音の場所
飛ばされ倒れた社員と、笹塚さんの二人は救急車で運ばれた。
五月雨的には『あれは鬼に憑かれただけで、医療的な検査をしても意味がない』ということだったが、会社として放っておくわけにもいかないのだ。
騒動が治った後、村上たちは風に舞った書類を全て元に戻した。
残りの書類を仕分け、倉庫に向かうことになった。
この時点で、かなり残業していることになる。
榊原課長が言う。
「泊さんは、今のうち帰った方がいい」
「けど、倉庫で何かあったら……」
「そのための五月雨先生なんだよ」
資料保全課のフロアは、一部を除いてほぼ帰って暗くなっていた。
泊はフロアを見渡すと、頷いた。
鈴木に近づくと、言う。
「奈緒ちゃん、なんかあったらリンクで連絡して」
「大丈夫ですよ。お気になさらず」
「ではみなさん、私はここで」
泊が支度をすると帰っていく。
村上、鈴木、榊原、そして五月雨も倉庫に持っていくものを準備した。
村上はIDカードの裏を確認する。
全員がフロアの端にきた時、村上が言った。
「資料保全課の灯り、つけときますか?」
榊原が視線を五月雨に向けると、五月雨が答えた。
「つけておいて。本当ならフロア全体に灯りをつけておきたいくらいだけど」
「じゃ、今残業している人に言って、フロアの灯りをつけっぱなしにします」
村上がフロアを回っている間に、残りの三人はエレベーター側に出て行った。
呼び出しボタンを押すとすぐに扉が開いた。
三人はすぐに乗り込み、開ボタンを押し続けて村上を待っていた。
鈴木がエレベーターかごのドアから半身を乗り出し、様子を見る。
「……遅いわね」
鈴木がかご内に戻ると、ドアが閉まり始めた。
「えっ!?」
鈴木は『開』のボタンを押しているのに、ドアは閉まった。
五月雨が言う。
「さっきの風と同じように、こっちを脅かして追い払おうとしているんです」
「こ、怖い」
鈴木が五月雨の腕にしがみつく。
「人数的にはいますので、倉庫には入れます」
榊原は垂れてきた前髪を後ろに撫でつけた。
「このまま続けると言うことか」
「ご心配なく」
倉庫のあるフロアにエレベーターが止まった。
五月雨に引っ張られるように鈴木も進む。
二人が出ると、榊原も出てきた。
三人は倉庫の前の扉に立つ。
榊原がカードを操作する位置に立ち、横に五月雨と鈴木が並ぶ。
IDカードを操作するが、認証に失敗した。
「鈴木くん、五月雨先生から離れないと、人数が不足している判定になっている」
鈴木が、そっと五月雨から離れた。
ニットの裾を引き下げ、耳の辺りの髪を整える。
状況が整うと、榊原がカードを操作した。
今度は問題なく、認証した音が鳴った。
鉄のオートドアが開く。
全員が倉庫に入ると、三人の頬を生暖かい風が撫でた。
「何、今の!」
「上のフロアで人を操ったように、脅かして引き返させようとしているだけよ。低級な鬼の仕業ね」
「『鬼』なんですか?」
榊原は無言で先頭に立ち、奥の重要文書保管室の方へ進んでいく。
「それが『鬼』なのか『妖怪』なのか『怪異』なのかは、個人の感じ方や呼び方が違うだけと思っていい」
「そんな、いいかげんなんですか」
「見鬼の力があって、それなりの数を見ていけば分類できるのかも、とは思うけど」
鈴木が五月雨の手を掴んで止めた。
「待って、五月雨さんはどれくらい見てきたの?」
「仕事として見てきたのは多くないわ。三桁いかないくらい」
「待って、そんなに事件を解決してきたんですか?」
榊原が二人を振り返った。
「開けたいんだが」
「すみません」
二人は榊原の後ろへ駆け寄った。
「開けますよ」
榊原は認証装置に指を突っ込んだ。
指紋ではなく静脈の形を読み取るらしい。
照合が終わると、扉の中で電磁石が動作する軽い音が響いた。
「……」
扉にはハンドルが付いていた。
榊原が徐にそのハンドルを回し始める。
ハンドルを回し切ると、徐に扉を開いた。
重要書類保管室は暗かった。
暗い闇が、溶けて出てくるように、広がってきた。
「変な匂い」
鈴木が言うと、榊原が答える。
「ここには換気や除湿の配管などないからな」
五月雨が暗闇をじっと見つめながら言う。
「書類に防湿は必要なのでは?」
「防湿剤は入れている。会社としては、少しでも盗まれる、読まれる通路がある方が問題だと言う判断なのだろう」
榊原が中に入り、灯りをつけた。
今日納めなければならない書類を金属の引き出しに入れた。
その引き出しの番号を、テーブルに置きっぱなしになっているノートに書き込んだ。
「そのノートなら見ていいですか?」
「五月雨先生だけなら」
榊原が書き込んだノートを見ていく。
大渕や、真壁の名も書かれていた。
「これは、納めなければならない書類があった時に書かれるんですね?」
「ああ、納めた棚と引き出し番号を記録している」
「日付だけメモを取らせてもらいます」
五月雨は、グレーの上着からメモを取り出し、書き留める。
複数のページをめくり、内容も確認していた。
五月雨の髪を止めている紙垂が風もなく揺れ、音を立てた。
すると鈴木が言う。
「なんか部屋揺れてない?」
三人は周りを見回す。
棚も引き出しも、正しく収まったままだ。
すると鈴木が気づく。
「あっ! 扉が」
閉まり始めた扉を鈴木が押し返そうと近づいた。
「あ、危ない、指を挟むぞ!」
榊原が鈴木の手が扉に挟まりそうだと判断した。
鈴木は慌てて手を引っ込める。
扉はゆっくりと動き続け、閉じてしまった。
ハンドルが回る音がする。
鈴木が言う。
「もしかして、村上の仕業!?」
「なぜ彼がそんなことを」
榊原の問いに、鈴木は答えることが出来なかった。
「それより内側にハンドルがないのはなぜ?」
「万一でも中の情報を盗まれてはいけないからだ。中に隠れて、情報を盗み、勝手に外に出られないようにしているんだ」
五月雨はある棚の引き出しを指さした。
「榊原さん、この引き出しに入れられた書類を確認したいんですが」
「先生、そんなことより、扉を閉じられてしまった方が問題です。内側からは出る手段が……」
「引き出し、開けて見せてもらえないですか?」
五月雨が食い気味に言ってくるので、榊原は一旦そのことを答える。
「ダメです。引き出し用の鍵があるんですが、事前に申請しないと借りれないんです」
「社長に言えばOKですか?」
「どうかな。そこは私にもわかりません」
五月雨は引き出しに手を伸ばして何かを感じ取ろうとしている。
「押しても開かないです。外からハンドルを回されたってことですよね?」
榊原は鈴木に向かって頷いた。




