真偽
五月雨と村上は、電車に乗って東へ移動した。
本社近くの駅を通り過ぎ、再び郊外へと電車は走っていく。
次に会う人物のマンションに向かっているのだ。
二人は並んで座っていた。
「ちょっと聞いていいですか」
「話せる内容にしてね」
「うちの課の鈴木さんって、五月雨さんのこと好きですよね」
村上は反応がないと思って五月雨を見た。
彼女は真っ赤な顔をして我慢するかのように手を膝上で握り込んでいた。
「聞いちゃいけない内容だったってことですよね」
「……」
無言のまま数駅過ぎると、目的の駅に着いたらしく、五月雨が立ち上がった。
村上は追いかけていく。
駅を出て、すぐのマンションに入る。
部屋番号を入れて呼び出す。
「誰?」
「旭陵ホールディングスの、『資料保全課』、村上です。お話を伺いたいことがありまして」
電子音がすると、横にあるドアのロックが外れて開いた。
「五月雨さん、この方は誰なんです? また準備できなかったです」
「真壁俊朗よ。言わなかったっけ」
「女性側の聞き込みはないんですか」
五月雨が立ち止まった。
「セクハラ被害者側に何を聞くの? しかも男を連れていくなんて。二次被害を起こしかねない」
「そ、そうですよね」
エレベーターに乗り、目的階で下りると部屋に向かった。
部屋のドアについているインターホンを操作すると、ストライプのパジャマを着た男性が現れた。
髪も乱れ、髭も整えていると言うよりただ伸びるままにしているようだった。
「会社の人がなに? そっちの女は?」
「アシスタントです」
「まあ、入れば」
二人は、真壁を追うように部屋に上がった。
細い廊下を進むと、リビングに通された。
「淹れたてのコーヒーあるけど飲む?」
「いえ、僕は」
「私はいただきます」
柔らかなラグの上に腰を下ろした。
その前にガラスのテーブルが置いてある。
真壁が持ってくると、カップを五月雨の前に置いた。
五月雨がカップを手に取って口に近づける。
そもそもコーヒーの温度が低い。香りも飛んでいて、入れ立てという感じではない。
「……」
村上の方にはコップに入れた水を置いた。
真壁が正面に腰掛けると、真壁もコーヒーを啜った。
「仕事の話?」
「いえ、例のセクハラ事件のことで確認したいことが」
村上は五月雨に視線を送る。
彼女が口を開く。
「あなたが高嶺さんに『胸を強調しすぎ』とか『男を誘ってるんじゃない』とか言ったのは本当ですか?」
「そんなわけないだろう。私は清廉潔白だ」
「自分で言ったにも関わらず、鬼のせいだとか、そんな発言をしているとか」
真壁は急に手を振って否定する。
「ないない。鬼なんてどこから出てきたんだ」
「以前真壁さんと面接した調査員の記録にそうありますが」
「少し考えればわかるだろう。セクハラの疑いのせいで気が動転してたんだ」
五月雨はグレーのジャケットの内ポケットから紙を取り出した。
そして真壁に手招きする。
真壁がテーブル越しに頭を突き出してくるとそのおでこに紙をつけてしまった。
「!」
痺れたように震えると、真壁は上を向いたまま動かなくなった。
「楽にして」
真壁が前のめりだった体を、リラックスした姿勢に戻した。
同じように村上の腕も、だらりと下がった。
「真壁さん、鬼を見たんですね」
「見ました」
「いつ頃、どこで見ましたか」
村上は以前、倉庫で声が出なくなったのが、五月雨のこの力のせいだと確信した。
「セクハラで騒ぎになる前です。鈴木さん、高嶺さんで倉庫に入った時、奥の重要資料室から音が聞こえてきたんだ。最初は機械か何かの異音だと思っていたのだが近づくと、人の悲鳴のようなものに変わった。声のする方に向かった時、何かがぶつかった」
「それが、鬼、だったんですね」
「初めはなんだか分からなかった。一度、出会ってからは、度々、近くに現れるようになった。鬼に気を取られていたせいか、気がつくと、セクハラで課を追い出され、今や休職状態になってしまった」
五月雨がスマホを見ながら首を傾げる。
「休職になった原因をはっきり理解していないんですか?」
「……頭が痛い」
五月雨は真壁の額に貼った紙を素早く取り去った。
「どうですか? 休職をしている原因を言ってみてください」
「知らない。全く身に覚えがない」
「頭の痛みは?」
真壁は両手で髪をぐちゃぐちゃと引っ掻き回した。
「痛くない」
「村上さん。帰りましょう」
五月雨が立ち上がる。
村上は、五月雨の言葉に釣られるように立ち上がった。
「これ以上聞いても無駄」
「は、はい」
真壁は頭を抑えながら、床に横になり丸くなってしまう。
「お、置いていって大丈夫なんですか?」
「私にはどうすることもできない」
「救急車を呼ぶとか」
五月雨は村上の顔を見て首を横に振る。
「そういう話とは違うのよ」
二人は急いで真壁のマンションを出た。
マンションの敷地にある、ちょっとした緑があるスペースに二人は移動した。
ベンチに並んで座ると、五月雨が話し始めた。
「彼は、正しいことが言えなくなっているの。どう考えても淹れたてじゃないコーヒーが出てきた時に確信したんだけど」
「下調べ、してたんですね」
「当たり前でしょ。大渕も、真壁も、鬼に心の何かを奪われている。そして実生活をする上でも障害となっているようね」
村上は五月雨から話を聞く。
大渕も真壁も、医学で治せる状態ではないこと。
大渕は女性を嫌い、真壁は平然と嘘をつく。意識して改善できないから、仕事に支障が出ているのだ。
「なら、鬼を倒せば元に戻るんですか?」
「戻らないでしょうね。これ以上、悪化はしなくなるでしょうけど」
「五月雨さんは、その鬼を殺すんですか?」
五月雨は笑った。
「そう私は『呼吸』の使い手…… なわけないでしょ。鬼は常にいるものよ。私が出来るのは鬼に見つからないようにしてあげること」
「今してあげれないんですか?」
「ええ。なぜ彼らが『見つかった』のか理由を調べないとね」
どうやら一度見つかった場合は、見つかった理由を調べ、その理由を正さないといけないらしい。
村上は五月雨の言う全ては分からないながらも、そう理解した。
五月雨がスマホを見て、何か思いついたように立ち上がった。
「本社に帰りましょう。少し気になることもあるし。後、村上さん、明後日残業できる?」
「なぜ残業? しかも明後日って『金曜』じゃないですか」
「金曜に予定を入れてるように見えないけど。残業は、鬼に関する重要な調査をするからよ。その日じゃないとダメな調査」
村上は『それはハラスメント』と言おうとしたが、言葉にはならず、ため息が出ただけだった。




