35.愛と幸運を、貴女に
「いらっしゃい。下手な作法は要らないわ、さぁ、座って座って」
部屋に入ってもアテナ様は先ほどと同じように、少々強引に、けれどこちらが気遣うことのないよう招き入れてくれた。横にはパラス様も控えている。
「先ほど食事したばかりだから、お茶だけでいいかしら。もし緊張して食べられなかったのなら、何か出すから遠慮なく言って頂戴」
アテナ様が話している間にパラス様が毒味されている。視線もカップに走らせて――――えらく、慎重だ。
「どうぞ。この地方のものだけれど、比較的飲みやすいものを選んだつもりよ。でも好みがあるでしょうから、飲んだら感想を教えてくれる?」
「いただきます」
これは……レモンティーか。安定した味に爽快感がある。
「レモンマートルも入ったスペシャルティーですか? 香りがすごく良いですね!」
「ええ、私もこの香り好きなの。気に入ってもらえて嬉しいわ」
笑みを絶やさず、楽しそうに話されるので、自然とリアンの表情も和らぐ。
聖女としても――――常にこのように国民と接しているのだろう。
「飲みやすくて美味しいです。ね、フィー」
「ええ。レモンマートルもこの地で育てられたものですか?」
「そうよ。滞在中に見に行ってみても良いかもしれないわね。近くに行くとこの香りがしてとても気分が良いの」
「こちらの国にもたまに入ってきて、料理で使っているんです。焼き魚との相性が抜群で」
「あら、そうなの? 嬉しいわ。専門店もあるから案内できるといいのだけれど」
しばらくアテナ様とリアンが互いの国について花を咲かせ、穏やかな時間が過ぎていった。俺も、パラス様もここでは多少話題に加わるくらいで、紛い物の聖女であることなど、アテナ様は何一つ気にされていないようで。
「ところで、リアンは代理制度で聖女になったと聞いたけれど」
一気に核心を突いてきた。リアンは、それにも動じず答える。
「ええ。叔母で前聖女のヘレン・セーデルクヴィストの急逝により聖女を務めています」
「そう。それは」
アテナ様は席を立ち、リアンのすぐ側まで移動して。
「敬服するわ。リアン・ペリアーナ様、貴女の並々ならぬ努力に、尊敬の念を」
そっと、その身を抱いた。
その言葉に、態度に。リアンだけではなく自分も固まってしまう。
「あれほどの災厄に見舞われた国の立て直しなんて聞いたこともないもの。私が想像するだけでも容易いことでなかったことは分かるわ。実際は、もっと大変だったでしょう。貴方も」
リアンを抱いたまま、視線がこちらに向く。
「武術大会、魔術大会を総なめにしたそうね。結果を聞いて笑ってしまったわ。それほど……リアンを大切に思っているのね」
その視線は一瞬パラス様に向けられ、閉じて。リアンを話すとともに開けられる。
「改めて言う必要もないけれど、リュオールは友好国よ。国が上向いてきた今だからこその困難があることも知っているわ。いつでも頼りなさい。国も、私も」
リアンはその言葉に最敬礼で応え、すぐに自分も習う。
「私も、国も思いは同じです。アテナ様」
リアンは顔を上げて、アテナ様に笑みを向ける。
「我が国を……支えてくださり、本当にありがとうございます。できることは少ないかもしれませんが、こちらも、いつでも……頼ってください。必ずリュオールの力となります」
その言葉を聞いて、満足げにアテナ様は鼻を鳴らした。
「ええ!」
そうして、再び席について。
「お堅い話は終わりよ。さぁ、次は貴女たちについて教えて頂戴。貴女たちも結婚するの?」
馴れ初め話を強要された。
それから半刻……もう半刻ほど、リアンが話して。困ったようにこちらに振って、また話して。話して。
「申し訳ありません……。アテナは、恋物語が、その。非常に好きなんです」
パラス様の耳打ちの後も。
しばらく、アテナ様は吸収するかのように俺達の話を聞き続けた。
◇ ◇ ◇
翌日の食事も、大皿形式でアテナ様達と取ることになった。今度は……席次も昨日とは違う。
「リアンは私の隣ね。フィーはリアンの隣でいいわ。パラスはこっちで、それから――――」
アテナ様がテキパキと皆を座らせていく。食事の取り分けまでしてくれるのでこちらが行おうとしたところ、リュオールの姫君であるセレーネ様に苦笑して止められた。どうやら、こちらがやることの方が不敬となるらしい。
そうして、アテナ様を中心に賑やかに、和やかに食事が終わったところで。
「フィー様」
パラス様に呼び止められた。聖女のお勤め中で、自分と同じくパラス様も時間ができたらしい。ベンチで話でもするのかと思ったら――――中庭を抜けて、城外へと続く道へと進んでいく。
「申し訳ありません。貴方にも話を聞いていただきたくて」
そこから、階段を降りて地下へ。独特の静けさに黴の匂い。不穏な空気に剣に手をかけたくなるが、他国では不敬とも取られるか。堪えて表情を崩さないように進んでいく。
「今朝、捕らえた者です」
檻の向こうの彼女は、メイド服を着ていて、一見貴族が行儀見習いにでも来たのかと思えるような風貌をしている。
「反聖女派の者でした。見覚えはありますか?」
問いかける彼からは。
昨日の夜のような穏やかさは、消え失せていた。
お読みいただきありがとうございました!
久しぶりの更新でしたが、読んでいただけて嬉しいです。ありがとうございます。




