32.子供の仕事
「まさかヴィルヘルム様もご一緒とは思いませんでした」
「護衛としては最強だろう?」
武術大会を総なめにした輝かしい功績を語りつつかっかと笑われる。そのせいかなんだか馬車が暑苦しい。というより、本来ならリアンと一緒の馬車に乗っているはずなのになぜ第二王子とご一緒せねばならんのだろう。
「実は聖女様から苦情が出されていてな」
「ヴィルヘルム様にですか?」
「いや、長兄にだ」
そちらは定期的に出されている気もするが、今更気にすることだろうか。
「フィーの様子が最近おかしい、と」
確かに、先見があって以来リアンとなかなか今まで通りに接することができず、忙しさを言い訳に避けていたような面もある。ただ、いずれリアンの傍を離れるのなら今深く関わっても……離れ難くなるだけだ。
「長兄がフィーに触れ合いでも禁じたのではないかと邪推されていてな」
「それは邪推ですね」
「今まであんなに抱きしめてくれていたのにと詰め寄られたらしいぞ」
「…………それはさすがに冗談ですよね」
「だったらよかったと私も思うぞ」
リアンは素直で可愛いがそこまでノア様に言っていたのか…………恥ずかしい。
「まあ、私は長兄やアリーほどには気が長くなくてな」
力強い瞳で見られると、射抜かれるようだ。
「何を考えている?」
この質問は、どうやって躱そう。びりびりと張り詰めた空気に、圧倒される。
「俺は…………」
リアンの傍にいたい。ずっと頼っていてもらいたいし笑いかけてもらいたい。この先もずっとずっと、二人でいられたらそれはどんなに幸せだろうか。
ただ、それは俺の勝手だ。
あんなに仲の良かった両親を事故で亡くし、そこにたまたまいた俺にリアンは縋っただけだ。聖女としてリアンが認められて、皆から愛されていく度に思う。
彼女の居場所は、もうできているんじゃないか、と。
自分の隣でなくとも、彼女は笑って生きていける。聖女となった今なら紛い物であれば婚姻も可能なはずだ。特別な力を持った皆から愛される聖女であれば、貴族ばかりか王族から声がかかったとしてもおかしくはない。いつまでも子供の頃の言葉で縛っておける存在ではないんだ。
もし、先見の未来がリアンの幸せにつながるのであれば。
長年与えてもらってばかりだった自分が、彼女の幸せを守ることができるのならば。
その通りに、行動した方が良いのではないかと思えた。それが、前聖女を殺す結果になっても。その結果、自分がこの国にいられなくなるのだとしても。
「そう思い詰めるな」
言って、がしがしと頭を撫でられた。撫でるというよりは振られるような感じだったので少し痛みが残る。
「フィー、子供の仕事はなんだと思う?」
「…………え?」
いきなり違う話題を振られて固まってしまった。子供の仕事、とは。
「大人の仕事の手伝い、でしょうか」
「それもまた一つの答えかもしれんが、大人の仕事なら大人がやればいい」
子供の仕事、子供のみに与えられた仕事。遊ぶことか、学ぶことか。
「大人に甘えることだ」
わたしの考えではあるがな、とヴィルヘルム様は優しく笑う。
「フィーは今年何歳になる?」
「十四です」
「なら、私より五つも子供だな」
すでに成人しているというのに、あっさりと子供扱いされた。ただ、年齢差から見ればそうなのだろう。俺だって、来年成人を迎えるリアンを自分よりは子供だと思っているのだから。
「ということは、私に甘えてもおかしくはないだろう?」
自信満々に言われて思わず吹き出してしまう。ここまでストレートに言われると逆に甘えにくい。
「私とて、大人である長兄には甘えているからな。今日も九割型仕事を押し付けてきたところだ」
「それは……」
ノア様の眉間のシワがすごいことになっていそうだ。近くにいたら八つ当たりされていたかもしれない。
「小難しく考えるな。不安があれば話せ。私ならすぐに解決できるぞ」
本当にそうなんじゃないかと思ってしまえるほど、第二王子は自信に満ち溢れている。
「私が困れば長兄が、長兄が困れば父上達に相談できるからな。上手くどこかで解決できるだろう」
「それは……ヴィルヘルム様が解決したとは言えないのでは」
俺の言葉を聞いてヴィルヘルム様はかっかと笑う。
「その通りだがなフィー。問題なんてどこかで解決できればそれでいいだろう? だから私はいつでも問題を解決できる」
他力本願にも聞こえるそれは、他者を信頼しているからこそできること。
「フィー、お前はどうだ。抱えている問題はすぐに解決できそうか?」
他者を信頼して、甘えて、頼って。そして解決することこそが大切だと、ヴィルヘルム様はそう説いているのか。
「王都に……帰ればすぐに、解決できると思います」
「そうか、ならば良い」
王都に帰って、まずはノア様に打ち明けよう。きっと、あの人ならなんとかしてくれるはずだ。ヴィルヘルム様やアリー様にも話が通れば、良い方法が見つかるかもしれない。それから、心配がいらなくなればリアンにも。
「腹は決まったようだな。では、次の休息地で交代だ」
というわけで、休息地であっさりとリアンの馬車へと戻された。ヴィルヘルム様はこの話のためだけに俺を馬車に呼んでいたらしい。
「ありがとうございました。その、ご心配をおかけして申し訳ありませんでしたが……楽になりました」
「おう。こちらもひとつ嘘をついたからな。おあいこだ」
去り際の謎の一言が気になったが、すぐにリアンが迎えにきたので聞けずじまいのままリアンの馬車に同乗する。
「馬車くらいフィーとゆっくり過ごせると思ったのに、どうしてヴィルヘルム様が取っていってしまうんですか」
「いや、ヴィルヘルム様も気にかけてくださって」
「言い訳する人は嫌いです」
とりつく島もなかった。
「聖女様、すべて俺の不徳の致すところです。ですので」
「リアン」
「え?」
「馬車の中だけでもリアンと呼んでください。そうでなければ口も聞きません」
リアンはリアンで今までの俺の態度にご立腹だ。そうなることをしてきたから仕方がないが。
「分かった。今はノア様もいないしリアンの言う通りにする。……ただ、ノア様に直接ああいうことを言うのはやめてくれ」
「どういうことですか?」
「その、俺がリアンを抱きしめる回数が足りないとかなんとか」
言っていて恥ずかしい。顔が熱くなるのを感じるが、当の本人はきょとんとしていて。
「私はそんなことまで言っていませんが」
「ノア様に直訴したんじゃないのか?」
「フィーの仕事量を減らしてもう少し傍に置いて欲しいとかフィーとお祭りに一緒に行きたいとは言いましたが……」
話がおかしい。と、これまでの話を遡ってみる。
『今まであんなに抱きしめてくれていたのにと詰め寄られたらしいぞ』
『…………それはさすがに冗談ですよね』
『だったらよかったと私も思うぞ』
『こちらもひとつ嘘をついたからな』
ヴィルヘルム様にからかわれただけだった。
「あー……死にたい」
単純に否定しておけばよかった。
「フィー。私にも分かるように、きちんと説明してください」
そしてリアンには怒られたので、恥ずかしい話をまた説明させられる羽目になってしまった。
リアンの機嫌は良くなったので、一先ずはそれでよしとしよう。




