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すれちがう音  作者: ゆずさくら


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13/32

違背(いはい)

 村上は運転席でただ前を見ていた。

 普通なら、スマホでゲームとか、動画見るとか、そんなことをしていたはずだった。

 電波も、バッテリーも充分なのに、それをしなかった。

『いい、この場所に着いたら私が言うまで車から出てはだめ』

 五月雨が言ったその言葉が気になっていた。

 彼は妙にソワソワして、スマホを見続けることが出来なかったのだ。

 夜空の星が、見えなくなった。

 車のフロントグラスに、ぽつりと何かが落ちた。

 液体だったが、黒く色がついていた。

「油?」

 勢いよく降る雨のように、一気に正面が暗くなった。

 音が止まると、黒く覆った液体が流れ去っていく。

 ボンネットの先に、何か黒いモノが立ち上がる。

 村上は感じた。

「鬼!」

 人のように手足、そして頭がある。

 頭のあたりに光る目のようなものも。

 鬼は車のボンネットに立ち上がり、村上に向かってくる。

 そして、フロントグラスを蹴り付けた。

「!」

 思わず、体が避けていた。

 そっと村上は目を開ける。

 フロントグラスは割れもしない。

 蹴ったあたりに黒い液体がついただけだ。

 なぜかは分からない。だが、五月雨の言う通り、ここから出なければ良い、ここは安全なのだ、と村上は思った。

 黒い闇、あるいは黒い煙のような鬼が、さらに数体現れた。

 最初の鬼と同じように、村上に気づくと車に近づいてきた。

 ドアの窓を叩こうとしては腕が潰れ、車を持ち上げようとしては足を潰していた。

 鬼の動きをみていると、村上は車に何か仕掛けられているのではなく、鬼そのものが脆弱なのだ、と思った。

「鬼の体は、煙、あるいは本当に雲のように水滴が浮いている程度なのかもしれない」

 五月雨はこの程度の鬼しか来ない、と予想して車から出るな、と言ったのだ。

「……けど、これを知らない人がやってきたら、どうなる?」

 村上は怖くなって必死に周囲を見回した。

 人がいたら『鬼から逃げろ』と叫ぶためだ。

 だが、いつまで経っても村上の心配は現実にはならなかった。

 車一台、人一人、ネズミ一匹通らない。

 スマホの時刻は深夜を示していた。

 確かに、普通こんな時間に外を出歩く必要はない。

 村上はここに来るまで、異常に時間がかかったことも気になっていた。

 時間がかかったせいで、車を止めた時刻が深夜になってしまったのだ。

「もしかして、ここは異次元か何か別の世界なのかな……」

 村上はハンドル越しに正面を見つめていた。

 ふと、ルームミラーに映った何かが気になり、シート越しに車の後部を確認した。

「す、鈴木さん!」

 大通りの歩道に、鈴木の姿があった。

 村上は車の中から叫ぶが、鈴木は気づかない。

 ドアを開けようと手をかけて、村上は止めた。

 五月雨の言葉が頭にくり返された。

『いい、この場所に着いたら私が言うまで車から出てはだめ』

 もう一度、車の後ろを振り返る。

 鈴木さんだ。

 どうしてここにいるか分からない。

 出張の稟議には五月雨と村上しか書いていない。彼女がここに来る理由もない。

「鈴木さん!!」

 窓ガラスを開けて、叫ぶが、鈴木には届かない。

 開けた窓ガラスに『鬼』が近づいてくる。

 村上は慌ててガラスを閉める。

「もしかして、あれは鈴木さんじゃなくて…… 鬼!?」

 鬼が村上を車から出そうとして鈴木の幻影を見せているなら、自ら罠にはまりにいくようなものだ。

「違う、幻影なら車に近づいてきて『車に乗せて』というだろう。こっちの声に気づいていない、と言うことは……」

 車の窓に近づいてきていた鬼が、大通りの方へ進んでいく。

 村上は叫ぶ。

「鈴木さん! 車! こっちに来て!!」

 車。そう車ごと動けばいいのだ。

 村上はエンジンを掛けようと、イグニッションを回す。

「……」

 まったく手応えがない。

 計器類のLEDもつかない。

 車の電気系統が動いていないようだ。

「なんでこんな時に! 鈴木さん」

 村上が振り返ると、鈴木は黒い鬼に囲まれていた。

「何よ! なんなのあんたたち!」

 鈴木さんの声だ。

 村上はバッグを手に取り、車を飛び出していた。

「鈴木さん!」

 もやもやとした黒い鬼は、村上を振り返った。

「村上、やっぱりここにいたのね」

「いや、鈴木さんこそ、なんでここに!」

「村上、危ない!」

 彼はバッグの中から、沢山作った紙垂を取り出した。

 出した瞬間は勢いで『シュッ』と刀のように動きはしたが、手が止まれば紙なのでヘロヘロと垂れ下がってしまった。

「……これでどうしろと」

「村上!」

 と鈴木が叫んだ。

 村上に鬼が迫っている。

 彼に考えている余裕はなかった。

 近づいている鬼に向かい、紙垂を持った手を持ち上げ、振り下ろした。

「そんな……」

 村上の手元には、千切れた半紙があった。

 勢いよく振り下ろした為、空気抵抗で紙が切れてしまったのだ。

 彼には鬼の光る目が、笑ったように見えた。

 やられる。

 村上はそう思って目を閉じた。

「!」

 しばらくして、痛みも、異変すら感じないため、村上は目を開いた。

 目の前の鬼の動きが止まっている。

 鬼の黒い体に穴が開き、向こう側が見えていた。

 鬼に開いた穴の縁は、熱を持ったように丸く光っている。

 穴が急速に広がると鬼の体全てが消えた。

「何が起きたんだ!?」

「助けて!!」

 鈴木は鬼たちに叩かれ、真っ黒くなっている。

 本社の『笹塚』が、鬼に支配された時のように、不自然に肩や肘、体が曲がっていく。

 急激に関節が動くため、関節液の小さな気泡が弾けて音を立てた。

『ポキポキポキポキ!』

 体のあちこちに黒い液をつけた鈴木が、マンションの方へ歩いていく。

 村上はバッグから一枚、紙垂を取り出した。

 鈴木の方を目掛け、紙垂を振り下ろす。

 紙垂はさっきと同じように、千切れてしまった。

 村上はその切れた紙垂が、宙を滑るように進むのを見た。

「まさか」

 紙垂は紙飛行機のように空気中を滑りながら、鈴木の方へ移動した。

 滑りながら鈴木を囲む黒い鬼の群れを切り裂いた。

 傷口は燃えるように広がり、鬼の体が消えていく。

 一周、二周と回って紙垂が焦げて地面に落ちると、最後には燃えて無くなった。

「……」

 囲まれていた鬼が消え、鈴木は力が抜けたようにその場で倒れた。

「鈴木さん!」

 村上は駆け寄った。

 鈴木の体に触れ抱き起こそうとした時、五月雨の言葉を思い出した。

『……知っているのよ、鈴木さんが近くにくると、あんたが股間を硬くしてること』

 戸惑いながらも、村上は鈴木を抱き起こした。

「大丈夫ですか!?」

 鈴木は頷いた。

「体が、体に力が入らない」

「じゃ、背中に捕まって。あそこ、車の中にいれば安心ですから」

 村上は彼女を引き上げようと脇の下に腕を差し込もうとした時、鈴木の表情の変化に気づく。

「どうしたんですか?」

「後ろ!!」

 村上は何者かに引きずり倒された。

 村上に支えられていた鈴木も、ゆっくりと地面に倒れる。

 そこには鬼が立っていた。

 ただ黒い、先ほど村上に倒されたものとは違う鬼。

 煙のような曖昧なものではなく、実体のある黒い肉体を持っていた。

 その体には沢山の鉄の鎖が絡まっている。

 鎖に支配されているのか、鎖で支配するのか、鎖が巻かれている理由は分からない。

 鈴木は恐怖で声も出なかった。

 村上は見えない力で、仰向けになったまま道に押し付けられていた。

 鎖を巻きつけた鬼が言う。

『もう少し待てば、お前たちから面白い感情が喰らえそうだ』




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