修験者たちの山
五月雨は、鈴木の個人携帯に連絡を入れた。
村上が実は『水上』の聞き間違えであった場合、鈴木の実家が一つ手がかりとなる。
鈴木からの返信があると、五月雨はすぐに駅へ向かった。
そのままある地方都市へ移動し、中央駅から伸びる地下鉄の終点についた。
ホームへ降りる乗客は、五月雨一人だった。
静かに駅から地上に上がると、そこは公園のような光景が広がっていた。
駅員の顔すら見ていなかったが、その広場を歩いていると一人の女性が五月雨の方に近づいてきた。
顔がわかるほど近づくと、女性は微笑んだ。
「あなたが五月雨さんね」
「鈴木さんのお母さんですか」
「ええそうです。娘から『昼間に』電話があったからびっくりしちゃって」
五月雨は頭を下げた。
「すみません、ご迷惑をおかけしちゃって」
「長旅だったでしょ、とにかく家までいきましょう」
公園のような広い場所の端に停めてあった軽自動車に乗ると、鈴木の母が運転して家まで乗せてくれた。
鈴木の家に上がると、居間に通された。
冬はこたつになりそうなテーブルの上に、分厚いノートパソコンが置いてあった。
「古いパソコンでごめんなさいね」
鈴木の母が横に座り、器用にマウスを操作すると画面に画像が表示された。
「これが水上の母子の写真」
母親の方は笑っているが、キャップを目深に被っていて、よく顔が写っていない。
村上と思われる男の子は、元気よくカメラに向かって指でブイサインを作っていた。
「この水上さんの写真、別のはないですか?」
鈴木の母は画面を横から見ているはずなのに、器用にマウスを動かした。
次々と画像を表示させるが、写っているのは『鈴木』と『村上』が遊んでいるところばかりだった。
「言われてから、探してみたんだけど。写真が残っているのは慎二くんばっかりなのよね」
慎二は村上の下の名前だ。戸籍を作り直されたとしたら、名前は正しいかもしれないが、字は当初につけられた文字とは異なるかもしれない。
「そうだ。アパート。こちらの親子は、鈴木さんのアパートに住んでいたと」
「事情が事情だから情報を見せるけど、私が言ったって言わないでね」
大家が個人情報を他人に漏らすことになるわけで、鈴木の母が躊躇うのも無理はなかった。
五月雨は『村上』の母の名を聞いた。
「水上美湖さん」
「そう。記録としてはそう残ってる」
「どこへ行かれたとか」
鈴木の母は、首を横に振った。
「本当に突然いなくなって、それっきりなの」
「何か手掛かりになるようなことは?」
「……本当に何もないけど、よく山を見ては言ってたわ。山の中に寺があるところで育ったから、夕方になるとつい山を見てしまうって」
山の中の寺。五月雨は、つい自分の生い立ちのこと思い浮かべてしまった。
彼女は有名な寺で生まれ、能力がないとわかるや、捨てられたのだ。
「水上、水上、いや違うか」
「知っている人?」
五月雨は首を横に振った。
「ただ、確かめてみる必要はありそうです」
五月雨は自らの出生の地である寺に向かうことを決めた。
鈴木の実家を後にした五月雨は、歴史のイメージがある地方の駅前のビジネスホテルを予約した。
駅で降りると、外国人観光客が町中を歩いていた。
五月雨は明日、暗いうちから国内最大の修験道山へと入る。
ホテルで夜間に出て行ってしまう話を告げ、支払いから夜間ホテルから出る方法まで説明を受けた。
小さな部屋の小さなベッドに横になると、何もない天井を見上げて目を閉じた。
眠りに落ちながら微かに残っている記憶が、脳裏に蘇る。
闇の中、松明を持って行者と、行者見習いが山の中を歩いている。
見習いが先を歩き、行者は一人ずつ子供を連れている。
見習いは五人、行者は三人。
連れている子供、三人の中の一人が五月雨ピ子だった。
比較的なだらかな斜面を選んで進んでいるとはいえ、子供には厳しい斜面もあった。
行者見習いが下り斜面で立ち止まる。
追いついた行者と、子供達はなぜ止まったかを考える。
斜面の少し先は窪んでいて、獣の巣穴がありそうだった。
行者が男の子の肩を叩き、窪んでいるところを指で示す。
子供は体を動かしながら、示されたあたりを確認する。
「四つ足の影が見えます」
「次」
正解は告げられず、次の子供がその場所を見る。
「鬼です」
そのまま、ピ子の番が回ってくる。
「ピ子は見えるのか?」
彼女には見えない。
ただ、五人の行者見習い、三人の行者が、囲うようにたっている中心には何かあるに違いない、ということは推測できた。
皆の視線を見ると、少しだけ窪みの部分からずれている。
「どうした」
ピ子は少し前に出て、行者たちを振り返る。
彼らの瞳に『映っている』かもしれないと思ったからだった。
映像としてみれば、彼らの瞳には松明の明かりが映っているだけで、それ以外は闇であった。
しばらくすると、ピ子は言った。
「死んだ小熊が彷徨っている」
鬼と言った子供を連れた行者が言う。
「ピ子。本当に見えているか?」
ピ子はしばらく考えていて、首を横に振った。
「ふん、やはりな。見習いはどう考える。何が見える」
見習いは斜面を動きながら、窪んだあたりを睨みつける。
「四つ足」
「小さい影」
「熊」
さらに窪みへ近づいた二名が言う。
「生きている」
「……小熊だ」
行者の連れてきた子供二人が、行者の元を離れて、勝手にピ子のところへ近づいていた。
「嘘つき。無能」
「ピ子なんて変な名前だから、何も見えねぇんだ」
最初に言った男の子が言う。
「なんか言ったらどうだ」
その子は、突然、ピ子の肩を押した。
不意をつかれたピ子は、斜面に倒れ転がってしまう。
斜面を落ちて、窪みのあたりで止まった。
「おい、何をしている!」
見習いの一人が、ピ子を追いかけていく。
「そこの窪みは何か動物が……」
ピ子は窪みに開いている穴を見つめた。
穴の奥で、二つ光るものがあった。
「獣の目」
ピ子の言葉に、見習いの者が反応し立ち止まった。
「熊!? ピ子。目を逸らさず、ゆっくり下がるんだ」
熊の低い唸り声が聞こえてくる。
助けるために、見習いの者がピ子に近づいた。
持っていた松明の炎を熊の方へ向ける。
さらに唸り声は大きくなった。
炎を恐れているのか、怒りが強くなったのか、判断がつかない。
「一緒に来るんだ」
二人は、穴の正面を避けるように移動し、少しずつ斜面を上る。
だが、熊の唸り声は止まない。
「いかん!」
行者は何かを察知し叫ぶ。
すると熊が穴から飛び出し、二人に襲いかかった。




