創業家
山の麓、広い敷地の中に洋館が建っている。
敷地のすぐ近くにICがあるから車は便利だが、駅は遠い上に非電化区間で本数も少ない。
暮らしやすいとは言えない場所だった。
門が開き、黒いドイツ車が洋館へと走っていく。
減速し、ゆっくりとしたスピードで車回しに入ると扉の前で停車する。
洋館の前で待っていた黒服が車の扉を開けると、中から男が現れる。
男は長身で、ゆったりとしたセーターを着ていた。
髪には白髪もなかったが、若い雰囲気と顔の皺がアンバランスで違和感を作り出していた。
洋館の扉は、設置されているカメラが男の顔を捉えると、自動で内側に開いた。
男が入っていくと、メイドが車椅子を押してきた。
男は車椅子に乗った老婆に頭を下げる。
老婆の髪は全て白くなっていた。
後ろ髪を結って長く伸ばしている以外、短く整えられている。
手足、そして顔にも皺が多いが、顔の皺は、黒い刺青で模様が描かれていた。
涙のラインを描いたような幾何学的な刺青。
車椅子を固定すると、メイドはすぐに部屋を出ていった。
間をあけて男は言った。
「おばあさま、やりすぎですよ」
「やりすぎでない。私たちはずっと、相手の力を読み違えている」
「雇ったのはさほど実力がある者ではなかったはず」
男はお尻のポケットからスマホを取り出すと、何か情報を確認した。
老婆は歯を見せ笑った。
「ではなぜ失敗する。やりすぎの為に失敗したのではないぞ」
「それは今…… 調べさせてますから」
「全く男どもときたら」
男は老婆の車椅子の後ろに回り、ロックを外す。
車椅子を押しながら、奥の部屋へと進んでいく。
扉を開け、車椅子を押しながら部屋に入る。
テーブルに車椅子をつけると、ロックした。
「あれが次代を担う影巫の器かな」
男がそう言うと、車椅子の外に垂れた老婆の長い髪が揺れた。
髪の先端には何か光るものが付けられている。
動きを察知して男の動きが止まった。
「血を繋げない男どもが悪いのだろうが。幽斗。今からでも遅くない。子供を作ってこい」
「俺の病気のこと分かってないだろう」
細く結われた髪の揺れが止まった。
「雅統なら構わんだろう」
幽斗は話しながら、ゆっくりとテーブルを回って老婆の反対側に座った。
「もう親父に子供を作らせないでくれ。無闇に子供を作ったおかげで、どれだけ手間がかかったと思っているんだ」
その言葉が老婆に何かを思い出させたようだった。
「……まさか」
「どうした!? 何で震えてる? おい! 誰か薬だ、薬を持ってこい!」
部屋のカメラが幽斗のジェスチャーを検知して警報を鳴らした。
慌てたようにメイドが入ってくる。
手には薬と水の入ったコップがあった。
「黒奈さま、これを」
粉の薬を口に含み、コップの水を飲む。
黒奈と呼ばれた老婆は震えていたが、メイドを手招きした。
「キャ!」
黒奈がメイドのポケットに手を突っ込んだのだ。
そこからペンを取り出した。
「ペンが欲しいなら、俺が貸したのに」
薬を包んでいた紙に何か書き始めた。
「おい。それを見るな」
メイドは自らの手で目を隠した。
老婆は書き終わると紙をテーブルの上に滑らせた。
紙は途中で浮き上がり、くるりと回る。
再びテーブルを滑ると、幽斗の手がそれを押さえた。
「……まさか」
「すぐ調べろ」
「メイド、もういい。おばあさまを寝室に連れいって寝かせてくれ。俺は帰るから車を準備して」
自らの両手で目を隠していたメイドは、手を前に組み直すと頭を下げた。
幽斗は、立ち上がると部屋を出た。
玄関でカメラに向かいジェスチャーすると、扉が開いた。
そのまま外へ出ていく。
エンジン音がして、黒塗りの車が車回しに入ってくる。
同時に洋館の外を回って、黒服が走ってやってきた。
「……」
幽斗の動きを妨げることなく、黒服が車のドアを開ける。
幽斗が乗り込むと、ドアが閉められた。
「どちらへ」
「父の家だ」
ドライバーはゆっくりと車を発進させた。
運転席との仕切りを閉じると、幽斗はつぶやく。
「まさか血縁の者が残っていたというのか……」




