百鬼夜行
村上は車を運転していた。
五月雨は後ろの座席でいびきをかいて寝ている。
村上には目的地は告げられず、ナビに場所が入っているだけだった。
『いい、この場所に着いたら私が言うまで車から出てはだめ』
地方都市で、距離も短いからすぐに着くと思っていた。
車載のナビは動いていて、キビキビと指示をしてくれる。
十分が二十分、三十分となったころ、村上も異常に気づいた。
「おかしい。どうしてこんなに時間が掛かっている」
深夜近くで、車の数は少ない。
いや、少ないどころではない。
今は車も、歩行者の姿も見えない。
人や車を見かけたのは、最初だけだったかも……
「五月雨さん」
ルームミラーを見るが、五月雨は見えない。
信号で停止したタイミングで、村上は後ろを振り返る。
「ほ、本格的に寝てる」
五月雨は後部座席で『横に』なっていた。
「五月雨さん!」
村上は運転しながら叫ぶ。
「起きてくださいよ!」
「なんだ、うるさいぞ!」
ルームミラーに五月雨が映った。
「なんか道がおかしいんです。いつまで経ってもつかないし」
「メインのターミナル駅のすぐ近くだからな」
「説明がおかしいですよ。ターミナル駅なら最初から着いてるはずなのに」
ミラーに映る五月雨は大きくあくびをした。
「心配するな。ナビ通りに運転していれば着く」
「いつですか?」
返事がない。
村上はまたルームミラーを見る。
五月雨は化粧を始めた。
「ちょっと。化粧なんてしてないで、真剣に答えてくださいよ。大体、『清めの儀式』をしたのに化粧していいんですか?」
「化粧しないと礼儀に反するだろう。『清めの儀式』を勘違いしているな? あれは心と体を清めているわけで、化粧のような表面的なこととは関係がない」
「酒飲んで、いびき掻きながら寝て、汚れてるようにしか見えないです」
五月雨は運転席を蹴った。
「前の席を蹴らないで」
『目的地付近に到着しました。案内を終了します』
「えっ?」
五月雨が後部座席から身を乗り出してきて、指示する。
「あのビルの横、あの標識の後ろあたりに止めろ」
村上は言われた通りに車を止めた。
「エンジンは切って、ここで待機」
「はい」
白衣を着た五月雨は、車を止めたビルを見上げながら入り口へ回り込む。
「もう始まっているのね」
地方都市の駅近の高層マンション。
支社勤務とは言え旭陵ホールディングスの社員なら、ここに住んで当然と思われたかもしれない。
「……」
髪をまとめている紙垂が揺れ、五月雨に異常を知らせている。
あたりを見回すと、人の形をした黒い闇が一つ、また一つ、と『生成』され近づいてきた。
「あなたたち『露払い』ね」
手を袖に入れると、五月雨は小さな紙を取り出した。
その紙を口元に持っていき、何かを教え込むように紙に囁く。
手を伸ばして紙を『流す』ように手放すと、細く長い十字のプロペラのように紙の形が変形した。
十字の長い紙がクルクルと回りながら、空中を飛ぶ。
一つの黒い闇に十字の羽根が当たると、その人型の闇が消えた。
ゆっくり、ゆっくり回りながら浮遊する紙を、黒い闇は避けるようになった。
闇の動く速度と、十字の紙が動く速度は大して違わないのに、闇は追い詰められていく。
「任せたわよ」
そう言うと五月雨はマンションへ入って行った。
「彼の部屋は確か三階……」
倉庫でセクハラを起こしたとされる社員は、この地方都市に異動になりこのマンションに住んでいた。
やがて彼は自殺してしまう。
大渕や真壁がそうだったように、彼も鬼に食いものにされていた。
「だから今日起こる百鬼夜行は、彼の部屋を通る」
自殺したのだが、彼の部屋はまだ片付けていない。
きっとここが手掛かりになるはずだ。
五月雨ははじめから、この部屋に目をつけていたのだ。
五月雨が、自動ドアを抜ける。
すると、そこには黒い、人型の闇が表れた。
闇は、ゆらゆらと廊下を彷徨っている。
さっきより強力な鬼。
全てが闇ではない。
一部、実体化している。
例えば、腕のように伸びた先にある鋭い爪や指がそうだ。
そして、鋭い爪を持つ足、獣が持つ長い尾。
尾の先端には針のような硬いトゲまである。
胴や頭は煙のような漂う闇で、外にいた『露払い』と大して差がない。
「!」
鬼が、腕を伸ばしてきた。
五月雨は瞬間的に飛び退くと、振り下ろされた爪が床に突き立った。
「……威力は認めないとね」
五月雨は帯に差していた祓串を手に取った。
再び伸びてくる爪を、持っていた串が触れる。
紙垂に触れた鋭い爪は、溶けるように床に落ちていく。
「ほら、当たらなければ意味はないのよ」
鬼の右手は溶けて無くなったが、左手はまだある。
両足も、尻尾も残っている。
五月雨は、相手との距離を測るように串を前後に動かす。
五月雨が手元に引いた瞬間、鬼は仕掛けてきた。
左手を飛ばし、五月雨が串を持つ右手を捕まえようとした。
五月雨は器用に腕を捻りながら、串を鋭く動かすと紙垂が鬼の左手を捉えた。
「!」
五月雨の右足に激痛が走った。
飛んでくる左手に気を取られ、同時に向かってきていた鬼の左足に対しての警戒が疎かになっていた。
幸い、足袋と草履で守られていて爪が貫通することがなかった。
鬼の煙のように不安定な体に、どれだけの質量があるのかわからないが、踏まれた五月雨の足は全く動かすことができない。
鬼の右足が、顔面目掛けて飛んでくる。
五月雨は上体を捩り、鬼の足を避ける。
後ろでまとめていた髪が、突然、五月雨の顔に飛び出してきた。
「……」
五月雨の目の前で、髪を結んでいた紙垂が焦げる。
五月雨は何が起こったのか、ようやくわかった。
右足を避けたところを、少し遅れて鬼の尻尾で狙っていたのだ。
紙垂は焦げながら、鬼の尻尾のトゲを溶かした。
「私を怒らせたわね」
五月雨は鬼の右足を『素手で』掴んだ。
すると煙のように流動的な鬼の頭のあたりで、目のような何かが光った。
五月雨がつかんだ手に力を入れると、実体化した足が闇の体から切り取られた。
右足は床に落ちると、溶けるように消えた。
闇の中、目のような光が消える。
鬼はたまらず五月雨の右足を踏んでいた左足を引き戻す。
「バカね」
五月雨は引いた足に合わせて、鬼の懐へ飛び込む。
祓串を回しながら、鬼の腹に打ち込んだ。
串を中心に紙垂が回り、広がる。
紙垂に触れ、鬼の体を作っている闇が消えていく。
次々に連鎖して闇はなくなり、実体化した左足だけが残っていたが、それも溶けていった。
五月雨は深呼吸をして息を整えた。
スマホを開くと、何かを調べ終えた。
「今のが影鬼という鬼なのね。勉強になったわ」




