30.戴冠式の前に
「ディー! あっちにも何かあるぞ!」
偽名に一瞬反応が遅れてしまった。その間にアリー様は次の出店に駆け出していく。
「あれは飴細工か。まるで魔法のようだな! そうは思わないか、ディー」
病弱ながら魔術知識に長け、姿はなかなか見せないものの国民からも少しずつ信頼を勝ち取っている第三王子は。
認識阻害魔法と変装の合わせ技で、前夜祭を満喫していた。
◇ ◇ ◇
話は数日前に遡る。
「いや、無理でしょう」
「そう言わずに」
国王陛下どころかあの第一王子達にも内密で城下の祭りへ行きたい、と言われてもさすがに難しい。
「ナタリー様にはお話を?」
「フィーが首を縦に振るのであればとのことだ」
こちらに投げないで欲しい。どうせ断るだろうと見越して投げられたのだろうが、こちらに責任を押し付けられても。
「アリー様」
「フィーにしか頼めないことなんだ……」
ただ祭りを楽しみたいというだけにしては切羽詰まった様子だ。戴冠式前に何かどうしてもしたいことでもあるのだろうか。
「……ナタリー様に相談させてください」
「フィー!」
「まだ行くと決まったわけではありませんからね」
「ああ、分かっている」
結局根負けして、第三王子の側近であるナタリー様に相談したところ。
「よろしくお願いします」
「良いんですか?」
「ええ、国王陛下からも許可をいただいていますから」
「国王陛下から?」
アリー様は内密にと言ってはいたが。
「さすがに隠してというわけには参りませんからね。アルフレッド様にはこのことは伏せていますが」
それもそうだ。誰にも内緒で出かけられるほど王族は甘くない。国王陛下からの許可をアリー様に内緒にしている理由は親心のようなものだろう。
「では、どうして俺が首を縦に振ればなんて」
「あとは、フィー様のご予定次第でしたから」
何か問題が? とでも言いたげにきょとんと小首を傾げられる。間違ったことを言っているわけではないが……ナタリー様もナタリー様でどこか浮世離れしているな。
「当日の日程表はこちらです。聖女様の警護についてはノア様とも相談させていただきますので」
「ありがとうございます。聖女様の方でしたらこの時間なら問題ないかと……あれ?」
丁寧に組まれた日程を確認すると、城下の視察の他に郊外へ行くことが記されていた。
「ここは……」
「ええ」
一般人はおろか王族も立ち寄ることはない。王宮魔術師が時折浄化に訪れる程度の場所。
「私人として、一度見ておきたいそうです」
先代の王の墓へ、アリー様は行くつもりであるようだった。
◇ ◇ ◇
かくして、城下へと来ているわけだが。
「ディー、あれもまた素晴らしいな……!」
アリー様はただひたすらにご機嫌だった。今度は人形劇に夢中になっているようで、瞳を輝かせながら神が聖女に力を託す様を見つめている。
「世界創造史ですね。人形劇では定番のものかと」
「器用なものだな。一人で何体も動かせるのか……」
魔法を組み合わせて行われるそれは興味深いものだったらしい。アリー様の研究に役立つのならこうした機会も悪くはないように思えた。ナタリー様をはじめ街中に潜んでいる護衛の方々にも同じように映っているのだろう。心なしか視線が温かく感じる。
「こちらでは食べ物の屋台が多いな」
「今回は収穫祭も兼ねていますしね。あちらには芋煮もありますよ。召し上がられてみますか?」
教会が無償で配布しているものなので問題はないと思うが、一応毒見したものを渡す。芋よりも豆が多いような気もするが、まあご愛嬌だ。この豆にも随分と助けられた。
「皆、幸せそうだな」
以前の祭りよりも規模は小さく、金銭的にもそう多くかけることはできていないはずなのに、周りは笑顔で溢れている。未だに復興途中であるとはいえ、こんな祭りが開催できるほどに回復したことが皆を明るくさせているのだろう。
「知っていますか? この豆の功労者はあの第三王子なんですよ」
俺の言葉にアリー様は瞳を細め、
「あの病弱王子もたまには役立つということかな」
そんな軽口で返して芋煮に口をつけた。
アリー様の体調は以前より良くなっているとはいえ、未だに公の場で倒れることも多く国民の前に姿を表すことはなかなかできていない。明日の戴冠式も内々で済ませ、挨拶は国王陛下が代わりに行うことになっている。
国民もその事情や最近の功績を理解していることから特段不平不満は出てはいないものの、アリー様としてはもどかしい気持ちになるのかもしれない。
「役立つなんてものではありませんよ」
この先には、アリー様が最初に回復させた土地がある。そこでは今もガラスマメが青い花を咲かせていることだろう。その恩恵を受けたこの地区は余計に第三王子への信奉心が強いようで。
「かなり、愛されているようですね」
芋煮を食べ終わると、器の底にはメッセージが彫られていた。これだけ多くの器に彫るのは大変だっただろうに。
「俺は好きですよ、第三王子。できれば、友人になりたいくらいには」
軽口に混ぜた気持ちに偽りはない。そんな俺の言葉を聞いて、件の第三王子はシンプルなハッピーバースデーのメッセージを見つめたまま。
「…………嬉しいものだな」
ただ、ただ。
報われたかのように、顔を綻ばせていた。




