元課長
五月雨と村上は、鈴木が話し始めるのを待っていた。
鈴木は口を開いた。
「初めに言っておくわ。私も知らないの。というより、当時は誰も知らなかったと思う。知っていたら、『セクハラ』にはならなかったはず」
五月雨が言う。
「けど、鈴木さんはこの写真を見る前からわかっていたんでしょ」
鈴木は頷いた。
「セクハラが大騒ぎになった後、藤堂さんを除く資料保全課の女子が集まった。課長は女性の時もあれば男性の時もあったけど、村上くんと同じようにそれ以外に一人、男性を配置するのが決まりのようになっていた」
鈴木は続けた。
「配置された男性に興味がある娘がいた場合、こんな風に緊急招集する決まりだった。男性から声をかけられた場合も同じことをすることになっていた」
五月雨が言う。
「藤堂さんはその女性社員の『決まり』を破ったということ?」
「セクハラが事件化してしまった時から、藤堂さんは会社に来ていない。だから藤堂さんを抜いた形で招集されたの。で、結局、誰も藤堂さんの口から石原の名前を聞いたことはないって。ただ……」
「そこを聞かせて」
鈴木の視線がまた下へ泳いだ。
「SNSのいわゆる『匂わせ』を見つけたの」
彼女は自らのスマホを操作して、しばらくすると二人に向かって画面を見せた。
「いくつかあるんだけど、これが分かりやすいかな」
二つの画像を交互に画面に映して見る。
写真ではそれぞれ自撮りのように石原は右手を、藤堂は左手を伸ばしている。
肩を寄せ、頭をくっつけている。
だからお互いの頭が少しずつ、お互いの写真に映り込んでいるように見える。
背景の大きな絵画も、同一の写真から切り出したものとしか思えない。
五月雨が問う。
「これを見つけたのは……」
「ああ、やっぱりそうなるよね。これ見つけたのは私」
「いつから知ってたの?」
鈴木は両手で顔を隠すように覆った。
「その緊急招集の時」
「……」
五月雨は無言で鈴木を見つめる。
鈴木は何かを悟った。
「だから言いたくなかったんだけど」
鈴木は拳を作って訴えるように言う。
「こんなん見りゃ誰でも気づくでしょ。投稿の次の日ぐらいからよ。セクハラ事件のずっと前。同じ課の人には、改めて今気づきましたって言ったけど。二人のSNSを知っている人なら全員それとなく知ってたはず」
村上が鈴木の方に向かって言う。
「これを知ってたのなら『セクハラ』じゃない、いや、少なくとも『セクハラじゃないかも?』と言うふうに話を持っていけますよ。それをしないせいで、石原さんはセクハラの汚名を着せられて」
「言ったわよ。会社にはちゃんと言った。この画像も合わせてね」
「じゃ、じゃあ、どうして」
鈴木は黙り込んでしまった。
五月雨も、村上も、何を言っていいか分からない。
しばらくの沈黙の後、五月雨が口を開いた。
「私が知っていることを言うわ。石原さんも、藤堂さんも、お互いに『付き合っている』とは言わなかったそうよ。会社側が本人達に、このSNSの画像のことまで言ったかは分からないんだけど」
「えっ、なんで?」
「さあね。本人達が互いの関係を認めなければ『その行為はセクハラ』になるわね」
村上は思い出したように手をポンと叩き、言う。
「それより、鬼。どうしてここに鬼が現れるんです? 外には人が誰もいないし、この空間はどうなってるんですか?」
五月雨が言う。
「百鬼夜行。この時間、この場所に来ることで、私たちは鬼と出会うことが出来た。そもそもは百鬼夜行を旭陵ホールディングスに呼び込んだ者がいるからよ」
「百鬼夜行を呼び込む?」
「それを知りたかったのだけれど…… やっぱり秘密はあの棚にあるのね」
鈴木はそう言われてピンときた。
村上はその場にいなかったため、五月雨の発言を知らない。
「あの部屋に入るのは資料保全課で言えば課長クラス。その他だと特定権限を持った部長ってとこ」
鈴木が頷く。
「霧島課長ってことになりますよね……」
「霧島課長もセクハラを起こすような課の状態を作ったと言うことで、飛ばされているわけだし、何も得はしてないはず」
「本当にそうでしょうか?」
と、鈴木は五月雨に疑問を投げかけた。
「得をしているとすれば、鬼や悪霊から何か利益を受けていることになる。それはかなり特殊な状況なんだよ」
「霧島課長を調べましょう」
「調べるのは確かだけどね」
五月雨は指を顎に当てて懐疑的な様子だった。
村上がしばらくぶりに口を開いた。
何かスマホで調べていた様子だった。
「そ、それよりここからどうやって帰るんですか? 百鬼夜行にあったら生きて帰れないんじゃ……」
「今生きてるんだから、私たちは帰れるわよ」
「車も人も通ってなかった。どう考えてもここは異空間なんです」
五月雨はスマホを眺める。
村上が怒ったように言う。
「スマホなんか見たって仕方な……」
「4、3、2、1、0!」
「えっ?」
急に、外の騒音が聞こえてきた。
サイレンを鳴らして救急車両が通り過ぎる。
「ほら帰れたわ。よかったわね」
村上より背の低い五月雨が手を目一杯伸ばし彼の頭を撫でた。




