五月雨
この日、村上の意識が戻った。
すでにファミレスで倒れてから一週間が経過していた。
村上は再度バイタル・チェックされ、先生の診察と検査を受けた。
もともと異常もなかったため、彼は退院と判断された。
五月雨が鈴木を呼び、村上を退院させる手続きをした。
床ずれしないよう看護師が体を動かしてはいたが、一週間体を動かしておらず、かなりの筋力低下が見られた。
動きが鈍い村上に五月雨と鈴木が付き添って、彼の家に連れて帰った。
鈴木が台所を片付けて、料理を作ってくれることになった。
ただ、村上は一週間、点滴だったので、しばらくは粥のような消化の良いものを口にすることになっていた。
つまり料理は鈴木自身と五月雨のためのものだった。
また、台所には異臭と虫がわいていて、鈴木はマスクをしながら片付けていた。
「本当に申し訳ない」
「すごいことになってるわね」
「一週間帰ってこないなんて分からなかったから」
五月雨が言った。
「鈴木に任せて、村上はここに座って待ってなさい」
「五月雨さん、また夢を見たんです」
「それ、私と鈴木に聞こえるように話してみて」
村上は戸惑いながらも頷いた。
「夢に見たのは子供の頃、母を失った時のことです」
「……あっ、先に謝っとくね。私たち、村上が入院する手続きをする時、会社側からそういう情報を知っちゃった」
「そうですよね。それは仕方ないですよ」
村上は夢に見た、母を失った日に出会った奇妙な女性の話をした。
「どうして今頃、その顔刺青の女性のことを思い出したのか」
「……顔の刺青から推測すると、その女性、呪術師なのかも」
台所の方を向いていた鈴木が振り返った。
「ちょっと待って。あんたアパートの『大家の娘』のこと『なお』って言ったわよね」
「ええ、確かに『なお』ちゃんって呼んでました。鈴木さんの名前と同じです」
「子供の頃だからナオコって名前を『ナオ』って呼ぶのかもしれないじゃない。大体、私、村上の名前が『慎二』だなんて今知ったわ」
村上は話が終わったと思って五月雨に向き直り、言う。
「母と暮らしていた頃、五月雨さんといる時みたいに『黒い者』が見えたんです。だから、もしかして母も五月雨さんと同じような力を……」
「何勝手に話戻してのよ。私の家もアパートを持っていた大家よ。そして小さい頃、同じように世話をしていた『しんちゃん』って男の子がいたわ。ただ、苗字は村上じゃないけどね」
「えっ、それ本当ですか?」
鈴木が台所を離れて村上の頭を叩く。
「なんで疑うかな?」
「叩くことないでしょ? こっちは病人ですよ」
五月雨が言う。
「鈴木さん。子供の頃世話した『しんちゃん』の苗字をハッキリ思い出した方がいいわ。私も孤児みたいなもんだから、色々詳しいんだけど、さっきの村上の経緯だと、施設の人が幼い子供から聞いた言葉を元に『勝手に苗字を作って』戸籍に登録した可能性があるからね」
「えっ?」
鈴木は台所に戻りながら、スマホで何か打ち込み始めた。
村上は驚いたように言った。
「流石に苗字は村上だと信じてますけど…… 確かに小学校低学年でしたからね」
「その記憶は『後付け』の可能性があるってこと」
「もし、幼い頃、すでに鈴木さんと出会っていたとしたら、すごい『縁』を感じますよね!」
五月雨はため息をついた。
「余計失望するだけだから、あまり良い方に考えない方がいいわよ」
鈴木はご飯茶碗にお粥を入れ、少し塩を振った。
村上の前にその茶碗を置いた。
「スプーンとかは…… あ、あった」
村上に手渡すと、鈴木は言った。
「ほら、先に食べてて」
村上は手を合わせて「いただきます」と言った。
「鈴木さんの手料理食べれる日が来るなんて。感動です!」
唐揚げの音が大きく、鈴木は村上の言ったことをちゃんと聞いていなかった。
村上は五月雨に言う。
「五月雨さんも『孤児』みたいなものって言ってたですけど、どういう事か聞いてもいいですか?」
「唐揚げができたら話しましょう」
村上は黙ってお粥を食べ始めた。
しばらくすると、大きなさらに山盛りの唐揚げが置かれた。
五月雨と鈴木はそれぞれにご飯とサラダを盛った。
『いただきます』
二人が同時に言うと、食べ始める。
「あっ、実家からだ」
鈴木がスマホで会話を始めた。
「スピーカーにするね」
そう言って食卓にスマホを置いた。
『しんちゃんの苗字が知りたいって?』
「そうそう。しんちゃんの苗字」
『確かどっかに書いてあった…… 今調べる』
村上は食べていた手を止めて、スマホを見つめる。
『あったあった。水』続けて上って書いてるね』
「水上だ、そうそう」
『ふりがなが書いとった。みなかみじゃ。みなかみ』
五月雨と村上は顔を見合わせた。
五月雨は指で叩くように振ると言った。
「水上と村上を聞き間違えた?」
「可能性はありますよね」
村上は半信半疑だった。
「母ちゃんありがとう。切るね?」
『たまには帰ってこいね』
「あ〜 そのうちね」
そう言うと鈴木はスマホの通話を切った。
「目の前の村上は、全然、しんちゃんと違う気がするんだけどなぁ」
「可能性はあるってことで」
五月雨と鈴木は、交互に唐揚げを口に入れていった。
最後の一個になった時、五月雨が言った。
「作った本人なんだから最後の一個は鈴木さんが頂いて」
「ありがとう」
「そろそろ、私の話を始めようか」
村上と鈴木が、静かに頷いた。
「さっきの村上の話じゃないんだけど。小さい頃、私は『鬼』が見えなかった。全く才能がなかったの。本州の真ん中、総本山と呼ばれる寺に生まれたのに、これっぽっちも能力がなかった」
五月雨は話を続けていく。
彼女の『ピ子』という名は、今は亡き母がつけた事、おそらく能力がなかったため、彼女は山、すなわち寺を出ていかなければならなかったことを話した。
「悔しかった。同じように鬼が見えない子供もいたのに、そいつは『男』だということで寺に残された。母を失った私には寺に残って『修験者』になるしかなかったのに」
彼女は僧侶である父から『捨てられ』て孤児院に入った。
村上のように突然そうなったのではなく、五月雨曰く、モノのように処理されたと言う。
「だから知ってるの。捨てられた子がどうやって戸籍を作るのかとか。そう言うこと。私の苗字は成人してから変えた苗字よ」
そして彼女は、各地の霊山を訪問し、独学で見鬼の能力を身につけたのだという。
「精神を集中して、五感を研ぎ澄ます。自分が見ているそれが『鬼』なのかは近くの動物や、霊能者に判別してもらった」
能力をつけていく過程で、胡散臭い霊能者が多いことにも気づいた。
「こっちの裸を見たり、体に触ろうとするバカ男が多かった。もしそう言う人に頼らねばならない時は、気をつけたほうがいい。いきなり『見えます』なんて言う輩は大抵ニセだから」
村上が言う。
「独学で霊能者になることなんて出来るんですね」
「村上らしい発言すぎて悔しい」
「す、すみません」
五月雨は立ち上がり、自分の食器をシンクに戻した。
「村上だって、勉強すればもっと能力を磨けるって事だよ」
「ペーパーナプキンで紙垂を作るだけじゃなく?」
「当たり前でしょ。私が教えるってこともできるけど」
五月雨は椅子に座り直すと、指で丸を作った。
「授業料は高いけどね。ただ、間違った道に行かないよう、一人で学ぶより誰かについて進んだ方がいい」
「……」
鈴木も立ち上がって食器をシンクに置くと、椅子に戻った。
「それはそうと、これからどうします?」
「倉庫にあると思われる呪物を探し出して、除去する。それで終わり。石原と藤堂の関係を調べても救いはないって分かったし」
「そんな…… 確かに藤堂さんは『やな人』でしたけど理由もなく他人に『セクハラ』するような呪物を置くと思えません」
鈴木が言う。
「なんで村上が藤堂の肩をもつのよ」
「とにかく、呪物の理由を知らないと、この問題が再燃するんじゃないかって」
五月雨がまとめるように言う。
「確かに誰が仕掛けたのか。そこは重要よ。私、一つ、試したいことがあるのよね」




