倉庫の過去
ストレッチャーが持ち込まれ四人の男たちを運び去ると、五月雨と村上は霧島の後についてそのフロアにある打ち合わせスペースへ移動した。
五月雨と村上が霧島と対面するように座ると、五月雨が口を開いた。
「最初にお話しした内容をうかがう前に、先ほどの花瓶のこと教えてもらえますか」
「あの花瓶は昨夜、家に送られてきたものなんです」
「昨夜、ですか」
霧島曰くバイク便で送られてきたそうだ。
「送り元に創業家の元社長の名が入っていて、私は急いで中身を確認し、元社長に連絡しました。すると、明日出社したら真っ先に花瓶を置き、花を飾ってほしいとのことでした。私は慌てて花を買い、電車で花が折れても困るので、今朝はタクシーを使って出社しました。花をどう飾ったらいいかまではわからず、そういった覚えのある人を頼りましたが」
「そうですか。元社長さんとは親しかったのですか」
「私が入社した年、社長はちょうどお辞めになったのですが、お辞めになってからも、ずっと親しくさせていただいています」
五月雨はメモを取りながら考える。
創業家と親しい霧島。
この霧島が百鬼夜行を、あの書類倉庫に呼び込んだ疑いがある。
さっきのポロシャツ男たちは、花瓶に入った呪物のせいで鬼に憑かれた。
霧島がこの今日の打ち合わせを無くそうと、仕込んだ可能性がある。
花瓶は創業家から送られたもの。
あるいは創業家が今の社長を貶めようとして呪物を……
いや、花を生けた者が混入させた可能性もある。
「村上。実際に花を花瓶に生けた人に状況を聞いてきて」
「五月雨さん、そんな、急に」
「いいから」
五月雨は村上に耳打ちすると、村上を打ち合わせスペースの外に出した。
「すみませんでした。それではお願いしていたお話をお聞きしたく」
五月雨は霧島にそう言った。
霧島は手帳を取り出した。
「これは簡単にポイントを書き出しておいてだけです」
メモを見る目が遠い。
若くみええるが霧島はもう老眼になっているようだ。
「書類倉庫の歴史って、まぁシンプルに会社の歴史に沿って説明しましょうか」
五月雨が頷くと、霧島は説明を始めた。
旭陵ホールディングスが、当初、旭陵電気株式会社だったこと。
電気関係の特許申請や、開発時の打ち合わせ議事録などが溜まって行ったこと。
それがパソコン関係の書籍を扱うようになり、出版部門が大きくなったこと。
出版部門も衰退し、スマホのアプリや食材の宅配サービス、インターネットプロバイダ、等々、細々とした業種に手を広げながら成長した。
それらは全て霧島がこの会社に入る前の出来事だ。
霧島本人は別の会社に勤めていて、当初は旭陵ホールディングスとは無縁の仕事だったようだ。
五月雨は話が退屈すぎて、目は半分閉じ、よだれが垂れかかっていた。
「で、旭陵ホールディングスが、この地に本社ビルを建てることになったんですがね」
背もたれから体を起こし、五月雨は目を見開いた。
「この場所に建物を建てることは決まったんですが、問題があった」
「祠ですね」
「ええ。私もよく知らないのですが、歴史の偉人がここに祀られているということらしく、祠を動かすと祟りがあるという」
五月雨は思った。
だが、今このビルに祠はない。
どうやって納めたのか。
「祀られているのはどうも、この地で大きな権力を握り日本の歴史をも動かそうという人物だったのですが、幕府に裏切られて北の地に送られてしまったそうなんです。北の地でいつかここに帰ることを夢みていたその偉人は、北の地で暗殺されてしまう……」
「はねられた首がここに飛んできた伝説ですね」
「よくご存知ですね。マイナーな偉人だと思っていたんですが。伝承はそんな感じです。ここに立てた祠はその首を祀ったものとされていて、祠を傷つけたり、壊したり、移動したりすると、すぐに関係者が死んだり、不幸にあったりしたそうです」
霧島はメモを確認する。
「そんな感じで、工事はめちゃくちゃ難航したそうです。その時、創業家の方がここにいらして撤去した祠の一部を使って建築現場の端に仮設の倉庫を建てるように命じたそうです。すると遅々として進まなかった工事が、急にスムーズに進むようになった。図面にも変更が加わり仮設の倉庫を地下に移設するように書き換えられました」
五月雨は推測する。
会社の歴史を聞く限り、どうしてこの規模の会社に成長したのか不思議なくらい経営センスが感じられない。
だが祠の件で予想できるのは、創業家には飛び抜けた才能の持ち主がいたようだ。
しかもその才能の種類は『霊能』だ。
創業家にその者が今もいるのかは分からない。
「それ以来、ずっとあの場所は書類保管倉庫なんですよ」
「なるほど」
「私が会社に入って、資料保全課に配属されたのも創業家の方からの指示があったようです」
五月雨は急にメモをした。
「えっと、霧島さんが資料保全課の課長になった時、一緒に異動になった方とかは?」
「覚えてはないですが、このメモにはまだ書いてあるかも」
霧島はメモ帳をゆっくりと、慎重にめくっていく。
「ありました」
「私と藤堂美緒さん、そして鈴木奈緒さんの三人ですね」
「……」
聞いた時点で五月雨は違和感を持った。
「じゃあ、石原さんは? 石原隆さん」
「石原さんについては私のメモでは答えが出ませんね。すでに資料保全課に配属されていましたから」
五月雨は訊ねる。
「霧島さんは石原さんについて何か知っていますか?」
「いえ、特に知ることはないですが、当時の評価を考えると、彼は優秀な社員だと思っています」
「では、藤堂さんは?」
霧島は首を少し捻った。
「藤堂さんは同時に異動してきて、部署を去るときもほぼ同時でした。ほぼ何も分からないです」
「じゃあ、聞き方を変えましょうか。容姿とか、女性としてどうだったかとか?」
「セクハラになるので言ってはいけませんが『美しい女性だな』とは思いました。それ以上の感情はありませんでした」
五月雨はメモをしながら、質問を続けた。
「石原さんと藤堂さんの関係はどう感じていましたか?」
「おっしゃる意味がわかりませんが、なんで社内であんなことをしたのか、って感情しかないですね。私も二人が付き合っていたんじゃないか、というのは後で聞きましたが、ずっとそれっぽいことはなくて」
「藤堂さんのことを『美しい』と思ったのなら、石原さんに嫉妬を感じませんでしたか?」
霧島は首を横に振った。
「私がこの歳で結婚していないからそういう質問をしているのですか」
五月雨が否定する言葉を考えている間に、霧島が続けた。
「石原にも、藤堂にも、どちらにも『嫉妬』する感情は持ち合わせていません」
霧島はため息をついた。
言葉通りなのか、感情を押し殺しているのか。
五月雨は決断できないでいた。
ノックの音がして五月雨が扉を開けると、村上が戻ってきていた。
中に入ると、五月雨は聞いた。
「どうだった?」
「ここで言っていいんですか?」
「君はどう思う」
村上は霧島を見た。
霧島はどこというわけではなく、ただ正面をみていた。
「えっと……」
村上はメモを開いて確認しながら話し始めた。
五月雨は無言で小さく頷いた。
「花は受け取ってから長さを揃えるために茎を切っているので、紙がついていれば分かったと思うと言っていました。花瓶の方ですが、何度かすすいでいるので、やっぱり紙があれば分かるはずだと」
「……その人は嘘をついている様子だった?」
「分かりませんよ、そんなことまで」
五月雨は村上の背中を軽く叩いた。
「独断と偏見でいいわよ」
「……本当のことを言っていると思います」
「そう。じゃあ、すぐに防犯カメラの映像を確認してきて。あの場所に花瓶が置かれてから、誰かが紙を入れたはずだから」
村上は立ち上がると、また打ち合わせ室を出て行った。
「花瓶に何か入っていたんですか?」
「ええ。花瓶に仕込まれた呪物が、さっきのポロシャツ男の騒動の原因と思われます」
「呪物……」
五月雨は霧島をじっと見つめる。
「わからないですね。創業家から送られたものですし、最初から入っていたというのは考えにくいと思いますが」
「それはどうでしょうか」
「創業家は今もホールディングスの株式を所有しています。だから会社に不利益になることはしないと思いますよ」
五月雨は動揺した様子もなく淡々と語る霧島を変に思った。
「霧島さんは会社に恨みはないんですか?」
「私が呪物を仕掛けた?」
五月雨は頷く。
「それの方がもっと変ですよ。この会社に悪い噂が立ったら私が酷い目を見るのは明らかですから。きっと給料が下がったり、首になったりするでしょう」
「ライバル会社に取引先の資料を持っていく予定だったら?」
「そんなことないですよ。疑うなら調べてみてください」
五月雨は霧島の様子をしばらく見た後、頭を下げた。
「いきなり決めつけるような言い方で、申し訳ございませんでした」
「調査する立場だから仕方ないですよ」
霧島に少しだけ苛立った表情が見えた。
「もう、いいですか?」
五月雨は立ち上がって、深々と頭を下げた。
霧島が出ていくと五月雨は座り直し、テーブルに頬杖をつくと息を吐いた。
「……絶対に関わっている。そのはずなんだけど」
五月雨は机に突っ伏した。
藤堂と石原は何故セクハラの汚名を着せられたまま別れたのか。
五月雨の考えでは、霧島から何かヒントが得られるはずだった。
打ち合わせ室を予約した時間はまだある。
五月雨はしばらくここにいるつもりで、眠ってしまった。
三十分ほどしただろうか。
ノックがして、五月雨が反応できないでいると、村上が入ってきた。
「寝てたんですか?」
「……どうだった?」
「映像にはそれらしき行動は映っていませんでした。逆に床にこぼした水を片付けていた方から、別の情報をもらいました」
村上の指につままれた小さな透明なものが、動かすと光った。
「紙は、このセロテープで付けられてたみたいです」
「あまり情報としては」
「指紋ですよ、もしかしたらDNAが取れる細胞も付着してるかも」
五月雨は考える。
私たちは警察じゃない。指紋やDNAが採取できても照合するすべがない。
収集したものは正しい証拠として役に立たない。
「そういうのは警察……」
「この調査って、犯人を警察に突き出すためのものじゃないですよね。だから黒幕が誰か分かれば良いんじゃないですか?」
五月雨は考える。
何もすべがないわけではない。
「それ、もらえる?」
五月雨はそのテープの箸きれを紙に包んで、しまった。
「えらい。よくやった」
村上より背の低い五月雨が手を目一杯伸ばし彼の頭を撫でた。




