出張
翌日。
五月雨は村上に業務アプリのチャットを使って、メッセージを送った。
『最初の事件の日のことを陰陽道で調べてみたら、やっぱり百鬼夜行があったのよ』
村上は、何故五月雨がこのメッセージを送ってきたのか分からなかった。
『見たでしょ?』
続けて送られてきたメッセージも、わからない。
何を見たのだろう。
村上は困惑した。
『何で何も答えないの? ま、どうでもいいけど、さっさと出張稟議書きなさい』
「えっ!? 出張?」
村上は、耐えきれずそう声に出してしまった。
明後日、金曜日に残業すると言っていたのは、このことなのか?
すると課長の方から反応がある。
「村上くん、五月雨先生から話は聞いている。許可するからすぐ稟議書きなさい」
「私も出張……」
鈴木が立ち上がりかけるが、五月雨が彼女の後ろに回り肩に手を置いた。
「あなたを危険な目に合わせられない」
鈴木は、置かれた手に頬ずりした。
しばらくそうした後、キッパリと言った。
「わかりました」
鈴木はパソコンに向き直ると、仕事に戻った。
全員が普段通りの業務に戻り、村上は出張稟議を書いて提出した。
その日の仕事が終わると、村上は会社を出た。
会社近くの牛丼チェーン店で食事をすると、電車に乗った。
最初は混んでいた車内が、主要駅を過ぎて人が減ってきた。
「……」
村上は見られている感覚に振り返る。
何も特別なものはない。
吊り革に捕まっている会社員風の男。
たくさんの紙袋を抱えた男。
スマホで髪を整えている男。
村上は気のせいか、と思い直す。
最寄駅に着き、電車を下りる。
村上の頭を、ふと『鬼』と言う言葉がよぎる。
だが、どこを見ても何も感じない。
殺気も、気圧される感覚もない。
視線のような、妙なものだけがある。
村上は自宅マンションの入り口で、突然振り返る。
だがそこには闇があるだけで、何も見えなかった。
村上はそこで、これ以上考えることをやめた。
翌朝。
いつものように会社にいく支度をし、出張のために準備したバッグを併せ持つと、マンションを出た。
「……」
見られている感覚があったが、村上は慣れてしまった。
新幹線に乗るために、いつもと違う電車に乗り、途中駅で乗り換える。
目的の新幹線の車両に乗り込むと、村上は声をかけられた。
「おはよう」
「五月雨さん、おはようございます」
「席はそこの並びよ。あ、私、窓際でいいかしら? 富士山みたいし」
村上は五月雨の言葉を聞いて、微笑んだ。
「いいですよ」
二人を乗せた列車が動き出した。
西へ向かっていた。
ある地方都市。
列車の中で買っておいた弁当を昼に食べ、目的の駅に着く頃には夕方が近づいていた。
その地方都市にある支社に二人は入った。
「榊原課長に連絡して」
村上は言われた通りに連絡を入れた。
『そうか無事についたか。頼んだぞ』
「課長、五月雨さんが何をするのか聞いてるんですか?」
『いや、何をするのかまでは聞いてない』
村上は課長に聞こえないようにため息をついた。
「夕方まで、しばらくこちらの支社で仕事しますので」
『わかった』
村上と五月雨は、旭陵ホールディングスの支社にある打ち合わせ室を借りて、しばらく作業した。
「そうだ、昨日からずっと変な気配を感じてたんです」
「……どんな?」
「いうなれば視線、ですかね」
五月雨が村上を見つめるが、首を捻るだけだった。
「何も感じないわね」
「そうですか? 鬼なのかと思ってました」
「存外、そう言うのは人だったりするんだよね」
今度は村上が首を捻った。
五月雨はスマホで時間を確認する。
「そろそろホテルに入りましょうか。支度がいるわ」
「えっ、支社に寄った意味は?」
「大丈夫、もう済ましてあるから」
村上は五月雨が支社長と話しているところを思い出した。
ただ単に挨拶をしていたわけではないと言うことか。
「すぐ片付けます」
「レンタカーも借りてるわよね?」
「ええ」
村上はノートパソコンなどをしまうと、支社の人間に挨拶をした。
二人は予約していたホテルへ向かう。
ホテルのロビーで村上は、自動受付システムを操作する。
「あれ?」
「さっきからずっと何やってんの? 時間かかり過ぎ」
「いや、予約内容が変なんです。ちょっと人を呼んできます」
村上は、フロントの人とずっと話し込んでいる。
何かトラブルがあったようだ。
五月雨は村上に声をかける。
「いったいどうしたの?」
「えっと、二部屋予約したはずなのが一部屋になっていて、しかも満室だから今から追加はできないって」
「今どき、アダルト動画ぐらいでしか見かけないシチュエーションね。今から別のホテルってのも大変だから、いいわよそれで」
村上は驚いたように口を開けていたと思うと、
「ア、アダルト動画とか見るんですね?」
五月雨は周りに気づかれないよう村上の足先を強く踏んだ。
「ぐっ……」
チェックインをすると、二人は予約していた部屋に移動した。
「どのみち、部屋には長くいないし、私の部屋か、村上の部屋か、どちらかに集まってやらなきゃならないこともあるんだから、結果としては一部屋でもいいのよ」
「なら、最初から」
「最初から一部屋は話が違うでしょ!?」
村上は思った。
女心について、俺は一生理解できない、と。
「さあ、儀式をするからこれからホームセンター行くわよ」
村上はスマホで時刻を見る。
まだ夕方なので、ホームセンターも営業しているだろう。
二人はレンタカーに乗り、ホームセンターに向かった。
村上は、糸やら紙やら、突っ張り棒などなど、五月雨に言われるままカートに突っ込んでいく。
「ハンディライトは入ってる?」
「……あっ、入ってないです」
「もう! 探してくるからここで待ってて」
カートに手をかけたまま、村上はじっと待っていた。
すると、ここまで感じていなかった視線を感じた。
首をゆっくりと動かしながら、視線を広げた。
村上が探すと、その視線の感じは消えてしまった。
「見つけてきた」
「すみませんでした」
「さあ、ホテルに戻るよ」
会計をして、購入品を車に乗せると、二人はホテルへと戻った。




