70.戦いを終わらせるぞ!
エアリィのその言葉は、イェソドとしては信じがたいものだったのだろう。
しかし同時に、彼はそんな言葉を聞くことをどこかで予感していたのかもしれない。わずかに顔を俯け表情のない顔で地面を眺めた後、その視線を上げて焦燥にかられた表情を相棒の風精に見せる。
「そんな……。エアリィ、君は」
「イェソド。私は貴方のこと好きだし、今まで考え方も合っていた。でも、私だって精霊として呼び出された今なら、自分の意思がある。こういう時だっていずれは来ると思っていた。
初めて、貴方と意見が食い違ったわ。やっぱり私は、今召喚術を封印するべきじゃないと思う。まだ、何か方法があるかもしれない。この襲撃はやっぱり時期尚早よ」
「……」
「自分が私の意見を口にするのがそんなに許せない?貴方にとって私は、便利な外付けの魔術装置でしかなかったの?」
エアリィのその言葉は辛辣なものだったが、それを口にする声音には嫌悪も敵愾の意思もなかった。そんなことはないということを、分かった上で言っているのだ。
「違う。……違う。僕だっていつかは君と異なる考えをぶつけることになると思っていたし、実際そうなっていっそ嬉しくも思う。
でも、よりによってそれが今、この時だなんて。どうして」
それだけ言って、イェソドは再び顔を伏せる。それ以上は何も言わなかった。それはつまり、彼女の意思を尊重するということだった。
エアリィは改めて、マルクスの方へと向く。
「名前は存じ上げませんが。魔術師さん。その方法というのを聞かせてください」
彼らのやり取りを聞いていたティファレッテはしばらく呆然とした顔を浮かべていたが、少しずつその表情は落ち着いてきた。どこか、胸中に凝り固まっていた澱が洗い流されたような、満ち足りた顔をしていた。
エアリィとイェソドが話し合っている間、彼女は水精のニルの方へと呼びかけていた。
「ニルさん」
「は、はい」
「ドレークも。さっきあなたが言っていたことと同じことを考えてくれてるのかな」
「それは……。さぁ、どうでしょう?あの方のことはティファレッテさまの方がよくご存知なのではあれませんこと?」
その応えを聞いて、ティファレッテはハッとした。わずかに眼を見開いて固まってしまう。
やがてその眼にじわりと雫を滲ませながら、彼女は自分でも知らず知らずのうちに、言葉を紡いでいた。
「……今思い出した。わたし、ドレークのこと何も知らない。わたしのことも何も教えてない。彼のこと、戦うための道具にしかしてあげられなかった。本当は……、本当は友達になりたかったのに」
それは、後悔の吐露だった。嗚咽混じりの言葉をしばらくじっと聞いていたマルクス。
だが、いつまでも彼女を泣かせているわけにもいかないだろう。できることがあるというのなら、それは迅速に行わなければならない。
「ニル、エアリィ。改めて方法を伝える。ティファレッテは―――君が選んだことだ、ドレークの戦いを見守っていてくれ。戦いを止めるにしても、その間あのとんでもホムンクルスのことは食い止めなきゃならない。他の召喚士と精霊も警備隊とぶつかってるみたいだが、なんとか持ちこたえている。上手く逃げ切った人達もいるみたいだ。俺のオウルか君のドレークがどちらかが完全にやられたら、無事な精霊も追われて皆殺しにされる。それは防がなきゃならない。お腹の負傷はまだ平気だな?」
そのマルクスの呼びかけを聞き、ティファレッテは目元に滲んでいた涙を拭い去った。
「分かっています」
「イェソドさんは、ここから離れた方がいい。もし俺達の邪魔をしないっていうなら、ゲブラー医院とどうにか連絡が取れないか試してみてください。しかるべき後にこちらでティファレッテの応急処置は行うけど、その後に緊急搬送する用意はできていた方がいい。お願いします。それが済んだのなら、お仲間の召喚士と合流して管理局を占拠しにいけばいい。
その代わり、貴方がたがやろうとしていることをする前に、ニル達がその鼻を折らせてもらうんであしからず」
「あ、あぁ」
イェソドとしては、うわ言のような声をあげながら小さく頷くことしかできない。
そのままマルクスはニルとエアリィに口早に何かを説明しはじめていた。ティファレッテは、泣いてわずかに腫れた眼で戦場を見据え、自らの相棒の戦いを見守っている。
精霊の力の源は自然に対する畏敬だ。それは、召喚者自身からのものも例外ではない。召喚者が自らの精霊の姿を見据え、その力を信じること。それができるかできないかでも、精霊の能力は大きく変動する。だからこそ彼女は自分のあばら骨を折られてもなお、この戦いから逃げ出さず向き合おうとしているのだ。
そんなティファレッテに見守られながらドレークは、そしてオウルは敵対するホムンクルスアインの身体を徹底的に破壊し続けている。それは一方的な殺戮のようにさえ見えたが、対するアインの肉体は常に再生を続けている。その手を少しでも緩めれば、逆にオウル達の方が殺されるだろう。
そして、イェソドにできることは。
今、やるべきことは?
「僕は。僕、は……。僕は何をしているんだ?ティファレッテにも、エアリィにも、何を。何をしてやれた?」
彼はしばらくの間、絶句するしかなかった。マルクスに頼まれたことを実行するために動き出したのも、どれだけ経ってからだったか、もはや彼自身には分からなかった。




