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すれちがう音  作者: ゆずさくら


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秘密

 行者について、五月雨は寺に入った。

 行者は深編笠をとり、袈裟を脱ぐ。

 絞られた体というより、必要な脂肪がしっかりとついたレスラーのようだった。

 汗を拭い、白衣を整えると部屋に進んだ。

 部屋には五月雨が座っていた。

「五月雨ピ子。思い出した。見習いが三人、熊に殺された事件」

 五月雨も白衣を与えられ、着替えていた。

「……私のせいじゃない」

「誰もそんなことは言ってない」

「けれど、寺を追い出された」

 否定も肯定もしないまま、行者は俯いた。

「さあ、方玄(ほうげん)様のところへ行こう」

 行者が静かに襖を開けた。

「えっ……」

 部屋に方玄はいない。

 部屋には小さなテーブルがあり、何かが置いてあった。

 行者が触れてそれを開くと、置いてあったのがノートPCだとわかる。

「待って、方玄さまってバーチャルな人格……」

 表示されたのはリモート会議のソフトだった。

 そこにはある病室が映し出されていた。

 映像の中心には、シワだらけの老人が仰向けに寝ている。

 端に映っているバイタルが点滅したり動くので、かろうじて横たわっている人物が生きていることがわかった。

「方玄さま」

「篤美(あつみ)か」

 小さい声。しかも、ゆっくりとした口調だった。

 映像が荒い為か口が開いているかも分からない。

「五月雨という者がこちらを訪ねてまいりました」

「五月雨…… 予兆はあった…… 篤美、望むものを教えて…… やりなさい」

「このものが何を欲しているのかわかりません。先にそんなことを言われては……」

 急にバイタルを監視している機器が警報を鳴らし始める。

「……しんじなさい」

「方玄さま」

 看護師や医師が次々と映像に映り込んでくると、マイクが雑に外される音が入った。

 映像が大きく揺れると、通信が途切れた。

「……」

 篤美は俯いた。

 しばらくすると、部屋の外から呼び出された。

「篤美さま、方玄さまが」

 襖の向こうへ答える。

「わかった。すぐいく」

 篤美は五月雨に言った。

「若いものに伝えておく。何を調べたいのかわからんが、確かめていくといい」

 五月雨は頷いた。

 篤美はそのまま寺を出て行った。

 方玄危篤により寺全体が騒がしい中、五月雨は提供された資料を見ていく。

「……」

 五月雨のことが記録されている過去のものも含め、資料は全て電子化されていた。

 水上と入力して検索をするが、引っかからない。

 適当に読み取れる情報からワードを取り出し、検索しても見つからないと表示される。

「もしかして過去のデータは画像として残っているだけで、文字で検索ができないのか?」

 五月雨は仕方なく資料をずっと目で検索していく。

 夜遅くなっても水上のことが見つからず、寺に残っている見習いが食事と言って呼びにきたが、五月雨はそれを断った。

 彼女の右の指が疲れはてて、左の薬指でスワイプし始めた頃だった。

「もしかして、これ……」

 五月雨は、自分の母について書かれた資料を見つけたのだ。

 母も五月雨という苗字であったようだ。

 寺の近くの森で倒れていたと書かれていた。

「……話が違う」

 ピ子の母は、代々寺に住んでいる家系(・・)のように聞いていた。

 ただ、幼いからそう勘違いをしただけかもしれない。

 彼女の母は見鬼の力があったらしく、見習いとして訓練もしたらしい。

 資料は私見でまとめられているようで、そこからしばらく五月雨のことは記述がなかった。

 次に見つけたのは、ピ子が生まれた時の記述だった。

 大勢の男たちに囲まれながらお産をする様子は、壮絶な表現で書かれていた。

「普通のお産でも、男から見たらそうなのかも」

 五月雨はため息をついた。

 次に母の記述を見つけたのは『ここ数日、母の姿が見えない』と言う記述だった。

 ここでも聞かされていたことと違う、とピ子は思った。

「確か、母は街へ下りたと」

 ピ子にそう『ウソの説明をした』という記述もあった。

 真実を説明することは過酷すぎる、とも書かれている。

「……そんな」

 寺の周囲、自然環境は厳しい。

 ピ子が巻き込まれた熊の事件でも三人が死んでいる。

 熊だけではない。

 猪や鹿だとしても、油断できない。

 落石や谷への落下など自然環境そのものだって死に直結する。

「えっ?」

 資料の中で、顔に涙跡のような刺青を入れた女性が訪問してきた、との記載を見つけた。

「これって村上が学校で見たという女性?」

 記述には続けてこうあった。

 顔に刺青をした女はどうやら母を追いかけてここにきたようだ、と書かれていた。

 母は行方不明だ、ここは女人禁制だ、と繰り返し説明するも、その女は寺の敷地に踏み込み、呪文を唱えたという。

「母と村上の共通点って……」

 ピ子は考えた。

 この涙跡の女は、呪術的な才能や能力を求めているのだろうか。

 だとして、なんの為に求めている?

 考えながら、資料を読み進む。

 涙刺青の女が去った後、寺に現れたのが水上という女性だった。

 何か引っ掛かる。

 涙刺青の女が探していたのは、本当に五月雨(はは)だったのだろうか。

 母を追ってきたにしては、遅すぎるからだ。

 ピ子はそんな思いのまま、資料を読んでいく。

 ピ子が大きくなり、例の熊の事件が発生する。

 ピ子が寺を出された頃、同じように水上も寺から姿を消している。

「……えっ? 何これ」

 水上は寺に戻る時、子供を連れてきている。

 誰の子であるか等、資料には一切書いていない。

 ただ、彼女の子であるという確かめようのない事柄が書き添えられていた。

「これって村上かな」

 ピ子と村上の年齢差とこの時間を考えると、この子供が村上と思われた。

 そして、水上は子供を連れて寺から消えてしまった。

「また失踪!?」

 再び涙刺青の女が寺にやって来た。

 資料を読むと涙刺青の女性は『黒奈(くろな)』と名乗ったそうだ。

 ここまでくると、この黒奈が探していたのが『水上』であることが確実になる。

 ピ子は水上を探すための手がかりを探す。

 以前、ピ子は呪物に残っていた指紋付きのセロテープから、術者に呪い返しを行った。

 同じように探したい相手の特徴的なことがわかれば、彼女は探し出す術を試すことが出来るのだ。

 ただ指紋と同じくらい本人が特定できる、特徴的なものを見つける必要がある。

 本人が特定できるようなものであればあるほど、見つける確率は高くなるからだ。

「!」

 するとピ子は資料の中に手形というものがあることを知った。

 ただ手形はこの電子化された資料を探しても見つからない。

 寺の中を探して若い男を呼び止めると、そのことを訊ねた。

「それは方玄さまの金庫にあるのではないかと」

「開けてもらえる?」

「私には方法がわかりません。篤美さまならわかるのかもしれませんが……」

 ピ子は篤美に連絡を取る。

「ダメだ、今、金庫の開け方を伝えるわけにはいかん」

 篤美と約束し、一旦寺を離れ、数日後に訪ねることとなった。

 寺を離れる際、どこからかピ子を見る視線を感じた。

 彼女はあたりを見回したが、視線の主を見つけることは出来なかった。

 幸い旭陵(きょくりょう)ホールディングスから受け取った報酬が予定の三倍だったので、自宅に戻らずとも近くのホテルに連泊することが出来た。

 ピ子は再び山に入る時、入念に後ろを振り返り尾行されていないか警戒した。

 前回、寺を離れる時に感じた視線がとても気にかかっていた。

 寺が近づいてくると、ピ子は姿の見えない視線を感じ始めた。

 どれだけ集中して意識を張り巡らせても、姿は見えない。

 だが確実に気配を感じ、気配は強くなっていた。

「鳥、あるいは虫」

 それらを模した式神か、鬼。

 どうすれば視線の主を見つけることが出来るのか。

 わざわざこの寺の周辺にピ子が来るのを監視していた、とすれば相手の狙いは……

「手形帳か」

 ……だとすると手形を何に使うのか。

 ピ子と同じように人探し。あるいは呪いを掛ける為……

「相談してみるか」

 寺に入ると、ピ子は篤美に話した。

「つけられている気がします」

「手形帳は個人情報の塊だ。狙われる可能性は高い」

 篤美は畳の上で指を動かし、言った。

「結界を張ろう」

「実は私……」

 ピ子はファミレスで村上の力を借り、結界を張ったことを思い出していた。

「分かっている。一人で出来ないんだな」

 ピ子は頷いた。




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