事案
夕方、五月雨と村上は本社に戻った。
資料保全課には、沢山の段ボールに入った書類を仕分けていた鈴木と泊の二人がいた。
二人と一緒に笹塚ひかるも仕分けに加わっていた。
笹塚はスレンダーな体型で、変わったデザインのドレスシャツとキュロットスカートを履いていた。
仕分けをしていたその三人は『待ってました』とばかりに立ち上がった。
泊が村上に言った。
「交代。一旦交代して。休憩してくる」
村上は答える。
「すみませんでした。今、代わります」
「私も手伝うわ」
五月雨が村上の隣に座る。
鈴木がチラッと五月雨と村上を見た。
「……」
鈴木は何も言わないまま、三人とも、フロアを出て行った。
仕分け終わった書類はほとんどが溶解処理するものだったが、倉庫に入れるものと、厳重保管の書類が出来ていた。
村上は重要書類の封筒を五月雨に見せる。
「五月雨さん、今日、一番奥の部屋、入りますよ」
「チャンスは思いの外早くやってきたわね」
「ただ、課長がいないですけど……」
村上の視線の先、榊原は座っていない。
二人はわかる範囲で書類を仕分けていた。
しばらくして、鈴木、泊、笹塚の三人が戻ってきた。
笹塚は仕分けの様子を見ると言う。
「もう私は外れても大丈夫そうね」
「ええ、ありがとう」
鈴木はそう言ってから、村上の肩に手を置いた。
「村上が外出したせいで代わりにやってもらったのよ。だから村上が今度、なんか奢ってくれるって」
笹塚は顎の辺りを指先で撫でながら考えた後、言った。
「じゃ、みんなのおやつに近所の『スプライト・ドーナッツ』を買ってきてもらおうかな」
「えっ!?」
鈴木はパチンと両手を合わせて喜ぶ。
「いいね。明日にでも。村上買ってきて」
「それって、いっつも並んでる店でしょ?」
「大丈夫、開店前から並べば問題ない」
榊原課長がフロアに入ってきた。
「開店時間のあたり、就業中ですよ?」
何か書面を持って机に置くと、課長はそのまま席に着く。
「昼休みを先取りしたと言うことにすればいい」
「課長までそんなこと言うんですか」
「今度の課長は話せる感じで良かった」
村上は課長が置いた机の書類を見た。
重要文書保管室の入室許可証だった。
「ああ、重要書類は今日中に保管しないとならないからな。早く仕分けを済ませろ」
「は、はい」
鈴木、泊、村上、五月雨の四人が、再び仕分けを始めた。
その時、風の音がした。
「!」
厳しい表情になった五月雨は、突然立ち上がった。
『ポキポキポキポキ!!』
指などの関節を曲げた時に出る音が、より激しく、しかも連続で聞こえてきた。
「笹塚さん!?」
見ると笹塚は、奇妙な姿勢をとっていた。
ガイコツキャラがダンスをする時の定番のような格好。
肩や足の向きがバラバラ、ガタガタなのだ。
『ピ子』
そう言った笹塚さんの声は、低く機械のような音になっていた。
再びポキポキと全身の関節が鳴ると、笹塚の姿勢が正しく直った。
しっかり直立していたが、首は前に倒れ、顎を突き出していた。
『邪魔するな』
笹塚はそう言うと、まるでヒモで引っ張られるかのような不自然な動きで五月雨に飛びかかった。
五月雨は腕を体の前に引き寄せ、防御する姿勢をとった。
笹塚と五月雨の体が触れると、閃光が走った。
『ポキポキポキポキ!!』
笹塚の全身の関節が鳴った。
全身の緊張が解けたように、五月雨の足元に倒れ込んだ。
笹塚は目を閉じ、意識がないようだ。
彼女の腕や足、首などの関節が整合性なく、ガタガタに曲がっていた。
五月雨の背中に垂れていた長い髪が、後方に持ち上がっている。
五月雨は目を閉じて、自身の体を守る姿勢をしている。
村上が言う。
「紙垂が微かに光ってる?」
目に見えるわけはないが、まるで電荷が爆ぜているようだ。
またどこかから風が吹く。
机の上の書類や、社員の髪の毛が風になびいた。
風の行き着く先にいた社員が、立ち上がる。
『ポキポキポキポキ!!』
肩、肘、手首、指。
股関節、膝関節、足首……
全ての曲りが、まとまりがなく、不自然だった。
村上が指さす。
「さっきの笹塚さんと同じだ! 五月雨さん!」
鈴木が倒れた笹塚を介抱する。
「笹塚さん、しっかりして」
「一体何が起こってるんだ?」
榊原課長も倒れた笹塚さんに近づいてくる。
村上も笹塚の側に寄った。
「笹塚さんを、五月雨さんから遠ざけよう」
『ポキポキポキポキ!!』
「急いで!」
鈴木と村上は頭側と足をそれぞれで持ち上げ、笹塚を遠ざけた。
風が吹く先にいた社員が、笹塚と同じように飛び出してきた。
オフィスにある机や椅子を飛び越して、頭から一直線に五月雨を目掛けてくる。
「五月雨さん!」
鈴木は叫んだ。
叫ぶと同時に、村上を突き飛ばしていた。
「!」
村上は飛んでくる社員の頭を、手で抑えた。
ブルブルブル。
音は聞こえなかったが、村上の体にそんな風に電気が走った。
以前、倉庫で見えない何かとぶつかった時と同じだ。
村上と飛んできた社員は、五月雨の足元に転がった。
『ポキポキポキポキ!!』
飛んできた社員は、気を失っていた。
村上は体を起こし、自分のIDカードの裏を確かめる。
五月雨からもらった紙が、焦げていた。
「助かった……」
パチン、と頬を叩く音がした。
「無茶しないで!」
「えっ!?」
「私のために、こんなこと。二度としないで」
村上は叩かれた頬を抑えて、五月雨が状況を見ていなかったのだ、と理解した。
「その紙の力を過信しちゃ駄目よ」
村上はふと鈴木の方を向いた。
そこには狂おしいほど強烈な嫉妬の顔があった。




