55.亀裂まみれの岩
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イェソドの言う通りだった。魔術師などというものは所詮自らの知的探究心と利益のみを重んじる者達であり、管理局の手でまとめられている魔術都市も決して一枚岩ではない。
都市の一角にある屋敷、その一室。屋敷の主である一人の男が、そこに一羽の鳥が入り込んでいることに気がついた。
「……来たか」
僅かな驚きの後にすぐさま男はその鳥に近づいた。そのまま手で触れられたというのに、鳥は逃げる素振りは一切見せない。
そう。その鳥は魔術により使役されている使い魔だった。そして男は、精霊召喚術の術士が集まるとある派閥の長だった。使い魔である鳥は、男にある情報を届けにきたのだ。
《コンプレス・ワード》という魔術が存在する。魔力を使いごく小さい空間に文字や音声などの情報を圧縮しておくものだ。圧縮された情報には質量などはなく簡単に移動させられる。そのため使い魔を使って運ばせれば、遠方に情報を伝えることもできるのだ。
ゴーレム開発局で魔力通信が試験運用されるようになった以前は、これが遠距離で情報をやり取りするための主な手段だった。
それに、圧縮された空間はそれと分かるように目印をつけることもできれば、逆に視覚的にはまったく判別できないように隠蔽することもできるなど応用も利く。そのため他者に感づかれたくない極秘裏なやり取りを行う際にもこの《コンプレス・ワード》の魔術は重宝した。
そして、これにしてもそうだった。今この男は、他の者に知られるべきではないある情報を受け取っているのだ。
使い魔の身体に纏うように付与されていた《コンプレス・ワード》を開封し、圧縮されていた情報を読み取る。そこに記されていたものは。
「あの若造。いよいよ狂ったか」
男は苦々しく吐き捨てた。
イェソドが計画している魔術都市の占領。それを、彼のもとに密偵として潜ませていた召喚士が報せてきたのだ。
確かに、イェソドの言う通りだった。精霊召喚術自体を妖精の存続に関わる危険な術法だと考え、禁忌にしようと行動する彼をよく思わない者達はいくらでもいた。
彼のことを出し抜きいずれ魔術師として失脚させてやろうと画策しスパイを送り込んだのだが、まさかこのようなことになるとは、男としても予想外だった。
「馬鹿な男だ。自分の身の上をわきまえもう少し大人しくしていれば、分不相応な命位持ちとして囃し立てられながら死ねたものを」
なんにせよ、事前にイェソドの計画を察知できたのは幸運だった。すぐにでも対処しなければ。魔術都市に明確な叛意を持つものならば、容赦する必要もない。早急に奴を始末するべきだ。
とはいえ。
「しかし、そうだとも命位だ。あの男とてなんの理由もなく《恋人》と呼ばれるわけではない。奴らの召喚する精霊が強力であることは、口惜しいが認めるより他にない。
その上、奴の手元には例の“火精の王”までいる。我々だけで始末をつけるのは無理だ。これは、魔術都市の総力をもって迎え撃つしかない」
そうと決まればすぐに管理局にこのことを伝えなければ。そのために男はすぐに屋敷から出た。近い内に、先日のゴーレム暴走以上の戦いが始まる。皮肉なことに、ゴーレム開発局が断りもなく行った“演習”とやらにも。意味はあったということか。
「あの若造め、その名の通りに精霊共の恋人にでもなったつもりか?
『召喚術により世界に偏在する魔力が枯渇し、精霊達も力を失う』……。仮にそれが事実だとして、そんなの一体いつの話をしているのだ?要は我々ヒトの文明が繁栄するその間だけ、精霊が生きていればそれでいいのだ。それならばいくらでもやりようはあるだろうに。禁忌などもっての外だ」
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この前の約束通りに、マルクス達は美術館を訪ね館長に顔を見せた。
そうして彼に案内されて向かったその先は、魔術都市の内外を広く見回す監視塔。その内の一つだった。
遠見の術式装置があるメインルームに足を踏み入れながら、マルクスが何の気なしに口を開く。
「ここも管理局の管轄だろうに、我々みたいなただの魔術師が入っていいものなんですかね?」
それを聞いたオウルが、「あ、そうなんだあ」とあっけらかんな声をあげた。
「そんなところに、ジブン達はこの前勝手に入ったんだ。っていうかジブンあそこの装置に断りもなく触れちゃったんだけど」
「そういうのは言わなくていいの!あの時は例の『やむを得ず~』な案件だったんだから」
「『やむを得ず~』案件多いなあ」
それを聞いて、館長は「ははは」と朗らかな笑みを浮かべた。
「その話はこちらも内密にしておきますよ。それに、私も管理局とは馴染みがありまして、正式な許可はすでに貰っています。なに、昔から何度もやっていることなのですから、慣れたものですよ」
「昔から?」
「ここですね。どうぞニルさん、あの窓の向こうをご覧ください」
ふと立ち止まった館長はそのまま、視界確保用の窓の方へと手を差し向け、ニルにそう促した。
ニルは言われるがまま窓の方へと歩み寄り、その縁からわずかに身を乗り出した。その次の瞬間、彼女は思わず驚嘆した。
「これは……」
釣られてマルクス達も窓に近づく。
「これって」
さすがにマルクスにも、館長がこちらに何を見せようとしたのか察しがついた。
「コクマーが描いた例の、え~っと、……『なんたらかんたら』って絵に描かれているのと同じ景色だ。あの絵はここで描かれたってことですか」
マルクスの言葉に、館長は頷く。
「そうです。『この街の全景が見渡せるような場所はないか』と聞いてきたあの人のために、管理局に頼み込んでここを開けてもらったのです、思い返せばなんとも懐かしい」
この口ぶり。もしや彼は。
窓から身を引いて振り返ったニルに、館長は穏やかな口調で語りかけた。
「ニルさん。貴方が絵画の道を志したその理由を、もう一度聞かせてくださいませんか」
その問いにニルは、以前彼に語った自分の想いを改めて口にした。
「この魔術都市はとても豊かで、賑やかなところです。何かを食べることは素晴らしいことですし、芸術は美しく、人はみな優しい。それはきっと、この街だけではなくて、この世界全てがそうなのだと思いますわ。わたくしは、この世界に召喚されてよかったと思います。
だから、その感謝の気持ちをみな様にお伝えしたい。みな様のことをもっとよく知りたい。そして、みな様のことを知って感じたわたくしの気持ちも、みな様にお伝えしたい。コクマー様が描いた、あの絵がわたしくにそうしてくれたように」
その応えを聞いた館長は少しの沈黙の間に軽くを息を吸って、そうして吟遊詩人が歌うかのように語り始めた。
「それは陽の光が三百余回沈みまた昇りくる、そんな歳月の輪を五十度遡る頃のことです。
私は、コクマー先生のパトロンをしておりました」




