鬼の狙う部屋
五月雨はフロアを上がった。
電気は通っているようだったが、エレベーターは使えなかった。
非常階段にも、鬼はいた。
黒い煙のような鬼と、部分的に実体化している影鬼が入り混じって現れた。
鬼の能力も個体差が大きく、影鬼並の力を持った低級鬼もいれば、逆に低級鬼レベルの弱い影鬼もいた。
一段、階段を登るのに数体の鬼を倒さねばならず、戦いは果てがないように思えた。
だが、そんな戦いを続けながら階段を上がり続けると、突然、鬼が出なくなった。
五月雨はその場所の階数を確認すると、非常階段を出た。
出た先は廊下になっていて、左右にいくつかの部屋の扉が見える。
祓串の紙垂がボロボロになっていて、五月雨は袖から取り出した新しい紙垂に付け替えた。
「あの部屋ね」
五月雨は廊下の端の部屋を見て、そう言った。
五月雨は、軽く祓串を振って、状態を確認した。
廊下に鬼はいないが、部屋の中からは鬼の気配を感じる。
祓串を帯に差し、両手が使えるようにすると袖の中から紙と筆を取り出した。
「……」
五月雨は扉の先から強烈な圧力を感じていた。
祓串を片手で握り、もう一方の手を扉のレバーに置いた。
扉を開けると、五月雨の髪が激しく揺れた。
『待っていたよ』
鬼の声とわかると、五月雨は警戒した。
直接音声で言語を操る鬼と対峙したことがなかったからだ。
ゆっくりと部屋に入る。
鬼の姿は見えない。
奥のリビングに朧げな光が見える。
「鬼に勝ち目はないわよ」
『何か変だ。お前は誰だ?』
「私は五月雨よ。私を待っていたんじゃなかったの?」
廊下をゆっくりと進みながら、五月雨はそう言った。
突然、リビングに鬼が現れる。
人質を鎖で縛り、体の前に抱えている。
人質、それは……
「鈴木さん!?」
鈴木は、気を失って俯いている。
『お前が五月雨!? じゃあ、あいつは何者だったんだ』
五月雨は祓串を構えた。
「誰のこと?」
『近づくな。それ以上近づくなら、鎖を引いてこの女を殺す』
鬼は腕を掲げた。繋がっている鎖が、鈴木の首を絞めていく。
「その人を殺したら、あんたも同じ目に合わせてあげるわよ」
『じゃあ、こうだ』
鬼は言うと、抱えていた鈴木から手を離した。
鈴木が、俯いたまま、ゆっくりと前に歩き出す。
近づいてくる鈴木を助けようと、五月雨は手を伸ばす。
「あっ!? 熱い!!」
腕を取ろうとした時、何かが燃えた。
五月雨はすぐに手を離し、鈴木と距離を取った。
掴んだあたりの衣服が焦げている。
『説明してやろう。俺が操っている間、この女の体は鬼化している。女の動きを邪魔したり、紙垂で攻撃すれば、女は発火する』
「……わざわざそんなこと説明するなんて、所詮鬼ね」
『わかったところでどうすることも出来まい』
図星だった。
二体を処理する気で倒せば、やれなくもない。
だが、鈴木を鬼として扱うことは出来ない。
鬼は五月雨とまともに戦った場合の実力差を知っていて、人質をうまく使っている。
この狭い部屋で背後で操る鬼だけを狙うのは極めて難しい。
狙えたとしても効果がなければ、意味がない。
広い場所へ誘い出すしかない、のだが……
『来ないならこっちからいくぞ』
鈴木を操っている鎖が伸び、左右の手から垂れ下がった。
鈴木が腕を前に振り上げると、鎖が飛んできた。
五月雨は体を振って避ける。
鈴木が上に手を振り上げると、鎖は彼女の手元に戻っていく。
両手を同時に前に振ると、鎖も同時に発射された。
一つは体を使って避け、もう一つは祓串で弾く。
弾いた鎖は、一部が発火して損傷したが、祓串もダメージを負った。
五月雨は考える。
こんなことを続けていると、不利になるばかりだ。
早く打開する方法を考えないと……
体中に鎖を巻いた鬼が、部屋の中を物色している。
五月雨は注意して、部屋を見直す。
この部屋には、まだ鬼が欲するものが残っていることに気づいた。
「ただの通り道ではないということか」
鈴木が腕を前に伸ばす。
鎖が投げられた。
五月雨は一方の鎖を弾き、一方を避けた。
「!」
間合いを詰められていた。
鎖を投げ出したと同時に、鈴木は五月雨の方へと踏み込んでいたのだ。
さらに叩き落とした鎖が、生き物のように五月雨の足に絡んでくる。
「熱っ!」
鈴木の両腕が、五月雨の首を捉えた。
長身の鈴木に、鬼の力が加わる。
絞められた腕を外そうとすると、五月雨の手も、鈴木の体も発火し、傷ついていく。
だが抵抗せねば、殺されてしまう。
自分の命と鈴木の命。
どちらを取るか決断しないと、もう時間がない。
五月雨は祓串を持つ手を握り込んだ。




