写真
村上は空を見ていた。
星の見える夜。
厚い大気の向こうには、何もない空間が広がっている。
何もない空間の果てに、恒星が輝く。
彼はふと我に返る。
村上は路上で仰向けに倒れている。
立ちあがろうとして体をひねるが、それも出来ない。
見えない、低い天井に押さえ込まれているようだった。
「鈴木さん、絶対助けますから!」
村上は目の前で連れ去られた鈴木のことを思い出していた。
体に鎖を巻きつけ、人と同じような体躯、筋肉をつけていた。
肌は炭のように艶もない黒だった。
鬼は鎖で絡めると、鈴木を連れ去ってしまった。
村上は考える。
あの時、鬼は何か言っていた。
『お前たちから面白い感情が喰らえそうだ』
鬼は人の感情を喰うのだろうか。
「そういえば、五月雨さん、大渕さんに向かって『鬼に奪われた』とか聞いてたな」
その奪われたものが『感情』だったのか。
突然、村上は閃いた。
村上はバッグから紙垂を取り出す。
体を押さえつけている見えないものに、紙垂を押し付ける。
「手応えがあるぞ」
紙垂を動かせる範囲が広がっていく。
手当たり次第に紙垂を動かしていくと、上体を起こせるようになった。
「もう少しだ」
振り回した紙垂が、次第に焦げて黒くなっていく。
村上はついに自由を取り戻した。
手に持っていた紙垂が、黒く焦げて足元に落ちた。
彼はそのままマンションへと入っていく。
「えっ?」
マンションの中にも、黒い闇の鬼が待っていた。
煙のような、ぼんやりとした輪郭。
バッグから紙垂を取り出し、振り回す。
鬼の体、その闇が紙垂で切り裂かれる。
先に進んでも、次から次へとやってくる。
「どこから来るんだ」
村上は考えた。
鬼が来る方向に鈴木さんが連れ去られているはず。
紙垂を使いながら、鬼が階段を使っていることを見つけ、階段を上る。
「?」
ただ黒いだけではない鬼が混じっている。
上のフロアから下りて来るだけではなく、下からも迫ってくる。
紙垂を振ったり、投げたりして鬼を倒した。
村上は全身に疲れを感じ、ふと気づくと階段を抜けていた。
壁に寄りかかり、大きくため息をついた。
廊下の奥の部屋から、人の声が聞こえる。
「鈴木さん!」
村上は走った。
力を振り絞った。
扉を開ける。
「熱っ!」
五月雨の声だ。
村上は抵抗を感じながらも『靴』のまま部屋に上がった。
そのままリビングに飛び込んだ。
村上の目に体中に鎖を巻いた鬼が見えた。
彼の感情が爆発した。
「この野郎!」
村上は、一直線に鬼に向かい、拳を腹に打ち込んでいた。
「?」
村上は、拳が受けた激痛で叫んだ。
「痛ってぇ!!」
村上は床にひっくり返り、バッグの中身をまき散らしてしまった。
拳が痛くなるほど腹を叩いたのに、鬼にダメージは見られなかった。
すると、風が吹いたのか村上がまき散らした紙垂が舞い上がった。
小さな渦を巻きながら飛ぶ紙垂が、鬼に張り付いていく。
すると、鬼に巻き付いている鎖がズルズル動き始めた。
鈴木に巻き付いていた鎖も、鬼の方へと戻っていく。
五月雨の首を締めていた鈴木の力も、鎖が戻っていくと同じように弱っていく。
鬼は気づいた。
『なんで鎖が戻って来る?』
鈴木から鎖が完全に外れると、鈴木はよろよろ歩き回り村上に躓いて倒れ込む。
五月雨は喉をおさえながらも、鬼に向かい、祓串を鬼へ突き立てた。
鬼は五月雨の祓串が当たる直前、姿を消した。
「逃げた!?」
手応えはなかった。
想定外のことが起こって、逃げたのか。
五月雨は、ゆっくり村上と鈴木を振り返った。
「鈴木さん」
村上はそう呼ぶと、気を失っている鈴木を揺すった。
鈴木がゆっくり目を開けた。
「よかった」
鈴木は弱々しく村上に抵抗する。
「……触らないで。いいから、構わないで」
「う、うん」
村上はそっと鈴木を寝かせた。
村上が五月雨の方へ進むと、
「村上、これを見て」
と言いながら五月雨は、村上の耳を引っ張る。
「イタタ、なんです?」
「見覚え、ある?」
村上は五月雨が手にしている写真立てを見た。
男女が親しげな距離で、写っている。
「……」
村上は考える。
見覚え? どこかで見たことがある、ということか。
村上は立ち上がった。
「変に思うかもしれませんが……」
「そうね。そこは気にしない方がいいわ。ついさっきあった出来事も、かなり変な事なのよ」
「夢。夢の中で見ました。この男の人と、女の人が書類の倉庫にいるところ」
五月雨は頷くと、写真立てをテーブルに戻した。
「男性は石原隆 。旭陵ホールディングスの社員よ」
「えっ、最初のセクハラ事件の」
「女性は……」
鈴木が上体を起こし、五月雨の言葉を遮った。
「女性は藤堂美緒。同じくうちの社員よ」
「鈴木さん。まだ寝ていた方が……」
鈴木は村上を制し、一人で立ち上がる。
「石原さん、自殺されたと聞いていましたが」
「部屋は残してあったの」
村上は部屋の様子を見ながら言う。
「なんでここに鬼が?」
「さあ、それを調べようと思っていたのだけど」
五月雨は分かりやすく鈴木の方を向いた。
村上はボソリと言葉にしてしまう。
「……鈴木さん?」
鈴木は黙ったままだった。
五月雨が言う。
「村上。この写真に写っている名前が分かったら、変なことに気づかない?」
「えっ? あっ、そうですね。二人が付き合っていたなら、イチャイチャするのも無理はないかと。それなのにセクハラって……」
「そうね。鈴木さん。初めの事件がなんとも不可解なんです。何か知ってますよね」
再び注目が鈴木に移った。
鈴木は、左下に視線を移すと口を開いた。




