34.リュオールの聖女
隣国であるリュオールへ着いて、一番驚いたのは食事だった。
「どうぞ、遠慮なく召し上がってください」
「嫌いなものはありませんか。あれば正直に仰ってくださいね。他のものもありますから」
食卓には様々な種類の料理が並び、こちらの国の伝統料理や生の魚を使った料理まで並んでいる。量も多い。
「マメ……ガラスマメがないと不安になってしまいます」
「落ち着いてください聖女様。あそこに豆料理があります。ひとまずそれを口に運んでから、おなかいっぱい食べましょう」
とはいえ、最近ようやく一日二食になったばかりの俺達への刺激は、大変申し訳ないが到着時の歓待よりも大きかった。俺達と同じ食事か――それよりも少ないかもしれない国民のことを考えれば。
「聖女様、美味しくいただかないのは無礼ですよ」
考えを巡らせ、固まっていた彼女をヴィルヘルム様が鼓舞し、ようやく食事会が始まった。
到着後すぐではお疲れだからと、晩餐会は明日に予定されているようだったが――――気遣ってもらえて良かった。この規模よりさらに多くの食事がいきなり用意されていたら、リアンが目を回してしまうところだった。
「しかし、聖女様のお力は素晴らしいですね。復興がこんなに早く進むとは」
「いえ、リュオールの皆様の支援があってこそですよ。食糧支援だけでなく、人員派遣もしていただいたことで作物も収穫できるようになりましたし」
「そうそう、第三王子のアルフレッド様のことは聞き及んでおりますよ。あの魔術式は――――」
基本的にはヴィルヘルム様が受け答えしてくれるので、リアンも安心して料理を口に運ぶことができる。料理は順に出てくるのではなく、大皿で並べられて取っていく形式らしい。なんだか大家族のような……リュオールではこの形式が普通なのだろうか。
と、リアンと目があった。チラチラとこちらを伺ってはいるが、さすがに自国とは違って護衛やメイドと一緒に食事を取ることはできない。俺ができることといえば、傍に控えて気遣うことくらいだ――――くらい、なのだが。
「あ、これ美味しいわよ。パラスも食べなさいよ」
「いや、あの。自分で食べますから……」
「もう取っちゃったからいいでしょ、はいどうぞ」
恋愛的というよりは餌付けにも感じるような行動が目の前で繰り広げられている。こういうときは、目のやり場に困るという表現を使った方がいいのだろうが……どちらかというと、あまり見ない光景にどう反応していいか困ってしまう。
「あら、リアン様の護衛騎士が立ったままじゃないの。早く座って座って。ほら、他のみんなも。椅子が無駄になっちゃうじゃない」
「ええと……我々は、聖女様方の護衛であって」
「まあ、食事をしながらでは護衛ができない者達ばかりなのかしら」
「アテナ様、そんなに押しつけては……」
「いいこと、この国で一番偉いのは私でしょう? 客人といってもリュオールに入った以上は私に従うべきよ」
言いながら立ち上がって、取り出した扇子をこちらに向ける。
「食事はみんなで、楽しく! 美味しく!」
言って満足したらしい彼女は、ストンと腰を下ろして肉料理に口をつける。その所作は優雅であるのにどことなく豪胆さも感じて、目を奪われる。まるで、彼女から目を離すことを許されないかのように。
これが――――この国の聖女か。
「そういうことですから……皆様も一緒に召し上がってください」
国王から最初そう言われたときは社交辞令だと思っていたが、聖女命令だったとは……。王族から何度も促されては断ることはできない。皆が用意された椅子に腰掛け、俺はリアンの隣に案内された。リアンは少し嬉しそうだけれど。
「ほら、遠慮しないで食べなさい。貴方も。あら、貴方魚が苦手なの? ちょっとそっちからそれとって。あ、違う。その隣の」
緊張してなかなか食べることができないこちら側を気遣う聖女にまた気後れしてしまうが、彼女があまりに自然にするものだから、次第と皆慣れて、気が抜けて。笑顔も出るような、彼女の望む食卓へと変わっていった。
「ところでリアン様……聖女同士対等だからリアンでいいわね」
「はい! アテナ様」
「こっちもアテナでいいわ。で、そこの彼が貴女の恋人なの?」
唐突な言葉にフォークを落としかけた。隣を見れば、リアンも頬を染めてこちらを見ている。俺達のその態度だけで、質問の答えになってしまった。
「いいわよ、ここでは。ただ気をつけなさい。他国ではそうもいかないことも多いから」
確かに。国では周知の事実であるし、ノア様達に許されていたので油断していたが――――他国ならばそれ相応の態度を取るべきだった。
リアンの方を見れば、目を伏せて、膝に乗せた手を握っていた。そんな俺達の様子に目を細めて、アテナ様は言葉を続ける。
「まあ、私もパラスと結婚してるし」
「えっ!?」
今度こそフォークを落とした。メイドに謝ろうとすれば、逆に気の毒そうに見られてしまった。
「ええ。聖女が結婚しちゃいけないなんて理由どこにもないでしょう?」
「いえ、でも。聖女は神様に……」
「でも神様だって各国に聖女がいるじゃない」
それは、そうだけれど。
「私だって、神様も、この国も同じくらい愛しているわ」
胸に手を当てて宣言する彼女は、勇ましくデザートを口に運び。彼女とは違って、横で気まずそうにデザートを口に入れている彼を愛しそうに見つめて、こちらをみて笑う。
「何も問題ないじゃない」
彼女がそう言えば、確かにそうなのだろう。
そう思わせるくらいの威厳に、体が震えた。
「アテナ様は相変わらず豪胆ですな」
「あら、ヴィルに言われたくないわ。それに、このことを調べたのってあの冷徹王子よ」
「ノア様が?」
冷徹王子で通じるのはいかがなものかと思うが、リアンの質問にアテナ様は満足そうに答える。
「ええ。私とパラスとの話が持ち上がった際に、過去にこうした例がないかを調べ上げてくれたのよ」
あの人は、他国の聖女の悩みまで解決したというのか。
「セレーネの件といい、うちが借りばかり作っているようで癪だけれどね」
チラリとそちらを見れば、急に名前を呼ばれたセレーネ様が苦笑していた。ノア王子と婚約破棄をした彼女は、自国の公爵と結婚しており、この食事会の様子だけを見ても幸せに暮らしていることが見て取れる。
婚約破棄については色々と噂されていたが、リュオールが借りだと思っているということは……まあ、あの冷徹王子が上手く動いたのだろう。
「国によって扱いも決まり事も違うから面倒だけれどね。とりあえず、リュオールでは自由にしてくれて構わないわ。ああ、後で部屋にも来て頂戴。もっと話したいわ」
自由奔放な聖女様は、デザートをおかわりしながらそんなことを言う。
「もちろん貴方もよ。フィー・エフィリアグラン」
こちらを射貫くような瞳で、そんなことを。
その視線から逃げるように、デザートのセルニックを口に入れれば。
腹の奥まで落ちるような酸味が、後を引いた。
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