで露骨に本気で後戻りが出来ないような真似するほどアホではない。
そう思いよく見てみると、課長の後方で妖しく光る物体が浮いている。
―それは間違いなくあの本だった。
「いやあぁぁぁっ!!」
「ふはははっ、そんな声を出しても本心は望んでいるんだろう!?」
課長が無理に押し倒そうとして、清宮さんは下着が見える状態で転んでしまった。
(ナイスゥ!清宮さんの下着はピンクのレース!!)
・・・じゃない、このままでは清宮さんの貞操が危ない。
あんなビール腹のどうしょうもないクソ親父に奪われるくらいならいっそ俺が――。
そう思った瞬間、本がこちらを向いたような気がした。
その瞬間本が強烈な光を放ち、黒いインクが剥がされ新たな文字が綴られていくのが見える。
発光がひとしきり終わると本は地面に落ち、部屋の中に居た2人は気を失って倒れてしまった。
俺は本を拾い上げ、インクのはがれた箇所を確かめる。するとやはり見たことも無い文字が羅列されており、内容が自然と読めてしまった。
(だけどこれを読み上げても何が起こるかわからないし、恐らく読めば今度は赤いインクで二度と効果が使えないんだよなきっと。)
とりあえずこのままだと騒ぎになるので、清宮さんの衣服の乱れを元に戻してから俺は部屋を去った。
―無論、助けた当然の権利として下着姿を存分に脳内メモリに保管してからな。
この度は拝読いただき厚く御礼申し上げます。
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