36.パラス様という人は
パラス様の言葉を聞いて、捕らえられた彼女をもう一度よく見る。
その姿に見覚えは――――今のところ、ない。
「ありませんね」
「ありがとうございます。念のため確認していただきたかっただけですので」
そうして、何事もなかったかのようにまた階段を上る。中庭を抜けたところで、比較的小さめの客間に案内された……かけられているのは、防音魔法か。
「大した話ではありませんが、貴方にもお伝えしておきたくて」
昨日と同様穏やかな笑みを浮かべて、運ばれてきた紅茶を飲むよう促される。昨日と同じ、レモンティーか。
「そちらの国ではなりを潜めているようですが……こちらの国では、反聖女派の声が少しずつ大きくなってきていまして」
国が上向いてきた今だからこその困難がある、と昨日アテナ様も言っていた。こちらの国も前王時代に反聖女派の動きがあって国が危うく傾きかけた経過がある。
「アテナ様も毒殺されかけたことは今回だけではありませんし」
「昨日の……レモンティーですか?」
「ええ」
慎重にパラス様が確認されていたカップ。あれにもしかしたら何かがあって――俺達が気付く前に何かしていたのかもしれない。思い返してみれば、アテナ様が食事をされるときは、大皿形式で取り分けもアテナ様を中心として行っていて。今朝は席次ですら変わっていた。
「他国の王族もいる中で手出しはしてこないと思ったのですが……安直に他国の聖女も暗殺できる機会と捉えられてしまったようですね。大変申し訳ありませんでした」
「いえ、未然に防げたわけですから」
その上、生かして捕らえることができている。案外と、聖女と護衛騎士だけの話の場は、そうした者をおびき寄せる好機と捉えていたのかもしれない。どこまで考えていたかが分からないが……。昨日の時点では傍に控える穏やかな従者のようであったのに、さすがはアテナ様の伴侶と言うべきか。
「ただ、あの者は使い捨ての駒でしょうね。情報もそれほど与えられているようには見えませんでしたし」
確かに、あの風貌からしてもそのようには感じないが……今のところ、見覚えはないが。伝えるべきか、否か。
「フィー様は、どう思います?」
先見のことまで気付いているわけではなさそうだが――――その眼光に、嘘はつけそうにない。
「彼女は、このあとどうなりますか?」
「そうですね。聖女の毒殺は未遂とは言え重罪です。死罪か、よくて追放ですね」
「彼女の年齢は、確認されましたか?」
メイド服を着て忍び込めるほどの年齢ではあるが、それがもし、15歳以下であるならば。
「年齢によっては……死罪の適用は難しくなりますよね」
「……そうですね、まして女性です」
罪が軽減されれば――――生き残る可能性はある。
「となれば、追放も種類によっては」
「ええ。穴へはできなくなりますし、鞭打ちですら難しくなるかもしれませんね」
リュオールの罪人への裁き方についてはそこまで詳しくはないが、穴への追放……生き埋めや鞭打ち後の追放ですら難しくなるならば、もう一度反聖女派に戻って、何かを成すこともできるだろう。
そして、"今のところ"は見覚えはないが。
「そうした価値観でそのまま育てば、脅威にはなり得るかと」
「価値観は、大切ですからね」
紅茶に口をつけて、微笑む。
「子どもならば。必要なのは――――教育、ですね」
レモンマートル。抗菌作用もあるその植物を紅茶にして飲み続ける彼らは。
「敵はどこにいるか分かりませんからね。なかなか気が抜けずお互い苦労しそうです」
それでも、防音魔法のかけられたこの部屋に案内されたということは。俺のことはそれなりに信用してくれているということなのだろう。
「パラス! フィー! 終わったわよ、さぁ視察に行きましょう!」
扉が開けられるとともに、そんな空気を壊すかのような明るい大声が響いた。見れば、アテナ様がリアンの手を引いてやってきたようだ。リアンが体勢を崩しているところを見ると走ってきたのかもしれない。聖女なのに。
「あら、フィー。どこか行ってきたの? 背中に葉っぱが付いているわよ」
「ああ、どこでしょうか」
「待って、取ってあげるから」
アテナ様が俺の背に触れようとした瞬間。
「駄目ですよ、アテナ」
声とともに、伸ばされた手でアテナ様の腕は止められ。
俺についた葉はあっさりと彼のもう片方の手に収まった。
「こうした時は俺に任せてください」
取っていた腕から手を滑らせ、彼女の手を握るようにして口元に持っていき、そのまま口づける。
リアンは真っ赤にした顔を逸らし、こちらと目が合ってしまった。なんとなく気まずくて、俺も頬に熱が集まる。
「案外と……情熱的で、いらっしゃるんですね」
なんと言っていいか分からず、そんなことを言うと。
「敵はどこにいるか分かりませんからね」
大人しくなったアテナ様を満足そうに見た後で、唇に人差し指をつけてこちらを見る。
パラス様という人は。
なかなかに、つかみ所のない人だった。
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