すれ違う気持ち
どんよりとした雲から、粒が見えないほどの雨が落ちている。
墓が並んでいる中を、女性が花を持って歩いていく。
雨のせいか、周囲には誰もいない。
目的の墓が近づいてくると、すでに花と線香が供えられているのが見える。
彼女は思わず声に出す。
「誰かしら……」
今日は月命日だった。
親族の方も月命日までは墓参りに来ていないようだった。
三回忌はまだ遠い。今日は命日の一月前だ。
もう一度、女性は周囲を見まわした。
小雨の中この墓地へ来ている人間は少ない。
墓の前につくと、自ら持ってきた花をいくつか『加える』ようにして整え、線香をたてた。
手を合わせ故人を偲んでいると、声が聞こえてきた。
「誰のお墓かぐらい教えてくださいよ」
「いけばわかるわよ」
「五月雨さんは、いっつもそうじゃないですか」
女性は静かに手を合わせ続ける。
「そういえば、鈴木さんお休みしてましたね」
「口を開けば鈴木さん鈴木さんって。もっと調査に気合入れてよ」
「あっ、静かにしましょう。お参りしている人がいます」
女性は目をあけ、チラッと横を見た。
五月雨と村上が女性に近づいていく。
手を合わせていた女性は、立ち上がり二人に道を譲ろうとした。
「こんにちは」
五月雨がそう言うと、村上も話した。
「あ、あの藤堂さん…… 藤堂美緒さんですよね」
「……どこかでお会いしたことが?」
「あ、ごめんなさい。現実では初対面でした。同じ旭稜ホールディングで働いている、村上と申します。こちらは同じ部署の五月雨さんです」
村上は深々と頭を下げる。
そして、さりげなく墓石を振り返り『石原』の苗字を確認した。
五月雨が言う。
「お参りしても」
「どうぞお構いなく。では、私はこれで」
藤堂がそのまま帰ろうとしたところ、五月雨が声をかける。
「よろしければこの後、少しお話できませんか」
「……」
村上と五月雨は花を捧げ、線香をたてた。
墓前に手を合わせると、立ち上がった。
三人は、そのまま墓地近くのファミレスへ向かった。
席に座り、一通り注文した後、五月雨が訊ねた。
「ずっと月命日にいらっしゃっているんですね」
藤堂は視線を逸らして頷いた。
「こうなる前に、出来ることはあったんじゃないですか」
視線を逸らしたまま、藤堂は目を見開く。
「あなたに何がわかるんですか!」
「少なくともあなたなら、石原さんについてしまったセクハラの汚名は雪げたはず」
「それで何とかなった。あなた本当にそうお考えですか」
今度は五月雨が視線を逸らした。
村上は二人の発言の意味を完全に理解できないでいた。
「ちょっといいですか」
と言ってから、村上は続ける。
「石原さんのお墓。藤堂さんの前に誰か来てた感じがしましたが、どうでしょう?」
藤堂が、チラッと村上を見てから言う。
「そうですね。近親の方は月命日にはいらしてないようでしたが」
「今日はなぜか来た?」
「さあ、近親の方かどうかすらわかりません。私も先にいらした方の姿は見てないので」
五月雨が横にいる村上をつつく。
「それだけじゃないわね」
「いや、それだけですよ」
「村上、正直に言いなさい」
村上は藤堂の顔をじっと見た。
「勝手な憶測を言います。今日、藤堂さんの前にお墓参りをした方は、お知り合いなのではないですか?」
「さあ、先ほども言った通り、姿を見ていないので」
五月雨はまた村上をつついた。
「はっきり言いなさいよ」
「……」
村上は言う。
「話が前後しますが、今、私達は資料保全課で仕事をしているんです。仕事として石原さんのお参りに来たのですが、うちの課で今日有休をとった人がいて」
「ちょっと? 村上。何言ってるの?」
「その人は、つい最近、私達と一緒に石原さんの部屋に入ったんです。石原さんの部屋には写真が飾ってあった。それを見て思い出してしまったのだと思います」
村上と五月雨、二人の視線が藤堂に向けられた。
テーブルの下で小さな音がした。
すると藤堂はテーブルの下から両手を出し、顔を隠した。
五月雨がその人物を言い当てる。
「……って、まさか鈴木?」
「ええ。この前、出張の時に鈴木さんが寝言を言っていたんです」
村上は五月雨に電話するようにジェスチャーで指示した。
藤堂が顔を上げて言った。
「けれど、なぜ鈴木さんが石原さんのお墓に」
「あなたを見たくなったんじゃないですか」
藤堂は本社勤務ではない。
彼女は近郊ではあるが、支社勤務だった。
鈴木が彼女に会うためには、こんなことをするしかないのかもしれない。
突然、店内が騒がしくなった。
特に窓際の客がざわめいている。
「何あれ!?」
「フラッシュモブ?」
「変なダンス」
村上は腰を浮かせると外を見た。
それは村上がこれまで何度か見てきた『鬼に体を乗っ取られた者』の動きだった。
「五月雨さん!」
突然、大きな音で可愛らしい音楽が鳴り始めた。
五月雨は首を傾げる。
「なにこの着信メロディー!?」
村上は立ち上がる。
そして着信メロディーが鳴っているスマホの持ち主、彼らの背もたれの後ろにいた人物を見つけた。
「鈴木さん!」
「まずいって!」
鈴木はファミレスの窓の外を指す。
外の通りで、停車している乗用車にバスが突っ込んだ。
激しい音が聞こえて、バスが止まる。
バスの扉が開くと、下りてくる客が皆、奇怪な関節の曲げ方をしている。
バスの乗客が『鬼に体を乗っ取られた者たち』になったのだ。
「数が多すぎるよ」
村上は五月雨を振り返る。
「五月雨さん、例の鐘は!?」
「……」
五月雨は首を横に振る。
「人数が多すぎます」
窓際の客は見飽きると無関心になり、そのまま食事に戻ってしまっている。
危機感を持っているのは、村上たちだけ。
「何とかしないと!」
「これで紙垂を作って」
「ペーパーナプキンで? 役に立つんですか!?」
五月雨は自信なさげに答える。
「やってみるしかないでしょ」
五月雨はペーパーナプキンを取り出して机の真ん中に置いた。
隣の、さらに隣の机からも持って来た。
村上は自分のバッグからハサミを取り出し、紙垂を作り始める。
鬼に操られた者たちが、ファミレスの窓ガラスを割りにかかった。
多くの者が素手で割ろうと試みたが割れなかった。
が、ついに鉄パイプを持った者が現れた。
大きな音がすると、ガラスの破片が飛び散った。
半ば飽きていたファミレスの客たちが、悲鳴を上げ、再び騒ぎ出す。
客はガラスと反対側、店の奥へと逃げていく。
だが、入り口側からも鬼に操られたものが入って来たらしく、逃げ場を失った客が店の中心に集まってくる。
椅子を持って抵抗する男性客、フォークナイフで牽制する女性客。
しかし次第のその円も小さくなってきた。
鈴木が言った。
「五月雨さん、やばいって! 完全に囲まれちゃった」
「なぜ鬼がここにやって来れる」
「そんなこと言っている場合じゃないよ」
村上は小さいペーパーナプキンで、必死に紙垂を作り続けている。
柔らかいので数枚をまとめて切って、ちぎれないよう、慎重に折る。
いつの間にかテーブルの上には、山のように小さな紙垂が溜まっていた。
「五月雨さん、これ、いつまで……」
五月雨は紙垂を一つ取ると、村上の額に押し付けた。
「!」
紙垂が張り付くと村上は白目を剥いて、黙り込んでしまった。
呼応するかのようにテーブルの上に山となった紙垂が、一瞬光った。
五月雨が片手で拝むように右手を顔の前にたて、祈りとも呪文とも思えるような言葉を唱え始める。
テーブルの上の紙垂がヒラヒラと飛び立つ。
一つ、そしてその後を追うように一つ。
初めはゆっくりで紙垂と紙垂の間隔もまばらだったが、次第に早く間隔も狭まっていく。
先頭の紙垂が、ファミレスの店内を飛んでいく。
逃げれず集まってしまった客をトレースするように円を描く。
完全に円を描くと紙垂は円周上の空間で静止した。
「いやぁ!」
鬼に操られた者が客へ手を伸ばす。
その伸びた手が紙垂の内側に入る。
「!」
腕が見えない何かに触れ、光った。
光と同時に衝撃があったようで、鬼に操られた者は腕を引っ込めてしまった。
同じことが、別の場所でも起こる。
紙垂がまるで透明なカーテンを下ろしているかのようだ。
鈴木が言う。
「結界!?」
五月雨は頷く。
藤堂が鈴木の腕に触れ、二人は向き合う。
「鈴木さん、どうして」
「あの時、あなたなら彼を救えたはずなのに」
「彼を救うのではなく、あなたに私を救って欲しかったのに」
二人は真剣な表情で見つめ合う。
鈴木が口を開く。
「救って欲しかったですって!? 私の気持ちを知って彼に逃げたのはあなた」
「私は逃げたわけじゃない。それと、彼を救おうとしなかったのはあなたも同じ」
「私は今も救おうとしている」
藤堂は五月雨の方を見る。
「あの女に惹かれているだけで、あなた、何もしてないじゃない」
「だから、今、この状況から救えるのはあなただけなのよ」
「……残念だけど、私には救えない」
そう言うと藤堂は鈴木に背を向けて歩き出す。
彼女は躊躇せず紙垂が作る結界の外に出ていった。
鬼に操られた者どもは、反発し合う磁石のように藤堂を避けていく。
立ち止まった藤堂は言う。
「この意味が分からないと、あなたたちはただ消されるのを待つだけよ」




