倉庫の呪物
五月雨はずっと書類倉庫の重要書類保管室への入室許可を申請していたが、許可が下りない。
村上は退院したが病院での追加検査があり、今日は休んでいた。
鈴木は会社に来てはいたものの、ため息をつくばかりで仕事が手につかない様子だった。
始業前に、資料保全課の榊原課長に連絡が入った。
電話を取ると、課長はしばらくメモをとりながら頷いていた。
「分かった。そしたら今日はゆっくり休んでくれ」
電話を切ると、手元のメモ書きを再度確認した。
「鈴木くん、五月雨先生、ちょっと集まってもらえますか」
驚いたような顔で鈴木が課長の席に近づいていく。
五月雨はあくびを手で押さえながら、課長席に向かった。
「今日、いろいろあって業務できるのは我々三名だけなんだ」
「えっ?」
「村上さん、古谷さん、泊さん、笹塚さん…… 詳細な理由は話せないが。このところ書類が溜まっていて倉庫に一時保管している。申し訳ないが今日は私も含め、資料保全課は倉庫で仕事だ」
倉庫には3人以上が入る必要がある。
過去、2名で入ってセクハラ事案が発生したため、人数の制約が増えたのだ。
「わかりました」
鈴木は頷いた。
「……」
五月雨は視線を下に向け、何か考えていた。
「十五分から始めよう。二人は先に準備して倉庫前で待っていてくれ。私も時間前にはいく」
鈴木と五月雨は必要なものを透明なバッグにまとめて入れた。
二人が廊下に出ると、五月雨が言った。
「自宅を狙い撃ちされた」
「なんですか? それって、どういうこと?」
「敵は霧島さんに花瓶を送れるぐらいなんだから、資料保全課社員の自宅住所なんか、簡単にわかるってこと」
鈴木は首を傾げた。
「霧島さんの花瓶って?」
「そうよね。そうだった。花瓶の説明は省略するけど、とにかく、敵が仕掛けてきたってこと。鈴木さんは私のお守り持ってる?」
鈴木は首を横に振る。
「渡しておくね」
鈴木の手の平に小さな紙の包みを置いて、手を包むようにして重ねる。
鈴木は五月雨の目を見つめる。
何か確信を得たように、五月雨の耳に囁く。
「ピ子さん、誤解しないで聞いて欲しいんですけど…… 女の人が好きですよね?」
五月雨の体が反応し、顔や耳が赤くなる。
鈴木には彼女が頷いたように見えた。
「実は私も……」
「良かった…… けど」
「けど?」
五月雨は視線を逸らした。
「このまま進む前に、少しだけ時間が欲しい」
その姿を見て鈴木はさらに五月雨が好きになった。
鈴木は五月雨を抱きしめそうになる気持ちを必死に抑え込む。
エレベーターが到着して扉が開いた。
「いきましょう」
そう言って鈴木が先に乗り込み、五月雨が後からエレベーターのかご内に入った。
他に誰もいないと見ると、五月雨は鈴木の手を握った。
「今度こそ先に進みたい」
エレベーターが書類倉庫のあるフロアで開いた。
同時に二人は手を離した。
ゆっくりと倉庫の前に進む。
榊原は来ていない。
約束の時間までは、まだ時間があった。
鈴木が言った。
「どんな人だったんですか」
「ああ、素敵な人だった」
「うんと、それは素敵なんでしょうけど、なんというか。見た目とか」
五月雨は左右を見回し、間をおいてから言った。
「外見は、所謂男や社会が思い描く女性の感じね」
「そ、そうですか」
鈴木は自らの襟や袖を整えた。
「こっちが抜けている部分を補ってくれるというか。この人なら一緒にいれると思った」
「……」
鈴木は五月雨の言葉を聞いて、話を続けるのをやめた。
エレベーターが到着する音がして、二人は振り返った。
「さあ、入ろうか」
榊原課長が出ててきた。
エレベーターかご内に皺の多い長身の男がいた。
男はエレベーターのかご内から五月雨たちを見つめていたが、エレベーターの扉はそのまま閉まっていった。
三人は倉庫の方に向き直って、その男のことを気にしていないようだ。
倉庫の前に並ぶと、榊原がカードを操作する。
鉄の扉の上に設置されたカメラが、扉前の人数を検知して扉を開ける。
三人が倉庫に入っていくと、すぐに臨時に設けられたテーブルと仕分けが必要な書類の段ボールが目に入った。
鈴木は課長に泣きつくように言った。
「いや、ちょっとこの量は」
「今日全部やろうってわけじゃない」
三人はすぐに作業に取り掛かった。
淡々と書類を仕分けていった。
一時間経った時に、鈴木が言った。
「ちょっと休憩したいです」
「倉庫のシステムは三人で扉が開くようになってる。休憩は同時に取ろう」
鈴木の休憩に、二人が付き合うような形で三人は倉庫の外に出た。
この地下のフロアにはトイレがなく、鈴木はエレベーターを使って上階へ行った。
五月雨と榊原は廊下の壁に背中を預け、黙っていた。
五月雨がエレベーターの現在位置表示を眺めていると、榊原が言った。
「五月雨先生は、村上のことどう思ってるんですか?」
「別に『優秀な社員さんだな』ぐらいでしょうか」
「そ、そうでしたか。これは失礼しました。他意はないんですセクハラとか言わないでくださいね」
五月雨は首を傾げた。
セクハラとかセクハラでないとか以前に、いつもの課長ではないように思える。
上階で休むことになった社員の電話を受けていた様子は普通だったのに。
「課長、例の紙は持っていますよね」
「ああ、うん」
「……見せてください」
言いながら、五月雨は身構えた。
「村上が出社すると朝確認してましたよね」
「そうだったかな……」
「いつから紙の記憶ないんですか?」
榊原の手が震え始めた。
五月雨は考える。
周囲に鬼の気配はない。
百鬼夜行が起こる日時はまだ先だ。
「課長、私の言葉に答えてください」
五月雨は試していた。
答えない榊原に、五月雨が追い討ちをかける。
「それと今日、課の人が全員休んでますが、誰が呪物を送ったんですか?」
榊原の体が硬直したかと思うと、硬くなったまま震え始めた。
「何か別の指示を受けていますね。だから、私のお守りも持っているってこと。課長をコントロールしているのが鬼じゃないから、お守りが役に立たなかった」
課長は白目を剥いてしまった。
エレベーターが到着した音がする。
五月雨は身構えた。
エレベーターの扉が開くと、鈴木が出てきた。
「お待たせ〜」
鈴木はエレベーターを下りると、すぐに状況を察した。
「課長!?」
鈴木は素早く回り込み、五月雨の後ろについた。
「どういうこと?」
「おそらく何か術をかけられている。課長に呪いをかけた相手が私たちの敵ってこと」
「……あっ! 違うか」
と、鈴木が声を出すと、五月雨が彼女を振り返った。
鈴木は何か思い出したような、思い出したことを否定するような、困った顔をした。
「何かあった?」
「課長がエレベーターでここについた時、下りてこなかったけど中に誰かいましたよね?」
何かが焦げた匂いがした。
五月雨は鈴木を後ろに下がらせた。
「その話は後にしましょう」
五月雨はスーツの上着、内ポケットから、銀色のペンのようなものを出した。
銀色をしたペンは、入れ子構造になっていて、昔のラジオのアンテナのように伸ばすことができた。
彼女はスーツから紙垂も取り出すと、伸ばした先端につけた。
これは簡易的な『祓い串』らしい。
「課長のお守りの力が消えたからといって、私が負けるとは限らないわよ」
「誰かいるんですか?」
「敵はこの状況を見てるはず」
鈴木はそう聞いて辺りを見回す。
だが、誰もいない。
「監視カメラ?」
鈴木は廊下の端にあるカメラを覗き込んだ。
五月雨は銀色の祓い串で課長を牽制した。
課長は動じない。
「五月雨先生は何を警戒してるんだ? さあ、仕事の続き。早く倉庫に入ろう」
「……」
鈴木はフラフラと課長に言われるまま着いて行こうとする。
「鈴木さん、ダメよ」
「課長、別に変な様子じゃないですよ」
鈴木は五月雨を振り返り、そう言った。
「発言はまともかもしれないけど、ほら、白目剥いてるじゃない!」
五月雨が言っても、鈴木は課長の方へと向かっていく。
『ダメだ! 鈴木さん!』
課長の体から、課長ではない男の声がした。
「キモっ!」
声に驚いて鈴木は飛び退き、すぐに五月雨の背後に隠れた。
「何、今の。村上の声?」




