儀式
村上は、買ってきた突っ張り棒を部屋の内部に立てた。
五月雨に指示された通りに、棒に麻紐を張っていく。
すると紐は、部屋の中央に五芒星を描いた。
「こっち手伝って」
部屋の端、五月雨が半紙で紙垂を作っていた。
「やり方は……」
「勝手に動画でも見て覚えなさい」
村上は動画で説明しているものを見ながら、半紙を切り、折って、紙垂を作っていく。
「いくつ作るんですか?」
「ここにある半紙全部」
村上はそのまま黙って切り、折って、作り続けた。
五月雨は出来上がった紙垂を麻紐につけていく。
「……酒」
「酒?」
「日本酒を買い忘れたわ。そこの冷蔵庫に入ってる?」
村上は紙垂を作る手を止めて、部屋の冷蔵庫を開ける。
何も入っていない。それどころか、冷えてもいない。
村上が首を横に振ると、五月雨は言った。
「買ってきて」
「どれくらい?」
「量はわからない。買える最小サイズでいいわ。ワンカップでも構わない」
村上は、そのまま部屋を出て酒を探す。
ホテル内の販売機を探すが、ビールはあるのに日本酒が見当たらない。
ホテルを出てコンビニに向かった。
スマホで見ると近かったのに、結構歩く羽目になった。
酒を見つけ、小さいものを手に取ると買った。
会社の経費で落とせるのか、悩みながらも会社名の領収証をもらう。
ホテルに向かって歩きながら、車で動けばよかったと後悔する。
ようやくホテルに戻ると、村上は部屋に入った。
「……」
麻紐に紙垂が垂れ下がり、中心に祓串が置いてあった。
だが五月雨の姿は見えない。
代わりにというか、シャワーの音がする。
状況から五月雨がシャワーを浴びているに違いない。
村上は出てくるまで待つことにした。
「ギャ!」
思わず村上は振り返った。
「!」
村上の目に、完全な裸の五月雨が映った。
「バカッ、見んな!」
村上は目を閉じて俯く。
「そこの白衣を持って掲げて」
「びゃくえって、どれですか!?」
「だから見んな!」
村上はまた目を閉じて俯く。
「そこにいたら見れないですよ、お風呂に引き返してください」
「着替えはこっちにしかないんだから!」
「とにかく、一旦下がって!」
五月雨がバスルームに戻ったのを音で確認すると、村上は目を開けた。
ベッドに放り出している真っ白な着物を手に取り、バスルームに持っていく。
「これ受け取って」
「だから無理だって。こっちの床はびしょびしょなんだから」
裸の五月雨が見える。
村上はすぐに目を逸らす。
「そのまま持ってて、すぐに羽織るから」
「じゃ、早くしてください」
村上は目を閉じ、着物を体の前に掲げるように持った。
裸の五月雨が出てくると、着物に袖を通そうとする。
「ちょっと下げて。手が届かない」
村上は目を閉じたまま着物を低く下げた。
「はい、いいわよ」
村上は目を開けた。
五月雨は白い帯をつける最中だった。
「……着付けなんて、一人でできるんですか?」
「これは簡易的なものだから、すぐできるわよ。せっかちね。本格的なものだって、昔の人は一人で着たんだから。一通り、私も知ってる」
「なんで急にこんなことを」
帯を締め終わると、五月雨は村上の方を向いた。
「これから戦うから、清めておかないと」
「時間を言ってもらえば、待ってから入ったのに」
「いいじゃない。女の人の裸を『無料』で見れたんだから」
村上はさっきのことを思い出して、顔を赤くした。
「見たい裸ならともかく、そうじゃないのもあるんです」
「セクハラね。鈴木さんと違って魅力的な体じゃないって、暗に言った。知っているのよ、鈴木さんが近くにくると、あんたが股間を硬くしてること」
「なっ! なんでそんなことを言い出すんですか! そっちこそセクハラですよ」
村上は五月雨に背を向けた。
「今ごろ私の裸でボッキしてる事実に気づいたの?」
「違います!」
「ほら、始めるわよ」
村上が振り返ると、五月雨はベッドの上に『ちょこん』と正座し、祓串を持っていた。
「ど、どうすれば」
「五芒星の外にいて、お酒を開けて、そこにある小さい皿にちょっと注いでおいて」
村上は支度をした。
五月雨は自らのタイミングで清めの儀式を始めていた。
初めは『祝詞』のように聞こえたが、途中から調子が変わって『読経』のようになっていた。
エアコンの風ではない何かで、五芒星の形に張ってある麻紐の『紙垂』が揺れ始めた。
紙垂の揺れは、五芒星を指でなぞったように、順番に移っていく。
村上はきっと五月雨が心の中で五芒星をなぞっていて、それの通りに紙垂が反応しているのだと感じた。
五芒星を描き終わると、紙垂の動きが止まった。
「……」
五月雨が手のひらを上に向けて、横に出した。
村上はお酒を入れた皿をそっと差し出す。
本来なら、皿ではなく『盃』であるべきなのだろう。
五月雨が、形程度に口に酒を含んだ。
村上はもう一度、麻紐の中に入って酒の皿を受け取った。
五月雨が、何度か深く頭を下げる。
徐に頭を上げると、五月雨は村上を振り向いた。
「終わりよ。残りのお酒を持ってきて」
村上は皿を差し出すと、五月雨は言った。
「そっちよ」
小さな小瓶を奪うように手に取ると、そのまま口に流し込んだ。
「えっ? これから戦うんじゃ?」
「これくらい大丈夫よ」
そう言う五月雨の顔は赤くなっている。
「そもそも日本酒ってそういう飲み方しないし」
「好きに飲めばいいのよ。決まりなんてクソ喰らえ」
「さっきまで決まった形の『清めの儀式』をやってたでしょ?」
村上は空になった酒瓶を渡された。
「あれは私が独自に考えたのよ。自らの力を最大限に引き出すために」
「戦いってどこかにいくんですか?」
「行く行く。あんたもここに吊ってある紙垂を持てるだけ持っていくといいわ。何かの役に立つから」
村上は言われるがまま、半信半疑で麻紐から紙垂を外していく。
五月雨はベッドの上に立ち上がる。
酔ったのか、ふらっとバランスを崩し、足を踏みかえる。
村上は支えようと手を広げた。
「だ、大丈夫ですか?」
「私は『飲んじゃった』から車は運転できないっと」
五月雨は真っ赤な顔に満面の笑顔を見せた。
「超ご機嫌ですね」
「準備ができたら出発よ!」




