解決
疑惑の目で役員の顔を見つめる、鈴木と五月雨。
視線に気づいた役員が言う。
「何か?」
「なぜ、今になってここを開けてくれたのでしょうか」
「事件解決に時間がかかり過ぎている一因がこれだと聞いて、強い権限を持った人間が対応しないといけないなと考えたからだ」
役員は鈴木が五月雨の腕にしがみついているのを気にしている様子だ。
「それが何か変なことかな?」
「いいえ」
五月雨は役員の前を通り過ぎて、重要書類保管室に入った。
棚の年月を探しながら、霧島課長時代に保管された書類を探す。
「ここね」
五月雨が引き出しを抜き取る。
部屋の中にある小さなテーブルに棚の書類を取り出して重ねた。
「何を探せば……」
鈴木を制して、五月雨が書類を抑える。
「これに関しては、私が判断します」
五月雨が素早く書類をめくっていく。
鈴木には五月雨が『何』を見て判断しているのか全く理解できない。
半分ほど書類をチェックしたとき、ある紙を見て手が止まった。
「鏡文字…… ここに書いてある藤堂、石原の名前が鏡文字になっている」
「鏡文字ってなんですか?」
鈴木は横から覗き込む。
五月雨が示した字を見ると、直感的には『石原』や『藤堂』の名前と分かるのだが、よく見ると読めないように上下や左右が反転している。
「鏡に映しながら書いた文字ってことかしら」
「普通の印刷物なのに、わざわざ彼らの文字だけ妙に凝った形で……」
「これが『呪い』なんですか」
五月雨は残りの書類をめくっていく。
残りの書類も問題がない。
「これが呪物なんだわ」
「たったこれだけのこと?」
「日付、問題はこの書類の日付」
五月雨はスマホを開いて、画面をスクロールする。
「以前、気になって過去の百鬼夜行の日付を調べておいたの。この書類についている日付。これは百鬼夜行の日になってる」
「百鬼夜行と鏡文字」
「そして書類が収まるこの部屋は、建物を建てる以前からあった祠を移した場所。それらが揃って発動したんだわ」
鈴木は頷く。そして、以前から疑問に思っていたことを言った。
「一体何のために……」
「これによって、百鬼夜行の場所として記されたために、たびたび鬼が立ち寄るようになってしまったわけだ。鬼が立ち寄るために、後のセクハラも引き起こされた。ただ、鬼を呼びたかっただけなら、もっと違う方法も出来たはず」
「やっぱり、石原か藤堂に恨み…… か何かを持った人の…… その犯行かも」
鈴木は次第に声が小さくなっていった。
藤堂に対して負の感情を持っているという意味では、鈴木も犯人候補として該当してしまうからだろうか。
役員が背後から近づき、五月雨が持っていた書類を奪った。
「これが原因か」
五月雨は振り返り、役員から書類を奪い返そうと手を伸ばす。
役員は手を高く上げ、それを拒んだ。
「もういい。原因さえ分かれば」
役員は頭上、高いところで紙を裂いてしまった。
「あっ……」
「ご苦労だった。契約は完了し、これで終了だ。報酬は当初の倍を払うように伝えておく。倍で不満なら三倍だ」
役員は裂いた紙を丸めると、五月雨に渡した。
「……」
そのまま、三人は重要書類保管室を出た。
流れのまま、書類倉庫を出た。
五月雨は何かが気に掛かって、閉まっていく倉庫の鉄の扉を振り返った。
だが、何も思い出せないまま先へ進む役員と鈴木の後を追った。
三人が資料保全課に戻ると、榊原課長の席に座る人物がいた。
役員の姿に反応して、その人物が立ち上がった。
それは五月雨にこの仕事を依頼した、社長だった。
「幽斗さま。お早いお戻りでございますね」
「早くはない。予定通りだ。五月雨先生の契約が終了になるから支払いなどの手続きを急がせて」
「すぐに処理いたします」
社長はすぐに社内スマホを使って連絡する。
五月雨は必死に考えていた。
なぜ役員が出てきて解決を急ぐのか。
重要書類保管室の扉が開いてからずっと頭の隅にある、違和感も気になった。
資料保全課に小走りでやってきた女性社員が、社長に書類を渡す。
「さあ、五月雨先生。これで契約は終了だ。長い間の調査ありがとう」
社長が五月雨にペンと書類を差し出す。
「ここにサインを」
戸惑いながらも、五月雨は渡された書類にサインをしてしまった。
書き終えると同時に、笑っている役員の顔が書類の後ろに浮かんできた。
「えっ!?」
五月雨は背後に立っている役員を振り返った。
役員はただ普通に五月雨を見ているだけだった。
書面に見えた役員の顔が、なぜ笑っていた!?
書類は社長が引き上げて、ここまで持ってきた女性に渡した。
「しまった!」
五月雨は気づいた。
役員は静かに反応した。
「さあ、いきなりで失礼だが五月雨先生にはお引き取り願おう」
「あんた、彼をどこに連れて行った!」
「彼とは誰のことかね」
嵌められた。
五月雨はここにいる役員が霧島への花瓶の送り主であることを確信した。
五月雨が呪い返しをした相手、額に印が浮かぶ人物なのだ。
契約を終わらせるのと引き換えに、彼を連れ去った。呪い返しを利用して、五月雨に彼の名を言えないようにしたまま……
「五月雨さん?」
鈴木が興奮した五月雨の腕を掴んで抑えた。
「鈴木さん、」
五月雨は喉を手で押さえるが、声は出てこない。
「あなたも操られて……」
「えっ? 何のことか、よくわからない」
社長が言う。
「鈴木くん、五月雨先生を正面口までお連れして差し上げて」
鈴木に腕を引かれながら、五月雨は一階の正面口まで連れてこられた。
役員、社長、鈴木に見送られ、押し出されるように五月雨は旭陵ホールディングス本社を出てしまった。
「……」
微笑む社長、呆気に取られたような鈴木の表情、冷徹な目で状況を観察するような役員の姿勢。
五月雨は本社ビルに背を向けた。
旭陵のビルが見える場所の喫茶店を見つけると、そこでコーヒーを注文した。
窓からビルを眺めながら自分にかけられた術を、推測するとそれをメモ紙に書き出して、一つ一つ破っていく。
五分もすると、五月雨はコーヒーの前で汗だくになっていた。
術が解けた体をソファーに預ける。
テーブルの上の、冷めたコーヒーを口に含む。
「……疲れた」
五月雨は、旭陵のビルを睨む。
確かに、最初の依頼はセクハラが起こる倉庫を調べることだった。
倉庫の仕掛けはわかったが、どんな理由か分からなかった。
ただ、理由を調べようとすると、邪魔が入った。
藤堂は鬼を使って逃げるし、最初の事件に一番近い霧島に近づくと創業家が邪魔してきた。
最後には創業家の役員がやってきて、呪物を見つけさせ、問題を解決させてしまった。
「村上。あんたは何故連れ去られたの?」
五月雨は、メモに書き殴った文字や図を見返す。
そして考える。
村上と創業家に繋がりがあるはずだ。
だから、榊原をあやつる術に気がついたし、鈴木を誘導して術を破ることが出来たのだ。
繋がりは彼が語った話にヒントがある。
顔に涙跡のような刺青を入れた女性。
彼を捨てた母。
この二人の関係を調べれば、そもそもの始まりの謎も解ける……
「……ような気がする」




