31.約束
先代の王の墓は王家の墓とは別に存在する。
反聖女派に唆され当時の聖女を拐したとされる狂王と名高い先代は、栄誉ある王家の墓に入ることに反対され、こうして郊外にひっそりと建てられた墓に一人眠ることとなった。そして、鎮めるために定期的に王宮魔術師が浄化までしている始末だ。
その後は先代からなるべく遠い分家筋の現国王が即位したわけだが……アリー様が私人としてここへ来る理由が浮かばない。
「顔に出ているぞ、フィー」
祈りを捧げ終わってから、アリー様は年相応に意地悪く笑った。
「私がここへ来た理由が知りたいのだろう?」
「それは、まあ」
単純に気にはなる。
「何のしがらみもなくここへ来てみたいと思ったんだ。一個人として、先代のお気持ちも分からなくはないから」
狂王の気持ちが? 反聖女派と繋がりがあるなら、聖女信奉者たるアリー様からは最も遠い存在だろうに。
「前聖女様と関わりのあることですか?」
ヘレン・セーデルクヴィスト。リアンの叔母であり、急死した前聖女。それと先代の関係性を理解できるということは。
「怖い顔をするな、フィー。私はリアンを誘拐するつもりはない」
「……そこまでは考えていませんが」
俺やリアンを友人として扱うアリー様がそんなことをするとは思えない。
「フィーが案ずるのは無理もない。先代について、王族とそれ以外では違う伝え方をされているようだからな」
「先代の王は、狂王ではなかったと?」
答えはなかった。いや、それが答えか。しかし、だとすれば妙な話だ。本来、王族の悪評などあってはならぬことなのだから、狂王でなければそんな噂が流れていることを黙認していることこそがおかしい。反聖女派に唆された王などという不名誉な称号を背負ってまで隠したい何かがあったのか。
「私は、フィーに話せていないことがいくつかある」
ただ、とアリー様は悲しげに笑う。
「それは、フィーも同じだろう?」
それは、そうだ。
もしかしたら知られているかもしれないが、先見の力のことも城ではノア様以外に口外していない。そして、先見で見た世界に前聖女が出てくること、自分が未来のこの国にいないことは誰にも打ち明けてはいない。
「それでも、私はフィーを信じたいと思う。フィーもリアンも私にとってはなくてはならない友人だ。だからこそ、時がくれば全てを打ち明けたいと、そう思っている」
これでも私なりに調べたり兄上達に掛け合ったりしているのだと胸を張られる。その姿がやけに子供っぽく感じて、自然と笑みが漏れた。それに安心してか、アリー様も微笑まれた。
「だから、フィーも私を信じてくれ」
隠していることを、アリー様と共有できたらどれだけ心強いだろうか。
「王族としての命令ではない。フィーの友人であるアルフレッド・ホーカン・グランフェルトからの頼みだと、そう思ってほしい」
先見の未来は確定ではない。以前とは違い精度も増してきた今では、俺の行動によってより良い未来を掴み取ることもできるようになってきた。
ただ、先見の未来にもし自分がそこにいなかったとしてもリアン達が幸せであるなら、無理に変えようとして失敗するよりは、それでも良いと思えていたのに。
縋りたくなる。
「まだ不服だと言うなら誓いも立てよう。少し待っていてくれ。今、王家の紋を」
王子であるとはいえ、年下にそこまでさせるものではないだろう。何より。
「友人同士で……そんな誓いはしませんよ」
「では、友人同士ならどうやるんだ?」
言って、自分も友人がいなかったので誓いを立てたことがないことに気付く。村の子供達は、どうしていたか。
「……手を合わせるだけで十分かと」
「なるほど」
言って、アリー様はすぐに右手を差し出す。少し迷う気持ちはあったが、その手を取って応えた。
「フィー。今日はありがとう。戴冠の前に覚悟を決めることができた」
祭りを見て、墓へ来て。
アリー様にとって、それにどのくらいの重みがあるのかは分からなかったけれど。
翌日の戴冠式は恙なく進行し、アリー様の成人の儀は無事に終わった。
「エフィリアグラン」
そして、戴冠式後にノア様に呼び出されたかと思えば。
「今日から、その家名を名乗ることを許そう」
王家の剣を肩へと当てられ、家名を授与された。
「エフィリアグランは……」
「この国の設立時に大きく貢献した者の名であったな」
初代の国王の右腕とも評されていた流浪の魔術師。初代国王亡き後はまた旅に出たと言われているが、まさかその名を家名として与えられるとは。
「エフィリアグランくらい貢献せよとの意味がおありで?」
「まさか」
わざとらしく意外そうな顔をした第一王子は、
「先人は、超えるものだろう?」
更なる難題を課した。この王子にどれだけこき使われるのだろうか。考えたくもない。
「早速だが、君に頼みたいことがある」
そして、次の仕事がやってきたようだ。息つく暇もない。
「聖女様とともに、隣国を訪問してきてくれ」
隣国までは馬車で二週間はかかる。聖女としての能力が高まっているから多少離れても大丈夫とはいえ、リアンを外に長期間出す理由があるのだろうか。
「……理由をお聞かせ願えますか?」
「聖女様と君に会ってきてもらいたい人間がいるからだ」
第一王子は、隣国の聖女の名を口にする。
「アリーからの話はその後だ」
時計の針が進む度、先見の未来へと近づいていく。
その日見た先見では、俺が誰かに剣を突き立てていた。
血を流しながらも穏やかな笑みを浮かべるその人は。
前聖女でありリアンの叔母であり、すでに故人であるはずの、ヘレン・セーデルクヴィストだった。




