69.召喚士がどうとかじゃない。
マルクスの声に、先頭を走る馬にまたがっていたイェソドが止まりつつ振り返る。他の荷馬車も釣られて止まろうとするが、それを彼が制した。
「貴方がたは先に行ってくれ」
言われるままにそのまま離れていくキャラバン。もっともそれも、当初魔術都市に侵入した召喚士達のほんの一部でしかない。その他大部分の召喚士は、アインの襲撃による混乱で散り散りになり、駆けつけてきた警備隊とぶつかり混戦になっていることだろう。
それほどの状況で、自分達だけでそそくさとどこに行こうというのか。そんなマルクスの視線を受けつつ、イェソドは馬車から降りないまま彼らの方へと近づいてきた。
そうして、ティファレッテに呼びかける。
「すまない、ティファレッテさん。あの怪物と対等に戦える精霊は貴方のドレークだけです。こちらには他に、あれだけの力を持つ者はいない。援護しようとしたところで足手まといでしょう。我々は当初の目的を優先し、残った戦力で管理局を占領する。今ならまだ間に合う」
その言葉に、マルクスは思わず声を荒げた。
「管理局を占領!?どういうつもりなんだ君ら!」
彼の当初の目的は、都市を襲撃する召喚士達の目的、そしてティファレッテがそれに関わっているのかを知ることだった。それが、このような形で達成されてしまった。
しかし、まさか管理局の占拠。そんな大それたことをしようとしているとは。
そして、ティファレッテもそれに参加している。一番恐れていたことが現実になっていた。
一体何故?
そんな疑問を投げかけることもできないマルクスに、当人であるティファレッテが事情を説明する。
「精霊召喚術を禁忌に指定して封印するんです。召喚術は精霊達の力を無理やり行使し弱めるものです。このままでは精霊は消えてなくなってしまう」
「……どういうことだ」
「短い時間ですぐに説明できません。でも、その、これはゆくゆくは千年先の精霊達のためになることなんです。彼らの存続に―――生きているかいられないかにまで関わってくることなんです」
「っていうことは、これはつまり全部……」
「精霊を守るためなんです。マルクスさん、分かってください」
「……」
そう語るティファレッテの眼には固い決意が見えた。もう、初めて見た時の気弱な田舎娘の顔ではない。この短い間に、彼女は一端の召喚士になってしまった。
そんな彼女が説明した、今回の襲撃の目的。詳しいことは結局分からないが、それでも、彼女達がやろうとしていることにも、それなりの理由があるのだろうということは察せられた。
だというのなら、この襲撃を止める必要はあるのか?
見たところ、戦いによる死者は未だ出ていない。ゴーレムが損傷し、ホムンクルスが可動不可になっているのは見えたが、それだけだ。
今からならまだ、彼らを受け入れ、その要求を飲むことだってできるのではないか。管理局にも。
そんな逡巡がマルクスの脳裏を過る。
が、そんな時だった。彼の傍らで、かすかな声が聞こえた。
ウンディーネの声だ。マルクスの創造物であるオウル、そのオウルが召喚した精霊。
「そのようなこと、していいんですの?」
「ニル?」
ニルの身体はかすかに震えていた。それはどこか、風に煽られた水面が揺れるような印象だった。
彼女もティファレッテの話は聞いていた。が、その全てを理解できたわけではないだろう。ニルは召喚術の弊害がどうだとか、精霊の存続がどうだとか、そんなことを抜きにしてただ一点あることに対してだけ恐れ、嘆き、そして憤りを抱いているように見えた。
「精霊とヒトが戦ってるなんて、……こんな、こんなこと、ひどいですわ。どうしてみな様はこの光景を見て平気な顔ができるんですの?」
その声を聞いて、思わずマルクスは背後で繰り広げられている戦場の光景に振り向いた。
肉体の再生を完了したホムンクルスのアインが、再びオウルに襲いかかる。それを、ドレークと二人がかりで迎え撃つ。ありとあらゆる手段を使ってその身体を破壊され、その度にすぐさま組織を再生させながら、怪物はオウル達に致命傷を与えようと異形の身体を駆る。
そこからやや離れたところでは、逃げ遅れた召喚士と精霊達が警備隊のホムンクルスと戦っていた。とはいえ、それは戦いというにはあまりに乱雑なものだった。
ホムンクルスが一体動けなくなれば、逆に精霊も一体身体を破壊されて魔力へと転じ散っていく。
飛び散る血しぶきもない。ともすれば断末魔の悲鳴だってあがるわけではない。
だがそれは、紛れもない戦いの光景だった。こんなものを平然と見ていられる者など、誰がいようものか。
ましてや、ニルは彼らと同じ精霊だ。必死になって迫りくる脅威と戦い、それも叶わず消えていく精霊の苦しみは、所詮ただのヒトでしかないマルクス以上に分かるのだろう。
そうだ、彼女だ。イェソド達の事情や、ティファレッテの意思。それも大事だ。
だがそれ以上に、まずは彼女だ。
迷っていたマルクスの胸中が、ひとつの方向に進路を定めた。彼はニルの湿った水の肩に手を置いて呼びかける。
「……ニル。そうだ、君だ。君はこの戦いを見てどう思う。どうしたい」
「こんなこと、すぐにでも止めなければ」
ニルははっきりとそう応えた。
それを聞いたマルクスも、大きく一度頷いた。
が、それにティファレッテが慌てた様子で割って入る。
「止めるって、まさかわたしたちもですか?管理局の占拠を阻止しようと」
「そういうことだろう」
ニル本人の代わりにマルクスが応える。ニルもそれに頷く。間違いないようだ。
「そんな……。先程の話では、やはりまだ分かりませんでしたか。このまま召喚術というものが学問として定着したままでは、精霊達の力は少しずつ弱まっていく。誰かがどこかで、召喚術そのものをなかったことにしなければ、いつか彼らはこの世界で生きていくことすらできなくなるのです。
そうです。わたしたちヒトと精霊の交わりなんて、最初からなければ―――!」
思いつめた様子で言葉を続けるティファレッテ。
それに、ニルはただこう言い返した。
「わたくしはヒトに呼ばれて、ヒトと関わって、あの絵を観て、芸術を、文化を知りました」
「え?」
「その時の喜びを、『なければよかった』などと言わないで」
「……」
ティファレッテは言葉を失った。
周囲に重苦しい沈黙が流れる。ただ、離れたところから怪物の唸り声と、燃え上がる炎の音が聞こえてくるばかりだ。
その沈黙を破ったのは、マルクスと、そして今まで黙り込んでいたエアリィの声だった。
「ニル」
「あの」
二人はほぼ同時に声をあげた。おもわず『何事かと』顔を見合わせる二人だったが、しばらくマルクスの顔を眺めていたエアリィが、何かを察したように身を引く。
「どうぞどうぞ。貴方からどうぞ」
「あ、そう?」
申し訳なさそうに頭を掻いてから、マルクスは改めて言った。
「ニル。君の言葉を聞いて、この戦いを止めて、何もかもなかったことにできる方法をひとつ思いついた。上手く行く確証はないけど、何もしないよりはマシだと思う。
そしてそれに―――」
「私もお手伝いします」
エアリィが続いた。




