業務
朝、村上が出社してくると、榊原はすでに席で業務をしていた。
「おはようございます」
「おはよう。村上くん、これ、大丈夫かい」
そう言って課長は小さな紙をみせた。
五月雨から渡されたものだ。
「はい」
村上も紙を見せた。
「確か、ビリビリってくるからわかるって言ってましたよね」
「そうかもしれないが、気をつけないと。この紙が焦げていたら大変なことになる」
「わかりました。朝、確認することにしましょうか」
課長は頷いた。
村上も席に着き、ノートPCを開いた。
まだ異動したばかりの村上は、以前の部署にいた時のメールや、鈴木からもらった業務資料を読み下していた。
「おはようございます」
フロアの入り口の方で鈴木の声が聞こえた。
資料保全課はフロアの奥で入り口から遠いのだが、鈴木は背が高いので、村上の席からも確認できた。
近くまでくると課長や村上の方になんとなく向いて挨拶した。
村上の隣にくると、鈴木は目を細めて村上を睨みつけた。
村上は流石に怖くなって聞き返した。
「なんでそんなに睨むの」
「五月雨さんから預かった紙見せて」
村上はIDカードの裏に入れた紙を取り出して、見せた。
やたらに顔を近づけてきてその紙を見る。
「大丈夫そうね」
村上は無言で紙をIDカードの後ろにしまった。
鈴木は席に座るのかと思うと、小さなポーチを持ってフロアを出て行ってしまった。
「……」
鈴木と入れ違いに、女性社員がやってきた。
挨拶して、村上の向かいの席に座る。
村上はノートPCで座席表を確認した。
彼女は泊雪という。
大きな襟のシャツと落ち着いた色のスラックスを身につけていた。
「泊さん、聞いていい?」
「はい、なんですか?」
「さっき鈴木さんに『こーんな』感じで睨まれたんだけど。朝不機嫌なの?」
泊は、首を傾げたが、すぐに笑った。
「今、ポーチ持って出ていきましたよね。コンタクトレンズつけてないからだと思いますよ」
「そっか。よかった」
「口調があんな感じなのは、いつもなんで、気にしない方がいいですよ」
時間帯なのか、社員が堰を切ったようにフロアに入ってきた。
社員に混じって五月雨も、以前から社員であったような自然さで席についた。
業務が始まり、数分すると台車に載せられた段ボールの箱が届いた。
泊が立ち上がると、村上に声をかけた。
「村上さん、出番!」
泊に言われるまま、村上は台車に向かった。
まず載っていた段ボールを下ろした。
いくつか下ろしているうちに、鈴木がやってきた。
「遅い」
村上が一つか二つしか持ち上げられないところ、鈴木は三個ずつ運んでいく。
鈴木が参加するとあっという間に段ボールが下ろされた。
台車で運んできた社員は、そのまま台車を畳むと去ってしまった。
「さあ、こっちで仕分け」
空いている机に並んだ段ボール箱を開けて、中身を確認する作業が始まった。
鈴木や泊は手袋をして、手際よく分類していく。
村上も仕分けのポイントを教えてもらったが、判断の遅さや、不正確さがあるので、しばらくは仕分けは見て覚えるということになった。
村上は二人が仕分けた書類を、分類ごと段ボールに詰め直す。
そのまま溶かすもの、スキャンして溶かすもの、スキャンして尚且つ倉庫に保管するもの。
大まかに、そう分けられた。
鈴木が言う。
「倉庫の奥にしまわなければならない文書もあるんだけど、そう言うのは最初から課長宛にくるから、この段ボールに混じってないはず。ごく稀にあるんだけど」
二人の作業の手際はよかったが、持ち込まれた段ボールの数が多く、終わりが見えなかった。
午前中の業務時間が終わりに差し掛かると、泊が言った。
「二人は先に食事してきて」
「泊さんはどうするんですか?」
「どうせ誰かがこれ見てなきゃならないし」
鈴木と村上は頭を下げた。
「じゃあ、先に食事してきます」
社食に行こうと鈴木は五月雨にも声を掛けた。
三人はエレベーターに乗り込んだ。
社食のフロアで下りると、昼には
「社食は初めてですよね?」
五月雨は頷いた。
鈴木は微笑みながら五月雨に近づいた。
「どうしたんですか?」
そう質問するほど、五月雨の表情は強張っていた。
「こ、こう言う場所が苦手……」
鈴木はいつの間にか五月雨の背後に周りこみ、包み込むように抱いていた。
「かわいい」
五月雨が頬を赤くする。
「どうして苦手なの?」
「えっと、メニューを選ぶのが遅くて」
「行列を待っている間には決めきれないのね」
鈴木は五月雨の耳元で囁いた。
村上が二人を見つめた。
「怖がらなくていいわ。私が決めてあげる」
「あっ……」
五月雨の声に反応し、村上は目を見開いた。
「アレルギーとか、嫌いなものある?」
「ない」
「じゃあ、私と同じものにしよっか」
五月雨は頷いた。
「いいよね」
「え、ええ。もちろん」
鈴木の体が、五月雨と絡み合うようにピッタリとくっつく。
すると、五月雨が村上の視線に気づく。
「……ほら、また村上がいやらしい目でこっち見てる」
そう言うと五月雨は鈴木の腕を払いのけた。
周囲の視線から逃れるように五月雨が下がっていく。
残された鈴木は、村上のところにやってきて睨む。
「もう! 邪魔しないで!」
周囲に響かないよう、鈴木の声は小さいが、口調も抑揚も本気で怒っていた。
村上は二人から離れ、独り言を言う。
「もしかして、鈴木さん、取り憑かれたんじゃないか……」




